扉の向こうにすでに想の姿はなく、特設会場の中も閑散としていた。
当然だ。
ここに並んでいたのは、オークション出品予定の作品たちで、それが始まってしまえば、決まった落札者のもとに次々と搬送されてゆく。
空っぽになった会場の中で、いくらちっぽけな手の平サイズのものとはいえ、こんなところにおじいちゃんの作品が残されていれば、目について仕方がない。
ということは、ウェイトを持ったままの想は、一般会場の方だ!
私は可能な限りの早足で駆けるように廊下を進み、一般会場へと繋がる階段へ向かった。
西側の展示場では、特設会場に入れない一般参加者のために、オークションの様子を配信していて、多くの人々がそれを見上げていた。
今日はフェア最終日。
すでにあちこちで片付けが始まっていた。
どこに行った、想!
ぐるりと見渡した人混みのなかに、明るい栗色のくるくる頭を見つけた。
アイツだ!
想はエントランスに向かっている。
アートフェス会場から抜け出す気だ。
「待ちなさい、想!」
人目も気にせず、私は大声を張り上げる。
ここで逃がすわけにはいかない。
居並ぶ人たちをかき分け走りだした私は、振り返った想の腕にがっしりと抱きついた。
「うわっ、なに!?」
「どこへ行く気?」
「あんたには関係ないだろ」
「じゃあ、あのペーパーウェイトは、どこにやったの!」
「はぁ? あんたもしつこいな」
「どこに置いたのか白状するまで、この手は離さないわよ!」
「えぇ~。直接聞いちゃうとか、そんなのアリ?」
私を振りほどこうとする想の腕を、放されないよう必死でつかむ。
「ルールには、なかったでしょ!」
「俺、急ぐんだけど」
「私だって急いでるわよ!」
何かを気にしているのか、想は二階会場を見上げた。
そこにはおばあさまが従業員たちと顔をのぞかせている。
「げっ。あのばあさ……。あぁもう、分かったよ。じゃあそれ貸して!」
彼は私の持っていたバッグを奪い取った。
「何するの?」
「ほら。もういいから、あげるよ」
想はポケットからおじいちゃんのペーパーウェイトを取り出すと、それをバッグに突っ込んだ。
おじいちゃんの作った、青いお花の型焼きされたペーパーウェイト。
「ね、これでいいでしょ?」
「ほ、本当にいいの?」
「いいよ。だからもう離して」
抱きつくように掴んでいた想の腕から、私は手を離す。
「あ、ありがとう」
「じゃ。僕はもう行くから」
「う、うん」
彼はせわしなく手を振ると、そそくさとエントランスへ向かった。
なんだよアイツ。
終わってみれば、結構いい奴だったじゃないか。
拍子抜けしてしまった私は、そっと小さく彼の背に手を振り返す。
意地悪なだけかと思っていたけど、そうじゃなかった。
からかったりされたのも確かだけど、もしかしてはじめから、私に渡すつもりもあった?
バッグに加わったわずかな重みが、私の気持ちを軽くしてゆく。
やっぱり諦めずに、最後まで追いかけてきてよかった。
自分の顔がどんどんにやけていくのを止められない。
「やった! やったよ、おじいちゃん!」
ペーパーウェイトの入った鞄を、鞄ごとぎゅっと抱きしめる。
「ちょっと待ちなさい!」
突然の声に、ぱっと振り返った。
想と紅の祖母である豊橋良子が、全身の毛を逆立て、怒りに震えながら迫ってくる。
当然だ。
ここに並んでいたのは、オークション出品予定の作品たちで、それが始まってしまえば、決まった落札者のもとに次々と搬送されてゆく。
空っぽになった会場の中で、いくらちっぽけな手の平サイズのものとはいえ、こんなところにおじいちゃんの作品が残されていれば、目について仕方がない。
ということは、ウェイトを持ったままの想は、一般会場の方だ!
私は可能な限りの早足で駆けるように廊下を進み、一般会場へと繋がる階段へ向かった。
西側の展示場では、特設会場に入れない一般参加者のために、オークションの様子を配信していて、多くの人々がそれを見上げていた。
今日はフェア最終日。
すでにあちこちで片付けが始まっていた。
どこに行った、想!
ぐるりと見渡した人混みのなかに、明るい栗色のくるくる頭を見つけた。
アイツだ!
想はエントランスに向かっている。
アートフェス会場から抜け出す気だ。
「待ちなさい、想!」
人目も気にせず、私は大声を張り上げる。
ここで逃がすわけにはいかない。
居並ぶ人たちをかき分け走りだした私は、振り返った想の腕にがっしりと抱きついた。
「うわっ、なに!?」
「どこへ行く気?」
「あんたには関係ないだろ」
「じゃあ、あのペーパーウェイトは、どこにやったの!」
「はぁ? あんたもしつこいな」
「どこに置いたのか白状するまで、この手は離さないわよ!」
「えぇ~。直接聞いちゃうとか、そんなのアリ?」
私を振りほどこうとする想の腕を、放されないよう必死でつかむ。
「ルールには、なかったでしょ!」
「俺、急ぐんだけど」
「私だって急いでるわよ!」
何かを気にしているのか、想は二階会場を見上げた。
そこにはおばあさまが従業員たちと顔をのぞかせている。
「げっ。あのばあさ……。あぁもう、分かったよ。じゃあそれ貸して!」
彼は私の持っていたバッグを奪い取った。
「何するの?」
「ほら。もういいから、あげるよ」
想はポケットからおじいちゃんのペーパーウェイトを取り出すと、それをバッグに突っ込んだ。
おじいちゃんの作った、青いお花の型焼きされたペーパーウェイト。
「ね、これでいいでしょ?」
「ほ、本当にいいの?」
「いいよ。だからもう離して」
抱きつくように掴んでいた想の腕から、私は手を離す。
「あ、ありがとう」
「じゃ。僕はもう行くから」
「う、うん」
彼はせわしなく手を振ると、そそくさとエントランスへ向かった。
なんだよアイツ。
終わってみれば、結構いい奴だったじゃないか。
拍子抜けしてしまった私は、そっと小さく彼の背に手を振り返す。
意地悪なだけかと思っていたけど、そうじゃなかった。
からかったりされたのも確かだけど、もしかしてはじめから、私に渡すつもりもあった?
バッグに加わったわずかな重みが、私の気持ちを軽くしてゆく。
やっぱり諦めずに、最後まで追いかけてきてよかった。
自分の顔がどんどんにやけていくのを止められない。
「やった! やったよ、おじいちゃん!」
ペーパーウェイトの入った鞄を、鞄ごとぎゅっと抱きしめる。
「ちょっと待ちなさい!」
突然の声に、ぱっと振り返った。
想と紅の祖母である豊橋良子が、全身の毛を逆立て、怒りに震えながら迫ってくる。