平日の午後を満喫して家に戻ってくると、玄関先に不機嫌な卓己がいた。

「……。今日は、どこへ行ってたの?」
「会社」

 面倒なので、そう答えてから朽ちかけた門をくぐる。

「嘘つき」
「なんで嘘って分かるのよ」
「だって、会社に電話したもん」

 そこからいつもの押し問答。
ぐだぐだとなかなか食い下がらない卓己に、今回は私が根負けした。

「ちょっとね、とある美術商のところへ行ってたのよ」
「美術商? なんで?」

 なんでって言われても……。
私もこれ以上は、本当のことを言いたくない。

「おじいちゃんの作品を、前に扱ってたことがあるらしくって、それで……」

 目が左右に泳いでしまっている。
苦しいのは分かってる。
もっとまともな言い分けを考えないと。

「だから、おじいちゃんの作品をどういう経路で入手したのか、教えてもらおうかと思って……」
「お城のレストランに飾られることになった、『山』の絵ね」

 卓己はひょろ長く高い背でため息をつく。

「それで、教えてもらえたの?」

 美術商がそう簡単に入手経路なんて、教えてくれるわけがない。
作家本人から直接買ったわけでもない、人手をまわっているような作品ならなおさら……。

「教えて……、もらえなかった」

 ここでヘタな嘘をついても仕方がない。
卓己だって、自分とか他の仲間たちの作品を、出品してる立場の人間だ。

「なんていうところ? 僕が聞いてあげるよ」
「いい」
「吉永さんとこでしょ」

 じっと見下ろす卓己に、ぐっと唇をかむ。
知ってるんならわざわざ、聞きに来なくてもよくない?

「僕も気になってたんだ。こないだのアートフェスに出品されてた作品からね。もちろんそこで買ったんだろうけど、それがお城のオーナーに渡ったってことだよ。それ以上のことを知りたいの?」
「無理……、だよね」

 その吉永商会に1人で乗り込んでいって、おじいちゃんの思い出話なんかして、うまいことごまかされた。
吉永さんに。
彼が本当に意図してそうしていたのかは分からないけど、結局贋作のことは聞き出せず、話がそれまくって本題に入れないまま帰ってきたのは、誰のせい? 
えぇ、ワタクシのせいでございます。

 今になって思い返せば、私はこの業界では、結構知られた存在なんだった。
おじいちゃんの孫ってだけじゃない。
場違いなほど若い娘が、オークション会場で毎回話にならないくらいの小銭を握りしめ、必死で値を釣り上げるだけ釣り上げたうえ破れ、泣きながら会場を出て行く。
吉永さんはもしかしたら、どこかの会場で私を見たことがあったのかもしれない。
だとしたら、おじいちゃんの贋作作りのことなんて、絶対に話すワケないじゃない!

「ゴメン。やっぱり私が間違ってた」

 急に腹が立ってきて、勢いよく壊れかけの門を開ける。
傾いた扉を、慌てて卓己が押さえた。

「今日はもう話すことないから、帰って」
「あの吉永って人も、作家さんだよ!」
「え?」

 突然の卓己の発言に、振り返る。

「あ、あの人、自分で売買もしてる……けど、だけど、じ、自分でも作品を、作ってる人、なんだ」
「は? なにそれ」
「恭平さんのところでも、修行して……た、こともある、作家さんだよ」
「それ、本当なの?」
「う、うん。お店は、本名でやってる……けど、作家として、は、別の雅号を持ってる。矢沢映芳って、いうんだ」

 見上げる卓己は、おどおどとした視線を脇にそらした。

「だ、だから……、さ。僕……の、こと。もう、これ以上……。お、怒らない、で……。許して……」
「なんのこと?」
「だって紗和ちゃんが……。ずっと怒ってるじゃないか。灯台から戻って来てから、ずっと。俺のこと、もう嫌いになったのかって……」

 卓己の頭が、私の肩に乗せられた。
自分でも、弱いなと思う。
ぐずぐずと泣いている卓己の、クセだらけの髪をそっと撫でた。

「嫌いになったりするワケないじゃない。私はずっと、卓己の味方だよ」

 うんと小さく答えた卓己は、ぎゅっと私の体を抱きしめた。