「やっだ~! 先輩、開かずの灯台なんだったら、肝心の絵が見れないじゃないですかぁ」

 千鶴はのんきに、あははとか言って笑っている。
が、笑っている場合ではない。
キッとした私に、卓己はハラハラしている。
のんびりと充先輩は続けた。

「まぁ、開かないのなら、開かないままでもかまわないんだけどね。でもちょっと、そのままにしておくのは残念な気がして。できれば僕も、もう一度あの中に入ってみたいんだ」
「どうして開かずの灯台になったんですか?」

 私の問いかけに、彼は静かに微笑む。

「父によって、封印されてしまったんだ。それ以来、誰も入り口のドアを開けられない」
「あー。じゃあ、えっと、例えばの話ですが、ブルドーザーとかで入り口をぶち壊すとか?」

 私の心からの真剣な提案に、充先輩と千鶴はキョトンとしている。
卓己が答えた。

「紗和ちゃん。そんなことをしたら、あんな小さな灯台は、そのまま倒壊してしまうよ」
「業者に頼むとか。あ、もしかして鍵でもかかってるんですか? 鍵屋さんなら、すぐにネットで検索できますけど」
「紗和ちゃん。そういうことなら、先輩は僕たちを呼んだりしないよ」
「窓を破って、侵入するとか」

 真剣に充先輩に詰め寄る私に、千鶴が笑った。

「ホントだ。卓己の言ってた通り、紗和ちゃんって、おもしろーい!」

 先輩も一緒になって、くすくす笑っている。
笑われようが笑われなかろうが、そんなことは関係ない。
私はおじいちゃんの絵が欲しいだけだ。

「どうすれば、三階にたどり着けるんですか?」
「それを考えて欲しくて、君たちを呼んだんだ」

 白く小さなかわいらしい灯台が、突然難攻不落の要塞に見え始める。
物理攻撃が無理なら、いっそ空からパラシュートで飛び降りて侵入するとか? 
千鶴が改めて充先輩に尋ねた。

「で、どうして先輩のお父さまは、あの灯台を封印してしまったんです?」
「実は僕には、仲良しの従兄弟がいてね。女の子なんだけど、その子とよくこの別荘で遊んでいたんだ」

 彼は黒くさらさらした前髪を、遠くに見える灯台へ向けた。

「ところがある日、彼女があそこから落ちた」

 え? どういうこと? 
静かなリビングが、より一層静かになる。
潮風が優しくシュロの葉を揺らした。

「それ以来、父はあの灯台を封印してしまったんだ。その日から、あの中へ誰も入っていない。それは突然の出来事で、中はそのまま、当時の状態のままになっている」

 彼の口調は、あくまで穏やかだった。

「そこにあったものは、なに一つ取り出すことが出来なかった。そんなことをする余裕さえ、その時の僕たちには残っていなかったんだ。そうやって三上恭平の作品は、あそこに取り残されてしまった」

 灯台は海を見下ろす、険しい断崖の絶壁に立っている。

「だからもう一度、出来ればあの灯台を開いてあげたいんだ」
「なるほど、分かりました」

 そういうことなら、これは正攻法でいくしかなさそうだ。
私はギュッと灯台をにらみ上げると、覚悟を決めた。