その日、卓己は朝から一日中、うっとうしいくらい上機嫌だった。
「いや~、今日はお招きいただき、ありがとうございます!」
にっこにこの笑顔を向けた先には、佐山CMOとお城のオーナー三浦将也氏がいる。
「い、いえ! こちらこそ、お目にかかれて光栄です!」
将也さんは顔をまっ赤にして、ガチガチに緊張していた。
さっきからずっと視線は卓己にくぎ付けで、私とは一切目が合わない。
「ね、ね、これで僕が卓己くんとお友達だって、ウソじゃないって分かったでしょ? 信じてくれた?」
「颯斗さんが本物連れて来たんだから、もちろん信じますよ!」
「あはははは」
高らかな笑い声が響く。
本当にこの人たちときたら、卓己にしか興味がない。
「僕も一度、このお城に来てみたいと思ってたので、すごくうれしいです」
卓己が来店すると聞いて、おじいちゃんの絵を二階の個室に移すとか言ってたけど、それはお断りして、一階のレストランホールでの食事会になった。
今日もこの店はお客さんであふれている。
卓己に気づいたらしい数人のお客さんがチラチラとこちらを見ていることに、私以外の3人は気づいてないみたいだ。
食事が運ばれて来てからも、卓己は美術オタク2人から質問攻めで、おじいちゃんの作品以外興味のない私には、何を言っているのかさっぱり分からない。
出てきた料理の、一口大の何かをフォークで突き刺し飲み込む。
一皿に3口分が小ぎれいに並んでいて、おいしいのはおいしいけど、何を食べているのかは相変わらず分からないままだ。
「えぇ、だから僕はずっと、紗和ちゃん目当てで恭平さんのところに通ってたんです」
「はは。それなら、長年の恋がようやく実ったってことですか?」
佐山CMOがフォークを片手に、私を見てニヤリと笑う。
「は?」
ムッとした私に、佐山CMOは慌てて話題を変えた。
「僕にとってもね、紗和子さんは手の届かない人だったんですよ」
「どういう意味ですか?」
将也さんの質問に、彼はパチリと片目をつぶった。
「それは秘密」
なんだそれ。
まぁ今さらそんなこと、どうだっていいんだけど。
「そういえばこの間、吉永さんから連絡がありましてね。先日のオークションで僕の落とした皿が、実は三上恭平作品だったっていうんですよ!」
ウキウキと楽しそうに話す将也さんに、3人は食事の手を止めた。
「本当は別の作品を出品予定だったのが、スタッフの手違いで彼の所蔵品がオークションにかけられてしまったらしくって」
「ほう。それでどうした?」
佐山CMOが彼に聞いた。
「返品してくれっていうのかと思ったら、お得意先だからそのままでいいって言ってくれて、僕のものになっちゃいました。これって、ものすごい幸運ですよね! そういえば颯斗さんも、あの作品に高値をつけてましたよね。もしかしてあれが、三上恭平作品って気づいてたんですか?」
佐山CMOは、それに笑うだけではっきりと答えはしなかった。
「だけど、将也はその作品に大金をはたいてもいいって、思ったんだろ?」
そう言った佐山CMOに、卓己も同調する。
「だとしたら、将也さんの審美眼も、本物だったってことですよ」
大好きな佐山CMOと卓己からそんなふうに言われて、将也さんはすっかり照れ上がってしまっている。
「ね、紗和ちゃん。紗和ちゃんも、そう思うよね」
卓己の指が、私の髪をかき上げる。
にこっと微笑んだ卓己に、佐山CMOは突然ムキになった。
「だ、だけど、卓己くんの今度の新作もさぁ! 僕はとしては、色のバリエーションがとても斬新に感じて……」
何を張り合っているのか知らないけど、この人は本当に卓己が大好きだ。
この3人の食事は一向に進まないのに、私のお皿だけがすぐ空になるのは、なぜだろう。
3人の楽しげなおしゃべりは続く。
結局、私自身に芸術とか骨董というものが、向かなかったのかもしれないな。
おじいちゃんが卓己には絵を教えて、私に教えようとしなかったのは、私自身に本当の興味がなかったということを、おじいちゃんは見抜いていたのかもしれない。
これだけ美術に関わる人たちとの交流を重ねても、やっぱりおじいちゃんの作品以外に、興味がわかないのは事実だ。
空になった私の皿が下げられ、次の料理が運ばれてくる。
おしゃべりに夢中な3人の回りには、手を付けられていない料理でいっぱいになった。
私にもこんなふうに、何か夢中になれるものがあったらいいのにな。
それが今までは、おじいちゃんの作品を取り戻すことだったけど、それはもう無理に頑張らなくてもいいよって、言ってもらえたから。
チラリと卓己を見上げる。
一瞬目の合った彼は、にこっと微笑んで、すぐにおしゃべりに戻った。
私は退屈しすぎて、こっそりとため息をつく。
自分のやりたいことを探すって、簡単なようで案外難しい。
お城の壁にかかった、おじいちゃんの絵を見上げた。
もしここにおじいちゃんがいたら、なんて言っただろう。
壁に掛けられた山の絵は、どっしりとそこに構えている。
私はその絵を見ながら、これからの自分について、考え始めた。
