「あ! そ、そういえば、さ……、紗和ちゃんのおじいちゃんの絵、う、上の階、に、残したまんまだよ?」
「そんなこと、言ってる場合じゃないでしょ」
私は怒ったような声を出し、卓己の目を強く見つめ返す。
「あんたもさぁ、絵描きとして、自分の立場分かってんの? こんなところに一緒になって、落ちて来ちゃダメじゃない!」
卓己はビクリと体を震わせると、わずかにうつむく。
彼が傷つくと分かっていても、私は他にやり方を知らない。
「あんたが自分で立ち上げた自分の会社なんだから、自分で守らないと」
「そうだよ卓己! 卓己が事務所の顔で代表なんだから」
「ご、ごめん……な、さい」
「大体卓己はね、私みたいな何にも絵のこととかアートのことが分かってない、ド素人に構ってる暇があったら、ちゃんと千鶴ちゃんとか他の、同じアーティスト仲間で……」
私は木製の壁に背をもたせかける。
窓枠にも扉の中にも収まってないなかった小さな灯台が、この壁を開くスイッチだったみたいだ。
偶然そこを背で押したとたん、何一つ隙間などなかった壁に、スッと一筋の空間が開ける。
「あ、開いた!」
「本当だ」
それは子供の力で押せる程度で十分だった。
木の壁は細かなパーツごとに順番にスライドしていって、大人でもしゃがめば通れるくらいの門が出来上がった。
一番に千鶴を外に出し、次に卓己を出す。
最後が私。
「はぁ~。助かった!」
千鶴と目が合い、楽しそうに笑ってみせる。
「あはは。びっくりしたね!」
「ちょ、笑い事じゃないって! 卓己がもし怪我でもしたら……」
「ねぇ。充さんはこの落とし穴のことを知ってて、私たちをわざとハメたんじゃない?」
「えぇ!」
驚く千鶴の無邪気さに、思わずほほえむ。
卓己は納得したようにうなずいた。
「あぁ。そうかもね。そういうところ昔っからあるから。あの人。それもお父さん譲りなのかも」
「はぁ? なにそれ!」
「いいじゃない。真相を聞きに行こう」
1階への細長い階段へ向かおうとした私の肩に、卓己の手が乗った。
「恭平さんの絵は? 僕がとってこようか?」
「いい。後で自分で取りに行く」
私はさりげなく卓己の手を払い千鶴に抱きつくと、笑いながら言った。
「さぁ、文句を言いに行こう!」
階段を降りていくと、案の定お腹を抱えて笑っている充さんがいた。
「あはは。やっぱり落ちたんだ!」
「知ってて黙ってましたね」
「いやぁ~、だって17年前でしょ? 今もちゃんと動くのかどうか、確かめたかったんだ」
「冗談がキツすぎます、びっくりしました。もしかして例の従兄弟の女の子とやらも、落とし穴からは落ちたけど、海に落ちたりしてないんじゃないんですか?」
「ふふ。僕は一言も、そんなことを言った覚えはないよ」
やっぱり。
あのお父さまの血を受け継ぐいたずら好きだ。
日記の内容も、お父さまがなくなった姪っ子を思い出して書いているにしては、ちょっとおかしな気はしてたんだ。
「どうして死んだって思わせようとしたんですか」
「えぇ? その方が面白いからに決まってるじゃないか」
あの父にしてこの子あり。
ゲストを驚かすいたずらに、私たちもまんまとはめられた。
「やだもう。信じられない!」
千鶴はプリプリに怒っている。
「あはは。ゴメン、ゴメンってば。でも、楽しかったでしょ?」
そうだ。
これは楽しまないといけないものだ。
私たちには喧嘩をしたり気まずくなったりする必要は、どこにもないのだから。
「あはは。さぁ、一旦家に戻りましょう。詳しい話しは、中でちゃんと聞かせてもらいますからね!」
私はさっと充さんの背後に回ると、車椅子を押しにかかる。
「さ、紗和ちゃん! 絵は?」
「後で!」
リビングに戻った私たちは、三人で充さんを問い詰めた。
落とし穴をつくったのは、充さんと従兄弟の女の子で、二人で力を合わせ石切り用ののこぎりで穴をあけたらしい。
それも凄い。
「最初はね、ただ穴をあけて、そこにマットレスを敷いただけの落とし穴だったんだ」
充さんはくすくす笑いながら話しをする。
「僕たち二人に騙されて、そこに最初に落ちたのは、うちの父さんだったんだ。いつもいつも父さんにはやられっぱなしだったからね。仕返しのつもりだったんだ」
それを大変に悔しがったお父さまは、その持てる能力の全てを使って、かくも立派な落とし穴を作り上げた。
「それで、新しく作られたお父さまの落とし穴には、誰が落ちたんですか?」
「君たちだけだよ」
充さんは言った。
「父さんを僕たちが作った最初の落とし穴に誘うのにね、アニタが三階の窓を開けて、そこから身を乗り出したんだ。そりゃ大人だったら、びっくりして助けに行くよね。それでアニタを抱き上げた父は、アニタと一緒に下の階に落ちた」
そうなんだ。
助けようとしたお父さまと、二人で落ちたのか。
