玻玖に尋ねられ、和葉はとっさに首を横に振る。


「い…いえ、なにも…!」


『瞳子』という名前が気にはなっていたが、玻玖本人に直接聞けるわけがなかった。


「夢の中で乙葉に酒を注がれて、断ることができずに困っていらっしゃったのではないですか?」

「ハハッ、そうかもしれないな」


いつもと違う素振りもなく笑う玻玖。

どうやら、『瞳子』とつぶやいたことには自覚はないようだった。


「そういえば、着物の懐になにか入れているのか?寝返りしたとき、硬いものがあったんだが」

「硬い…もの…!?」


和葉はごくりとつばを呑んだ。


玻玖の顔が当たったところには、貴一から渡されたあの短刀がある。


その暗殺用の短刀の存在を玻玖に知られてしまったら――。

やさしい玻玖だって、きっとさすがにこの屋敷から和葉を追い出すことだろう。