佐山CMOと一緒に案内された地下室は、やっぱり薄暗い照明の、石造りの部屋だった。
床には赤黒いじゅうたんが敷かれ、ガラスケースに入ったアンティークの宝石やアクセサリー類と一緒に、絵や彫刻、陶器なんかも置かれている。
「ほう!」
私より先に、佐山CMOは感嘆の声をあげた。
彼はそこに並べられた、いくつもの美術品を見てまわり始める。
私には、それらを見ても全く価値が分からない。
おじいちゃんの作品は、どこ?
「三上恭平の作品は、こちらになります」
見せられたのは、絵皿の作品だった。
長方形で厚手の陶器に絵付けされた、古い森に囲まれた、まるでこのお城のような洋館の風景画。
佐山CMOは、その皿を手に取る。
「これが三上恭平の?」
「はい。あまり他では見られない、珍しい作品になります」
偽物だ。
私の体はそこに楔で打ち付けられたように、目も口も指先も、何もかもが動かなくなる。
おじいちゃんの作品に、こんなものはない。
「ここでは、展示品の販売もしているのかな?」
佐山CMOは、その店員に声をかけた。
「はい。オーナーと取引のある美術商が、ここの展示品の販売と管理しております。何かお気に召したものでも、ございましたでしょうか?」
彼はちらりと、私を振り返った。
「何か君が気になったものは、ある?」
拳を握りしめる。
必死で押さえつけようとしているつもりだけど、わき上がる感情の渦で、頭がどうにかなりそう。
佐山CMOは、そんな私に気づかないのか、ここに案内した店員と話を続ける。
「ここのオーナーは、美術品に興味がおありなのかな?」
「えぇ、新しいオーナーに変わってからですけどね。お好きな方なんです」
佐山CMOは、おじいちゃんの作品だと紹介された絵皿に視線を移した。
「じゃあ一つ、これをいただいていこうかな」
「え!?」
慌てて彼を振り返る。
佐山CMOは、全然こっちを見てくれない。
「いくらになる?」
言われた店員は、小さなメモ用紙に何かを書き付けた。
それを佐山CMOに見せる。
「いいでしょう」
彼の手がスーツの内ポケットに伸びるのを、私はとっさに押さえこんだ。
「ん? どうした?」
「ご、ごめんなさい。なんだか急に、気分が悪くなってしまって……」
彼は特になんの表情もなく、私を見下ろす。
お願い、気づいて!
「なら先に、上にあがっていなさい。僕は後で行くから」
それじゃダメ。
偽物を買わされちゃう!
私は激しく首を横に振った。
「お願い。一緒に来て。今すぐ!」
彼はため息をつくと、ようやく財布から手を離した。
「仕方ないな。かわいい君の頼みだ。一緒に行こう」
店員に案内され、エントランスホールに戻る。
私は抜け出した地下室から、外に向かって駆け出した。
「またのご来店を、お待ちしております」
とても洗練された、上品な立ち居振る舞いの店員は、そのにこやかな表情を一切崩すことなく、丁寧に頭を下げた。
車に飛び乗る。
「あの絵皿!」
「分かってる、偽物だ」
車が出発すると同時に、そう叫んだ私に彼は言った。
「知らないフリして買わないと、犯罪として成立しないじゃないか」
「どういうこと?」
「偽物と知らないで購入しないと、騙されたことにならない」
「いくらって言われたの?」
「15万」
衝動的に、走っている車のドアを開けようとした私を、彼は引き留めた。
「いま問い詰めても、どうにもならない!」
「あんなの、絶対に許せません!」
「もちろんだ。作戦を考えよう」
彼は足と腕を組んだ。
そのままじっと動かなくなってしまう。
私は山の上にそびえる、古城を見上げた。
あの夢のような空間で、あんなことが行われているなんて。
本物のおじいちゃんの絵を飾り、そこで偽物を売りつけるだなんて。
まるでおじいちゃんのあの絵が、全てをごまかす目隠しにされているようだ。
絶対にこのままになんて、させはしない。
それから数日が経ち、『しばらく大人しく待っていろ』という指示を出していた、佐山CMOから連絡が入った。