【完】
「いや~、今日はお招きいただき、ありがとうございます!」
にっこにこの笑顔を向けた先には、佐山CMOとお城のオーナー三浦将也氏がいる。
「い、いえ! こちらこそ、お目にかかれて光栄です!」
将也さんは顔をまっ赤にして、ガチガチに緊張していた。
さっきからずっと視線は卓己にくぎ付けで、私とは一切目が合わない。
「ね、ね、これで僕が卓己くんとお友達だって、ウソじゃないって分かったでしょ? 信じてくれた?」
「颯斗さんが本物連れて来たんだから、もちろん信じますよ!」
「あはははは」
高らかな笑い声が響く。
本当にこの人たちときたら、卓己にしか興味がない。
「僕も一度、このお城に来てみたいと思ってたので、すごくうれしいです」
卓己が来店すると聞いて、おじいちゃんの絵を二階の個室に移すとか言ってたけど、それはお断りして、一階のレストランホールでの食事会になった。
今日もこの店はお客さんであふれている。
卓己に気づいたらしい数人のお客さんがチラチラとこちらを見ていることに、私以外の3人は気づいてないみたいだ。
食事が運ばれて来てからも、卓己は美術オタク2人から質問攻めで、おじいちゃんの作品以外興味のない私には、何を言っているのかさっぱり分からない。
出てきた料理の、一口大の何かをフォークで突き刺し飲み込む。
一皿に3口分が小ぎれいに並んでいて、おいしいのはおいしいけど、何を食べているのかは相変わらず分からないままだ。
「えぇ、だから僕はずっと、紗和ちゃん目当てで恭平さんのところに通ってたんです」
「はは。それなら、長年の恋がようやく実ったってことですか?」
佐山CMOがフォークを片手に、私を見てニヤリと笑う。
「は?」
ムッとした私に、佐山CMOは慌てて話題を変えた。
「僕にとってもね、紗和子さんは手の届かない人だったんですよ」
「どういう意味ですか?」
将也さんの質問に、彼はパチリと片目をつぶった。
「それは秘密」
なんだそれ。
まぁ今さらそんなこと、どうだっていいんだけど。
「そういえばこの間、吉永さんから連絡がありましてね。先日のオークションで僕の落とした皿が、実は三上恭平作品だったっていうんですよ!」
ウキウキと楽しそうに話す将也さんに、3人は食事の手を止めた。
「本当は別の作品を出品予定だったのが、スタッフの手違いで彼の所蔵品がオークションにかけられてしまったらしくって」
「ほう。それでどうした?」
佐山CMOが彼に聞いた。
「返品してくれっていうのかと思ったら、お得意先だからそのままでいいって言ってくれて、僕のものになっちゃいました。これって、ものすごい幸運ですよね! そういえば颯斗さんも、あの作品に高値をつけてましたよね。もしかしてあれが、三上恭平作品って気づいてたんですか?」
佐山CMOは、それに笑うだけではっきりと答えはしなかった。
「だけど、将也はその作品に大金をはたいてもいいって、思ったんだろ?」
そう言った佐山CMOに、卓己も同調する。
「だとしたら、将也さんの審美眼も、本物だったってことですよ」
大好きな佐山CMOと卓己からそんなふうに言われて、将也さんはすっかり照れ上がってしまっている。
「ね、紗和ちゃん。紗和ちゃんも、そう思うよね」
卓己の指が、私の髪をかき上げる。
にこっと微笑んだ卓己に、佐山CMOは突然ムキになった。
「だ、だけど、卓己くんの今度の新作もさぁ! 僕はとしては、色のバリエーションがとても斬新に感じて……」
何を張り合っているのか知らないけど、この人は本当に卓己が大好きだ。
この3人の食事は一向に進まないのに、私のお皿だけがすぐ空になるのは、なぜだろう。
3人の楽しげなおしゃべりは続く。
結局、私自身に芸術とか骨董というものが、向かなかったのかもしれないな。
おじいちゃんが卓己には絵を教えて、私に教えようとしなかったのは、私自身に本当の興味がなかったということを、おじいちゃんは見抜いていたのかもしれない。
これだけ美術に関わる人たちとの交流を重ねても、やっぱりおじいちゃんの作品以外に、興味がわかないのは事実だ。
空になった私の皿が下げられ、次の料理が運ばれてくる。
おしゃべりに夢中な3人の回りには、手を付けられていない料理でいっぱいになった。
私にもこんなふうに、何か夢中になれるものがあったらいいのにな。
それが今までは、おじいちゃんの作品を取り戻すことだったけど、それはもう無理に頑張らなくてもいいよって、言ってもらえたから。
チラリと卓己を見上げる。
一瞬目の合った彼は、にこっと微笑んで、すぐにおしゃべりに戻った。
私は退屈しすぎて、こっそりとため息をつく。
自分のやりたいことを探すって、簡単なようで案外難しい。
お城の壁にかかった、おじいちゃんの絵を見上げた。
もしここにおじいちゃんがいたら、なんて言っただろう。
壁に掛けられた山の絵は、どっしりとそこに構えている。
私はその絵を見ながら、これからの自分について、考え始めた。
【完】