吉永商会。
有給を使って、また一人ここに来ていた。
秋の日の薄曇りのなか訪ねてきた私は、商談用ソファに通されると、彼自身の作品らしき湯のみに入ったお茶を出される。
「今日はまた、どういったご用件で?」
にこにこ笑って出迎えてくれたこの人は、もう絶対に私がここに来た本当の理由に気づいている。
おじいちゃんの作品を自分の作品として出品したオークション会場に、私もこの人もいた。
「先日のオークションは、大盛況でしたね」
「おかげさまで、とてもうまくいきましたよ」
彼は決して、そのにこやかな笑顔を崩さない。
「出品された作品は、全てご自身で作られたのですか?」
「いいえ。そういうわけでもございません」
彼は白髪まじりの彫りの深い表情に、アーティストとしてだけではなく、商人としての笑みを浮かべた。
「私自信の作品のみならず、応援したいと思った作家さんの作品を、うちの店で扱わせてもらっています。みなさんそれぞれに、苦労がおありですからね」
そう言った彼は、手にした湯飲みでお茶をすすった。
「あなたと一緒にいらしてたのは、佐山商事の息子さんですよね、たしか次男坊の。彼もお好きですからねぇ。よくあちこちの会場にいらっしゃってるのを、お見かけますよ」
「えぇ、そうですよね」
私はここへ来るまでに考えてきた作戦を、もう一度頭の中で復習する。
「あぁ、あなたも彼のように、美術品に興味がおありですか? さすがですね。よかったら、うちで扱っている他の作家の作品もごらんになりませんか? あなたのおメガネにかなうようでしたら、一筆推薦状でも書いていただければ、作品の価値も一段と高まります。どうです? よかったら、箱書きされていかれませんか?」
これ以上、彼のペースに引きずり込まれるわけにはいかない。
私は考えてきた段取りの全てをすっとばして、一枚の写真をテーブルに置いた。
「おや。これは何でしょう?」
アルバムの中からこの日のために探し出したのは、おじいちゃんのアトリエで撮影された一枚の古い写真だ。
そこには笑顔で写るおじいちゃんと、まだ幼い卓己と私の3人が並んでいる。
「可愛らしい写真ですね。ここに映っているのは、もしや安藤卓己くんです?」
「ここを見て下さい」
指差したのは、背景に写るテーブルだ。
「この大皿に、見覚えはありませんか?」
彼は写真を手に取ると、じっとそれをのぞき込む。
「あなたが先日のオークションに、ご自身の作品として出品されていたお皿です。あれは、私の祖父の作品ではありませんか?」
彼は胸ポケットから眼鏡を取り出すと、それをかけた上で改めて写真に見入った。
「これがその証拠です。あなたは私の祖父の作品を、ご自身の作品として出品し、利益をだしました。それはいわゆる、詐欺というやつではないんですか?」
彼は大げさなため息をつくと、写真をテーブルに戻した。
「それで? あなたは何の目的で、ここへいらっしゃったんでしょうか?」
「贋作作りをやめてください。以前ある場所で、祖父の作品だと紹介されたものは、偽物でした。祖父の作ったものではありません。それをどこで購入されたのかと聞いたら、吉永さん。あなたから買い付けたものだとうかがいました」
「ははは」
彼は詰め寄る私を、軽やかに笑う。
「どうしてそんなことをするんですか。あなたも作家の端くれなら、やっていいことと悪いことの区別くらい、つくと思うんですけど!」
「この大皿があなたの祖父の作品だという証拠は、これだけですか?」
「そうですよ。立派な証拠じゃないですか」
「この大皿は、私の作品です」
彼は冷ややかに嘲る。
「以前、あなたがここにいらした時にも、お話したじゃないですか。私はあなたのおじいさん、三上恭平と親交があり、アトリエにお邪魔したこともあったと。その時に話した詳細な内容に、あなたも私が彼と親しかったことを、認めたのではなかったのですか?」
たしかにあの時の話に、ウソは感じられなかった。
「これは、私が彼にプレゼントした作品です。彼に教えてもらいながら制作したものなので、確かに彼の作風と似ているかもしれません。私も彼の作品が大好きでしたからね。尊敬する作家に習いながら作成すれば、その作風が似通ってしまうのは、仕方がないのでは?」
彼は外した眼鏡を、胸ポケットに戻した。
「その私の作品が、ある日売られているのを見かけましてね。しかも三上恭平の作品として。それで慌てて買い戻したわけです。確かにその時には、三上恭平作品として売られていましたねぇ~。彼の作品が大量に出回った時の話です。混乱していましたからね。買い取った美術商が、鑑定を見誤ったのでしょう。それをあなたが勘違いなさるのも、無理もないことですが、残念ですね」
「だけど! だけど……」
返す言葉が見つからない。
写真のおじいちゃんは、にこにこ笑っている。
私の知っているあの皿は、本当にこの人が作ったものだったの?
