「さ、紗和ちゃん……は、は、颯斗さんに、灯台のこと……も、話したんだ」

 これで鍵穴の場所は分かった。
残る問題は、鍵のありかだ。

「しょ、か、会社で……は、同じ所で、働いてるんだ」
「全然別部署」

 錠前の発注を済ませてからは、彼は扉内部のカラクリを考えることに夢中で、しばらくあーでもない、こーでもないと、彼の考察と試行錯誤の製作日記が続いている。

「ぶ、部署、が、違っても……、あ、会って、普通に話しができたり、する……ん、だね」

 ついにカミル・ベッカー氏に発注した特殊な錠前が、リンドグレーン氏の元に届いた。
彼はまずその美しさに感嘆し、誉めちぎっている。
制作者ご本人の前でどれだけの賛辞を並べたかは分からないけど、個人的な日記のなかでこれほど賞賛しているのだから、かなり出来がいいものだったに違いない。
卓己と佐山CMO同様、リンドグレーン氏もカミル・ベッカーさんが大好きだ。

「さ、紗和ちゃんの会社……。け、結構大きな会社なの、に、そ、そういうことって、よくあるんだ!」

 充さんがお父さまから直接聞いていたように、錠前を開く鍵は2本存在する。
両方を同時に2つの鍵穴にさして、決められた順番通りに回さなければ開かない仕組みらしい。

「ねぇ紗和ちゃん! ちゃんと話、聞いてる?」
「聞いてるよ」

 どんな順番だろう。
そこまでは、ここまで読んだ内容に書かれていない。
困るな。
この先にはちゃんと、記されているのだろうか。
次のページをめくる。

「ぼ、僕も、大事な話が紗和ちゃんにあって、そ、それで、今日は、ここに来た……んだ」
「大事な話って、なにか分かったの?」
「違う。灯台のことじゃなくて」

 なんだ。
私は日記に視線を戻す。
2本の鍵は二人の子供、つまり充さんと、亡くなった従兄弟にあたる女の子に託そうとしていた。

「ねぇ、紗和ちゃん。紗和ちゃんが……、もし、もしよかったら……だけ、ど……」

 結局、氏は鍵を子供たちに直接手渡すのではなく、別荘のどこかに隠すことにしたらしい。
彼のイタズラ心がタイミング悪く発動してしまったおかげで、隠された鍵は探されなくなり、灯台は開かずの門となった。
氏は鍵を隠す場所をどこにしようか、あれこれと考えている。

「い、今の会社、を、辞めて……さ。僕の所で、働かない? ほら、うちのスタジオも結構忙しくなってきたし、じ、事務関係……の、その、手続きとか、人手が足りなくなってて、それで……」

 台所、寝室、屋根裏に、玄関。
ここでは、子供部屋も候補にあがっている。
しまった。
そういうことなら、あの時にちゃんと子供部屋も調べておけばよかった。

「だ、だから……。その、お、お給料のこととか、は、また別に、相談、しないといけ……な、いんだけど……」

 不意に眠気が襲ってくる。
ダメだ。
今日はもうこれ以上頭が回らない。
集中力の限界だ。
私は日記のページにしおりを挟むと、ソファから立ち上がった。

「今日はもう限界。卓己はご飯、食べ終わった?」
「う、うん」

 卓己のパスタの皿は、いつの間にか空っぽになっていた。

「片付けは私がやっておくから、卓己ももう帰りなさいよ。明日も忙しいんでしょ?」
「ねぇ、紗和ちゃん。本当に僕の話、ちゃんと聞いてた?」
「うん。聞いてたよ。この件に関しては、ちゃんと考えておくから」
「ほ、ホントに?」
「うん。任せといて」

 にこっと笑ってみせたら、彼はちょっと照れたような、うれしそうな顔をした。

「じゃあ、お、お願いね」
「うん」
「おやすみ!」

 卓己は何度も何度も振り返り、夜道を帰っていく。
私はいつも通り彼の姿が見えなくなるまで、手を振って見送った。
台所の片付けを済ませ、風呂に入りベッドへ潜りこむ。

 解錠の方法に関しては、まだ読み進めてみなければ分からないけど、鍵の隠し場所の検討はついた。
子供部屋だ。
あの日記の内容からすると、子供たちに自然と見つけられるようにしたかったらしい。
しかし氏の特性であるトリッキーな性格のせいで、普通のところに隠す気は、さらさらない。

 また明日も頑張って、日記の解読を続けよう。
卓己たちとも約束したし、そう何度も何度も充さんのお宅にお邪魔するわけにもいかない。
私はベッドのなかで、まだ見ぬ鍵の姿を想像しながら、目を閉じた。