送られて来た社内メールを開く。
そこには、あの古城を入手し、おじいちゃんの絵を落札したオーナーの情報が記載されていた。
三浦将也。26歳。
生年月日に学歴から、城を入手するまでの経緯や美術品の落札と購入履歴まで、様々な情報が詳細に記載されていた。
昼休みになって、一旦社外へ出る。
どうしようか少しはためらったけど、結局、直接電話をかけることにした。
「もしもし」
「やぁ。君の方から電話をかけてくるなんて、珍しいね」
佐山CMOの、うきうきした声が聞こえてくる。
「時間がないので、手短におたずねします」
「時間なんて、いくらでも作ればいいじゃないか」
「あのオーナーは、佐山CMOみたいなお坊ちゃまってことですか? 随分お若い方なんですね」
「佐山CMOって、どこの佐山CMOのこと? うちには『佐山CMO』は、他にもいるんだけど。ちゃんと名前で呼んくれないと、誰のことだか分からないね」
「あのお城のオーナーになってから半年も経ってないってことは、本当につい最近ってことですか?」
「いいよねー、自由になるお金がある人って、素敵だと思わない?」
「で、私は考えたんです」
「自由な人生について?」
「あの若さで美術品の贋作を作るとは思えない。学歴を見ても、全くの無関係です。裏に誰かがいます。そこで私が目をつけたのは、絵の落札を仲介した美術商の存在です」
「ねぇ、僕の話聞いてる?」
「おじいちゃんの絵をオークションで最初に競り落とした、吉永商会ってところの情報はありませんか?」
「君が僕の話を聞かないっていうんなら、僕も君の話は聞かないよ」
「了解しました」
電話を切る。
『吉永商会 美術商』でネット検索したら、一発でヒットした。
便利な世の中になったもんだ。
床には赤黒いじゅうたんが敷かれ、ガラスケースに入ったアンティークの宝石やアクセサリー類と一緒に、絵や彫刻、陶器なんかも置かれている。
「ほう!」
私より先に、佐山CMOは感嘆の声をあげた。
彼はそこに並べられた、いくつもの美術品を見てまわり始める。
私には、それらを見ても全く価値が分からない。
おじいちゃんの作品は、どこ?
「三上恭平の作品は、こちらになります」
見せられたのは、絵皿の作品だった。
長方形で厚手の陶器に絵付けされた、古い森に囲まれた、まるでこのお城のような洋館の風景画。
佐山CMOは、その皿を手に取る。
「これが三上恭平の?」
「はい。あまり他では見られない、珍しい作品になります」
偽物だ。
私の体はそこに楔で打ち付けられたように、目も口も指先も、何もかもが動かなくなる。
おじいちゃんの作品に、こんなものはない。
「ここでは、展示品の販売もしているのかな?」
佐山CMOは、その店員に声をかけた。
「はい。オーナーと取引のある美術商が、ここの展示品の販売と管理しております。何かお気に召したものでも、ございましたでしょうか?」
彼はちらりと、私を振り返った。
「何か君が気になったものは、ある?」
拳を握りしめる。
必死で押さえつけようとしているつもりだけど、わき上がる感情の渦で、頭がどうにかなりそう。
佐山CMOは、そんな私に気づかないのか、ここに案内した店員と話を続ける。
「ここのオーナーは、美術品に興味がおありなのかな?」
「えぇ、新しいオーナーに変わってからですけどね。お好きな方なんです」
佐山CMOは、おじいちゃんの作品だと紹介された絵皿に視線を移した。
「じゃあ一つ、これをいただいていこうかな」
「え!?」
慌てて彼を振り返る。
佐山CMOは、全然こっちを見てくれない。
「いくらになる?」
言われた店員は、小さなメモ用紙に何かを書き付けた。
それを佐山CMOに見せる。
「いいでしょう」
彼の手がスーツの内ポケットに伸びるのを、私はとっさに押さえこんだ。
「ん? どうした?」
「ご、ごめんなさい。なんだか急に、気分が悪くなってしまって……」
彼は特になんの表情もなく、私を見下ろす。
お願い、気づいて!