「お城のレストラン! あそこで売っていた絵皿。あれは間違いなく三上恭平の作品ではありません! あなたが作ったものを、真作と偽って販売したんじゃないんですか?」
「確かに絵皿は売りました。しかし、私が売ったのは単なる『絵皿』であって、彼の作品であるという鑑定書は、つけていませんよ」
激しい怒りに満ちた彼の視線と、視線がぶつかる。
「それでこんな言いがかりをつけられるとは、正直、私も大変不愉快です」
のそりと立ち上がった彼は、厳しく言い放った。
「どうぞ、お帰りください!」
有給を使って、また一人ここに来ていた。
秋の日の薄曇りのなか訪ねてきた私は、商談用ソファに通されると、彼自身の作品らしき湯のみに入ったお茶を出される。
「今日はまた、どういったご用件で?」
にこにこ笑って出迎えてくれたこの人は、もう絶対に私がここに来た本当の理由に気づいている。
おじいちゃんの作品を自分の作品として出品したオークション会場に、私もこの人もいた。
「先日のオークションは、大盛況でしたね」
「おかげさまで、とてもうまくいきましたよ」
彼は決して、そのにこやかな笑顔を崩さない。
「出品された作品は、全てご自身で作られたのですか?」
「いいえ。そういうわけでもございません」
彼は白髪まじりの彫りの深い表情に、アーティストとしてだけではなく、商人としての笑みを浮かべた。
「私自信の作品のみならず、応援したいと思った作家さんの作品を、うちの店で扱わせてもらっています。みなさんそれぞれに、苦労がおありですからね」
そう言った彼は、手にした湯飲みでお茶をすすった。
「あなたと一緒にいらしてたのは、佐山商事の息子さんですよね、たしか次男坊の。彼もお好きですからねぇ。よくあちこちの会場にいらっしゃってるのを、お見かけますよ」
「えぇ、そうですよね」
私はここへ来るまでに考えてきた作戦を、もう一度頭の中で復習する。
「あぁ、あなたも彼のように、美術品に興味がおありですか? さすがですね。よかったら、うちで扱っている他の作家の作品もごらんになりませんか? あなたのおメガネにかなうようでしたら、一筆推薦状でも書いていただければ、作品の価値も一段と高まります。どうです? よかったら、箱書きされていかれませんか?」
これ以上、彼のペースに引きずり込まれるわけにはいかない。
私は考えてきた段取りの全てをすっとばして、一枚の写真をテーブルに置いた。
「おや。これは何でしょう?」
アルバムの中からこの日のために探し出したのは、おじいちゃんのアトリエで撮影された一枚の古い写真だ。
そこには笑顔で写るおじいちゃんと、まだ幼い卓己と私の3人が並んでいる。
「可愛らしい写真ですね。ここに映っているのは、もしや安藤卓己くんです?」
「ここを見て下さい」
指差したのは、背景に写るテーブルだ。
「この大皿に、見覚えはありませんか?」
彼は写真を手に取ると、じっとそれをのぞき込む。
「あなたが先日のオークションに、ご自身の作品として出品されていたお皿です。あれは、私の祖父の作品ではありませんか?」
彼は胸ポケットから眼鏡を取り出すと、それをかけた上で改めて写真に見入った。
「これがその証拠です。あなたは私の祖父の作品を、ご自身の作品として出品し、利益をだしました。それはいわゆる、詐欺というやつではないんですか?」
彼は大げさなため息をつくと、写真をテーブルに戻した。
「それで? あなたは何の目的で、ここへいらっしゃったんでしょうか?」
「贋作作りをやめてください。以前ある場所で、祖父の作品だと紹介されたものは、偽物でした。祖父の作ったものではありません。それをどこで購入されたのかと聞いたら、吉永さん。あなたから買い付けたものだとうかがいました」
「ははは」
彼は詰め寄る私を、軽やかに笑う。
「どうしてそんなことをするんですか。あなたも作家の端くれなら、やっていいことと悪いことの区別くらい、つくと思うんですけど!」
「この大皿があなたの祖父の作品だという証拠は、これだけですか?」
「そうですよ。立派な証拠じゃないですか」
「この大皿は、私の作品です」
彼は冷ややかに嘲る。
「以前、あなたがここにいらした時にも、お話したじゃないですか。私はあなたのおじいさん、三上恭平と親交があり、アトリエにお邪魔したこともあったと。その時に話した詳細な内容に、あなたも私が彼と親しかったことを、認めたのではなかったのですか?」
たしかにあの時の話に、ウソは感じられなかった。
「これは、私が彼にプレゼントした作品です。彼に教えてもらいながら制作したものなので、確かに彼の作風と似ているかもしれません。私も彼の作品が大好きでしたからね。尊敬する作家に習いながら作成すれば、その作風が似通ってしまうのは、仕方がないのでは?」
彼は外した眼鏡を、胸ポケットに戻した。
「その私の作品が、ある日売られているのを見かけましてね。しかも三上恭平の作品として。それで慌てて買い戻したわけです。確かにその時には、三上恭平作品として売られていましたねぇ~。彼の作品が大量に出回った時の話です。混乱していましたからね。買い取った美術商が、鑑定を見誤ったのでしょう。それをあなたが勘違いなさるのも、無理もないことですが、残念ですね」
「だけど! だけど……」
返す言葉が見つからない。
写真のおじいちゃんは、にこにこ笑っている。
私の知っているあの皿は、本当にこの人が作ったものだったの?
「お城のレストラン! あそこで売っていた絵皿。あれは間違いなく三上恭平の作品ではありません! あなたが作ったものを、真作と偽って販売したんじゃないんですか?」
「確かに絵皿は売りました。しかし、私が売ったのは単なる『絵皿』であって、彼の作品であるという鑑定書は、つけていませんよ」
激しい怒りに満ちた彼の視線と、視線がぶつかる。
「それでこんな言いがかりをつけられるとは、正直、私も大変不愉快です」
のそりと立ち上がった彼は、厳しく言い放った。
「どうぞ、お帰りください!」