佐山CMOから情報をもらってから、どうしようどうしようと何度も考えたけど、やっぱり一人で来た。
ネットで調べれば、所在地と営業時間、お店の外観もちゃんと載ってる。
今日は一日、有給もとった。
普通に働いている社会人が来店出来るような営業時間じゃなかったこともそうだけど、平日昼間の時間なら、警察も役所も開いている。
困ったら、そこに駆け込んで訴えてやるつもり。
大丈夫。
私は1人でもやれば出来る子なんだから。
オフィス街にあるテナントビルの一室。
さほど間口は広くない1階のフロアが、問題の店だった。
閑散とした店内に、人の姿は見当たらない。
本当に私みたいなのが入ってもいいお店なのか、歩道に面したショーウィンドウの古びたほこりっぽいガラスが、気軽な興味を拒んでいる。
中にうっかり入ったら、高額な商品を買わないと出してもらえなさそうな雰囲気だ。
いや、それでも行くと決めて有給までとったんだ。
行こう。
店の前に立つと、自動ドアが開いた。
ピンポーンという、来客を知らせる音が鳴り響く。
「いらっしゃいま……せ?」
店の奥から出てきたのは、40代後半から50代くらいの、比較的体格のいい、温和な顔つきの紳士だった。
「おや。こちらにどういったご用件でしょうか」
その店主は、困惑した表情で私を見ている。
無理もない。
いかにもお金持ってなさそうな普通のOLが、こんなところにひょろひょろやって来たりしない。
「あの、少しお伺いしたいことがございまして」
「はい。なんでしょう」
すぐに追い出されるかと思ったけど、意外と愛想よく迎えてくれた。
奥のテーブルをすすめられ、お茶も用意してもらえる。
「先日、落札された絵のことです。三上恭平の、『山』です」
この絵が本物だということは間違いない。
そこから話をすすめて、お城のオーナーとのつながりが出てきたところで、地下室のことを切り出す作戦だ。
彼はしみじみと私をながめながら、突然懐かしげに語り始めた。
「あの絵は、あなたのおじいさまの作品ですよね。もう覚えていないかもしれませんが、私は恭平さんの生前、白薔薇園のお宅にお邪魔して、アトリエもを見せてもらったこともあるんですよ。その時に走り回っていた小さな女の子が、あの作品のモデルになった少女だと知って、とても感動しました」
彼の目には、うっすらと涙すら浮かんでいた。
「そして今、彼の作品を通じて、こうしてお孫さんが尋ねてきてくださるなんて、本当に感無量です。絵が結ぶ縁とは、不思議なものですね」
ずずっと鼻水をすすってから、彼はあおるようにお茶を飲み干した。
「あなたのおじいさんは、本当に素敵な芸術家でした」
ウソ。
まさか自分の顔がバレているとは思わなかった。
どうしよう。
「祖父とは、お知り合いだったのですか?」
「もちろんですよ」
彼は恥じることなく涙を振り払うと、とびきりの笑顔を浮かべる。
「私の、心の師匠でした」
ヤバイ。
その輝く笑顔と嬉しいセリフに、一瞬でやられた。
自分でもバカだと思ってるけど、もう止められない。
「そう言っていただけると、私もうれしいです。祖父も喜んでいると思います」
うっかりのせられ、おじいちゃんとの思い出を話しだすと、彼も同じように、涙ながらに祖父との思い出を語ってくれた。
おじいちゃんとの出会いや、作品を通しての交流、互いに切磋琢磨して仕事をしていた日々だけでなく、一緒に釣りに行ったり、夜の街を飲み歩いた武勇伝の数々……。
この店の店主である吉永俊彦さんは、間違いなくおじいちゃんのファンであり、親交のあった人だ。
私の知らないような若いころの話もたくさん知っていて、すっかり盛り上がってしまった。
おじいちゃんだけでなく、この人もいい人だった。
「すみません。なんだかんだで、長い間お邪魔してしまって」
「いいんですよ。あなたなら、いつでも大歓迎です。またいらしてください」
そうやってとびきりの笑顔で手を振られるから、私も丁寧に頭をさげてから歩き出す。
あぁ、なんていい人だったんだろう。
やっぱりおじいちゃんの回りには、いい人で溢れていたんだな。
私はこんなに素敵なおじいちゃんの孫で、本当によかった。
そんなたくさんのいい人たちに囲まれていたからこそ、おじいちゃんの作品は、今も愛される作品であり続けるんだろうな。
すっかり気分のよくなった私は、昼下がりの街を一人歩く。
そういえば、こんな平日の真っ昼間に、悠々と外を出歩くのも久しぶりだ。
少し寄り道でもして帰ろう。
賑やかな街を1人で歩いていると、学生時代に戻ったみたいだ。