「なら先に、上にあがっていなさい。僕は後で行くから」
それじゃダメ。
偽物を買わされちゃう!
私は激しく首を横に振った。
「お願い。一緒に来て。今すぐ!」
彼はため息をつくと、ようやく財布から手を離した。
「仕方ないな。かわいい君の頼みだ。一緒に行こう」
店員に案内され、エントランスホールに戻る。
私は抜け出した地下室から、外に向かって駆け出した。
「またのご来店を、お待ちしております」
とても洗練された、上品な立ち居振る舞いの店員は、そのにこやかな表情を一切崩すことなく、丁寧に頭を下げた。
車に飛び乗る。
「あの絵皿!」
「分かってる、偽物だ」
車が出発すると同時に、そう叫んだ私に彼は言った。
「知らないフリして買わないと、犯罪として成立しないじゃないか」
「どういうこと?」
「偽物と知らないで購入しないと、騙されたことにならない」
「いくらって言われたの?」
「15万」
衝動的に、走っている車のドアを開けようとした私を、彼は引き留めた。
「いま問い詰めても、どうにもならない!」
「あんなの、絶対に許せません!」
「もちろんだ。作戦を考えよう」
彼は足と腕を組んだ。
そのままじっと動かなくなってしまう。
私は山の上にそびえる、古城を見上げた。
あの夢のような空間で、あんなことが行われているなんて。
本物のおじいちゃんの絵を飾り、そこで偽物を売りつけるだなんて。
まるでおじいちゃんのあの絵が、全てをごまかす目隠しにされているようだ。
絶対にこのままになんて、させはしない。
それから数日が経ち、『しばらく大人しく待っていろ』という指示を出していた、佐山CMOから連絡が入った。
送られて来た社内メールを開く。
そこには、あの古城を入手し、おじいちゃんの絵を落札したオーナーの情報が記載されていた。
三浦将也。26歳。
生年月日に学歴から、城を入手するまでの経緯や美術品の落札と購入履歴まで、様々な情報が詳細に記載されていた。
昼休みになって、一旦社外へ出る。
どうしようか少しはためらったけど、結局、直接電話をかけることにした。
「もしもし」
「やぁ。君の方から電話をかけてくるなんて、珍しいね」
佐山CMOの、うきうきした声が聞こえてくる。
「時間がないので、手短におたずねします」
「時間なんて、いくらでも作ればいいじゃないか」
「あのオーナーは、佐山CMOみたいなお坊ちゃまってことですか? 随分お若い方なんですね」
「佐山CMOって、どこの佐山CMOのこと? うちには『佐山CMO』は、他にもいるんだけど。ちゃんと名前で呼んくれないと、誰のことだか分からないね」
「あのお城のオーナーになってから半年も経ってないってことは、本当につい最近ってことですか?」
「いいよねー、自由になるお金がある人って、素敵だと思わない?」
「で、私は考えたんです」
「自由な人生について?」
「あの若さで美術品の贋作を作るとは思えない。学歴を見ても、全くの無関係です。裏に誰かがいます。そこで私が目をつけたのは、絵の落札を仲介した美術商の存在です」
「ねぇ、僕の話聞いてる?」
「おじいちゃんの絵をオークションで最初に競り落とした、吉永商会ってところの情報はありませんか?」
「君が僕の話を聞かないっていうんなら、僕も君の話は聞かないよ」
「了解しました」
電話を切る。
『吉永商会 美術商』でネット検索したら、一発でヒットした。
便利な世の中になったもんだ。