数分前の、同じような状況が頭をよぎる。
「そんなこと、言ってる場合じゃないでしょ」
私は怒ったような声を出し、卓己の目を強く見つめ返す。
「あんたもさぁ、絵描きとして、自分の立場分かってんの? こんなところに一緒になって、落ちて来ちゃダメじゃない!」
卓己はビクリと体を震わせると、わずかにうつむく。
彼が傷つくと分かっていても、私は他にやり方を知らない。
「あんたが自分で立ち上げた自分の会社なんだから、自分で守らないと」
「そうだよ卓己! 卓己が事務所の顔で代表なんだから」
「ご、ごめん……な、さい」
「大体卓己はね、私みたいな何にも絵のこととかアートのことが分かってない、ド素人に構ってる暇があったら、ちゃんと千鶴ちゃんとか他の、同じアーティスト仲間で……」
私は木製の壁に背をもたせかける。
窓枠にも扉の中にも収まってないなかった小さな灯台が、この壁を開くスイッチだったみたいだ。
偶然そこを背で押したとたん、何一つ隙間などなかった壁に、スッと一筋の空間が開ける。
「あ、開いた!」
「本当だ」
それは子供の力で押せる程度で十分だった。
木の壁は細かなパーツごとに順番にスライドしていって、大人でもしゃがめば通れるくらいの門が出来上がった。
一番に千鶴を外に出し、次に卓己を出す。
最後が私。
「はぁ~。助かった!」
千鶴と目が合い、楽しそうに笑ってみせる。
「あはは。びっくりしたね!」
「ちょ、笑い事じゃないって! 卓己がもし怪我でもしたら……」
「ねぇ。充さんはこの落とし穴のことを知ってて、私たちをわざとハメたんじゃない?」
「えぇ!」
驚く千鶴の無邪気さに、思わずほほえむ。
卓己は納得したようにうなずいた。
「あぁ。そうかもね。そういうところ昔っからあるから。あの人。それもお父さん譲りなのかも」
「はぁ? なにそれ!」
「いいじゃない。真相を聞きに行こう」
1階への細長い階段へ向かおうとした私の肩に、卓己の手が乗った。
「恭平さんの絵は? 僕がとってこようか?」
「いい。後で自分で取りに行く」
私はさりげなく卓己の手を払い千鶴に抱きつくと、笑いながら言った。
「さぁ、文句を言いに行こう!」
階段を降りていくと、案の定お腹を抱えて笑っている充さんがいた。
「あはは。やっぱり落ちたんだ!」
「知ってて黙ってましたね」
「いやぁ~、だって17年前でしょ? 今もちゃんと動くのかどうか、確かめたかったんだ」
「冗談がキツすぎます、びっくりしました。もしかして例の従兄弟の女の子とやらも、落とし穴からは落ちたけど、海に落ちたりしてないんじゃないんですか?」
「ふふ。僕は一言も、そんなことを言った覚えはないよ」
やっぱり。
あのお父さまの血を受け継ぐいたずら好きだ。
日記の内容も、お父さまがなくなった姪っ子を思い出して書いているにしては、ちょっとおかしな気はしてたんだ。
「どうして死んだって思わせようとしたんですか」
「えぇ? その方が面白いからに決まってるじゃないか」
あの父にしてこの子あり。
ゲストを驚かすいたずらに、私たちもまんまとはめられた。
「やだもう。信じられない!」
千鶴はプリプリに怒っている。
「あはは。ゴメン、ゴメンってば。でも、楽しかったでしょ?」
そうだ。
これは楽しまないといけないものだ。
私たちには喧嘩をしたり気まずくなったりする必要は、どこにもないのだから。
「あはは。さぁ、一旦家に戻りましょう。詳しい話しは、中でちゃんと聞かせてもらいますからね!」
私はさっと充さんの背後に回ると、車椅子を押しにかかる。
「さ、紗和ちゃん! 絵は?」
「後で!」
リビングに戻った私たちは、三人で充さんを問い詰めた。
落とし穴をつくったのは、充さんと従兄弟の女の子で、二人で力を合わせ石切り用ののこぎりで穴をあけたらしい。
それも凄い。
「最初はね、ただ穴をあけて、そこにマットレスを敷いただけの落とし穴だったんだ」
充さんはくすくす笑いながら話しをする。
「僕たち二人に騙されて、そこに最初に落ちたのは、うちの父さんだったんだ。いつもいつも父さんにはやられっぱなしだったからね。仕返しのつもりだったんだ」
それを大変に悔しがったお父さまは、その持てる能力の全てを使って、かくも立派な落とし穴を作り上げた。
「それで、新しく作られたお父さまの落とし穴には、誰が落ちたんですか?」
「君たちだけだよ」
充さんは言った。
「父さんを僕たちが作った最初の落とし穴に誘うのにね、アニタが三階の窓を開けて、そこから身を乗り出したんだ。そりゃ大人だったら、びっくりして助けに行くよね。それでアニタを抱き上げた父は、アニタと一緒に下の階に落ちた」
そうなんだ。
助けようとしたお父さまと、二人で落ちたのか。
数分前の、同じような状況が頭をよぎる。