月曜の朝になったから、私はまた会社へいく。
働いて仕事して稼いだお金で、おじいちゃんの作品を取り戻す。
それが私の働く理由。

 一週間がまた過ぎた。
今日もきっと、オークション会場には誰かの作品が並び、それを競り落とす人がいる。
全てが本当だと信じている人々の狂乱の渦に、それはニセモノだと叫んでも決して届かない。
おじいちゃんの庭で、美しく咲き誇る白薔薇に、水をまいていた手が止まる。
秋まっただ中の澄んだ空がどこまでも高く広がる、よい天気だ。
私の上に降りそそぐ太陽の光だけは、せめて本当の光であってほしいと願う。

 白バラの生け垣の向こうで、人の気配がした。
卓己かなと思ったそれは、やっぱり卓巳だった。
彼はいつものように、両手に食品の大量に入った袋をぶら下げている。
そのまま入ってくるだろうと思っていたのに、彼は朽ちかけた門の前でうろうろと迷ったあげく、くるりと背を向けた。

「何よ。入るなら入って来なさいよ」

 私の存在に気づいていなかったらしい彼は、全身をビクリと震わせた後で、いつものぎこちない笑みを浮かべた。

「う、うん……」

 もぞもぞと門をくぐって来た彼から、その荷物を受け取る。

「ありがと」
「……。うん」

 いつもなら、そのままぺちゃくちゃおしゃべりしながらキッチンに入り、勝手に冷蔵庫の中身を整理して、ぶつぶつ文句を言いながら絡んでくるのに、今日はいつまでもその場でもぞもぞと突っ立っている。

「なに? どうしたの?」

 彼は黙ったまま激しく首を横に振ったかと思うと、うなだれたままじっとしている。

「私、まだ水やりが終わってないんだよね、庭を片付けてくるから、こっちはお願いしていい?」

 屋外のテーブルに置かれた、買い物袋に目を向ける。
彼は言葉を探しながら散々ためらった後で、ムッとしたようにそれを掴んだ。
開け放したままのテラスから、家の中に入ってゆく。

「なんだアレ」

 まぁいいや。
今日は卓己の機嫌が悪い日。
それだけのこと。

「紗和ちゃんは、ちゃんとご飯食べてる?」

 庭の片付けが終わるころ、テラスから卓己が顔を出した。

「冷蔵庫の中身が減ってない」

 まだ不機嫌そうな卓己は、再び奥へと引っ込んだ。
このままリビングに戻って、いつものように卓己の小言を受け流しながら、いつもの休日が終わるんだ。
そう思っていたのに、リビングに戻った私を待っていたのは、ムッツリとしたままの卓己だった。
何を言ってもどう聞いても、もぞもぞと「うん」としか答えない。
卓己は今日は、本当に何をしに来たんだろう。
私は諦めて、ワザとらしい盛大なため息をついた。

「ねぇ、何か言いたいことがあるなら、さっさと言ってくれる?」
「う、うん……」

 彼はやっぱりうつむいたまま、顔を横に背けた。
私はじっと彼が何を言うかと待っていたけど、全く口を開く気配がない。

「用がないなら帰って!」

 その瞬間、彼はガバッと立ち上がり、逃げるように玄関へ向かった。
オタオタと靴を履く背中を見ていると、ふいに卓己が振り返る。

「さ、紗和ちゃんは、ほ、他に……」

 彼は強く頭を横に振った。

「ううん。違う。ほ、他に、僕以外に……、だ、誰か……! ううん。ほ、他に、てゆーか、お、俺はもう……」

 散々言いよどんだあげく、大きく息を飲み込んだ彼は、真っ赤な顔で叫んだ。

「なんでもない!」

 そのまま飛び出していった彼を、イライラと見送る。
卓己のことは、いつにまでたっても分からない。
幼なじみで、何でも知っていて、全て分かっているようで、何一つ理解できない。
彼はそんな私のことを、どう思ってるんだろう。
いつまでも家族のような関係でいることに。
私はもう、そこから出て行こうと決めたのに。

 白薔薇園の垣根の向こうに夕日が沈む。
また明日がやってくる。
私はきっと、ずっとこの場所にいて、誰もいない空っぽの家で、埋められない何かを埋める努力をし続けなければならないのだ。

 秋の西日がテラスから差し込む。
卓己の置いていったビニール袋の輪郭を、ゆっくりとなぞってゆく。
流れてしまった時の長さを、改めて思い知らされたような気がした。