私はお洒落なカフェを見かけると、そこに吸い込まれていった。
ネットで調べれば、所在地と営業時間、お店の外観もちゃんと載ってる。
今日は一日、有給もとった。
普通に働いている社会人が来店出来るような営業時間じゃなかったこともそうだけど、平日昼間の時間なら、警察も役所も開いている。
困ったら、そこに駆け込んで訴えてやるつもり。
大丈夫。
私は1人でもやれば出来る子なんだから。
オフィス街にあるテナントビルの一室。
さほど間口は広くない1階のフロアが、問題の店だった。
閑散とした店内に、人の姿は見当たらない。
本当に私みたいなのが入ってもいいお店なのか、歩道に面したショーウィンドウの古びたほこりっぽいガラスが、気軽な興味を拒んでいる。
中にうっかり入ったら、高額な商品を買わないと出してもらえなさそうな雰囲気だ。
いや、それでも行くと決めて有給までとったんだ。
行こう。
店の前に立つと、自動ドアが開いた。
ピンポーンという、来客を知らせる音が鳴り響く。
「いらっしゃいま……せ?」
店の奥から出てきたのは、40代後半から50代くらいの、比較的体格のいい、温和な顔つきの紳士だった。
「おや。こちらにどういったご用件でしょうか」
その店主は、困惑した表情で私を見ている。
無理もない。
いかにもお金持ってなさそうな普通のOLが、こんなところにひょろひょろやって来たりしない。
「あの、少しお伺いしたいことがございまして」
「はい。なんでしょう」
すぐに追い出されるかと思ったけど、意外と愛想よく迎えてくれた。
奥のテーブルをすすめられ、お茶も用意してもらえる。
「先日、落札された絵のことです。三上恭平の、『山』です」
この絵が本物だということは間違いない。
そこから話をすすめて、お城のオーナーとのつながりが出てきたところで、地下室のことを切り出す作戦だ。
彼はしみじみと私をながめながら、突然懐かしげに語り始めた。
「あの絵は、あなたのおじいさまの作品ですよね。もう覚えていないかもしれませんが、私は恭平さんの生前、白薔薇園のお宅にお邪魔して、アトリエもを見せてもらったこともあるんですよ。その時に走り回っていた小さな女の子が、あの作品のモデルになった少女だと知って、とても感動しました」
彼の目には、うっすらと涙すら浮かんでいた。
「そして今、彼の作品を通じて、こうしてお孫さんが尋ねてきてくださるなんて、本当に感無量です。絵が結ぶ縁とは、不思議なものですね」
ずずっと鼻水をすすってから、彼はあおるようにお茶を飲み干した。
「あなたのおじいさんは、本当に素敵な芸術家でした」
ウソ。
まさか自分の顔がバレているとは思わなかった。
どうしよう。
「祖父とは、お知り合いだったのですか?」
「もちろんですよ」
彼は恥じることなく涙を振り払うと、とびきりの笑顔を浮かべる。
「私の、心の師匠でした」
ヤバイ。
その輝く笑顔と嬉しいセリフに、一瞬でやられた。
自分でもバカだと思ってるけど、もう止められない。
「そう言っていただけると、私もうれしいです。祖父も喜んでいると思います」
うっかりのせられ、おじいちゃんとの思い出を話しだすと、彼も同じように、涙ながらに祖父との思い出を語ってくれた。
おじいちゃんとの出会いや、作品を通しての交流、互いに切磋琢磨して仕事をしていた日々だけでなく、一緒に釣りに行ったり、夜の街を飲み歩いた武勇伝の数々……。
この店の店主である吉永俊彦さんは、間違いなくおじいちゃんのファンであり、親交のあった人だ。
私の知らないような若いころの話もたくさん知っていて、すっかり盛り上がってしまった。
おじいちゃんだけでなく、この人もいい人だった。
「すみません。なんだかんだで、長い間お邪魔してしまって」
「いいんですよ。あなたなら、いつでも大歓迎です。またいらしてください」
そうやってとびきりの笑顔で手を振られるから、私も丁寧に頭をさげてから歩き出す。
あぁ、なんていい人だったんだろう。
やっぱりおじいちゃんの回りには、いい人で溢れていたんだな。
私はこんなに素敵なおじいちゃんの孫で、本当によかった。
そんなたくさんのいい人たちに囲まれていたからこそ、おじいちゃんの作品は、今も愛される作品であり続けるんだろうな。
すっかり気分のよくなった私は、昼下がりの街を一人歩く。
そういえば、こんな平日の真っ昼間に、悠々と外を出歩くのも久しぶりだ。
少し寄り道でもして帰ろう。
賑やかな街を1人で歩いていると、学生時代に戻ったみたいだ。
私はお洒落なカフェを見かけると、そこに吸い込まれていった。