「その……。ずいぶんと熱心に、彼を見ているんだね」
「えぇ、まぁ。やっぱり見ちゃいますよね」
おばあさまの真っ白な髪はくるくると巻いていて、少しぽっちゃりとしているものの、キリッとした表情は彼女の活動的な性格をよく表している。
おじいちゃんはあの人の、どこに惹かれたのだろう。
おじいちゃんと過ごした日々は、あの人にとって「幸運な時間」だったのだろうか……。
「へー、そうなんだ。紗和子さんは、ああいうのが好みなんだ」
「は? 何がですか」
「想くんみたいな、かわいらしい感じの年下」
すねているような、からかっているような、佐山CMOの言葉に、私は急速に理性を取り戻した。
「違いますよ。なに言ってるんですか」
「俺もさ、結構悪くないと思うんだけど」
そう言うと、佐山CMOはムスッと顔をそらした。
「なにがですか?」
「いや、俺がモテすぎるから、遠慮しちゃうのは分かるけどね」
彼は不満そうに愚痴をこぼし始める。
「大体さぁ、俺と一緒に来てんのに、すぐにどっか行っちゃて、そのまま帰ってこないし。探したんだよ? そもそも君が俺と一緒にいてくれないと、邪魔者避けに誘ったのに、意味がないじゃないか」
CMOは、いなくなった私を探してくれてたのか。
便利な魔除け扱いだとしても。
そう思うと、急に申し訳なくなってくる。
「……そうですね。すみません」
「ちゃんと俺の側にいて」
ざわついたオークションルームで、ロット番号は進んで行く。
佐山CMOは受け取ったパドルを手に、時折私に作品情報をささやきながら、あーだこーだとしゃべり続けていた。
それに相槌を打ちながらも、私は想のくるくる巻いた栗色頭の動向に注視している。
その想が不意に体を傾け、おばあさまに何か耳打ちをした。
彼女はそれにウンとうなずくと、想は立ち上がる。
会場を抜け出す気だ。
その気配を察した私は、勢いよく立ち上がった。
せめてもう一度、ちゃんとあのウェイトが欲しいとお願いしてみよう。
ここで逃がしては、もう絶対に手に入らない!
「すいません、ちょっと抜けます」
動き出した私の腕を、佐山CMOはぐっと掴んだ。
「ちょ、離してください。想を追いかけなくちゃいけないんです」
「僕を残して?」
ちょっぴり怒っているような、すねたような目で見上げられても、そう簡単に引き下がってはいられない。
「佐山CMOは、オークションを見てればいいじゃなですか」
「ねぇ、ずっと気になってたんだけどさ。仕事で来てるんじゃないんだから、いつまでもそのCMOって呼ぶのやめない?」
「あの、すみません。今めっちゃ急いでます」
「名前で呼んで」
くっ。今はそんなこと言ってる場合じゃないのに!
「すいませんが颯斗さん。私は彼を追いかけたいので、行ってきます」
「どうしても行っちゃうの? まだ君のおじいさんの、絵の落札結果も見ていないのに? そのために今日は、僕とここへ来たんじゃなかったっけ」
顔を上げ会場を見渡す。
想のオークションルーム出て行く後ろ姿が見えた。
このままでは、彼を見失ってしまう!
「お願いします、私を行かせて下さい。大事な用が出来たんです」
私がこれほど焦っているのに、彼は何かを考え、少し間をおいてから言った。
「君は、このアートフェスをちゃんと楽しんでる?」
「もちろんです!」
「ふーん。そうなんだ。なら行ってもいいよ」
助かった!
「じゃ、ちょっと行ってきます」
「でもさ、なにか困ったことがあったら、いつでも僕に相談することを、約束してくれ。分かった?」
「はい!」
こんなことをしている間にも、想は行ってしまうのに!
佐山CMOがのんびり小指を差し出すから、私はすぐに自分の小指を彼の指に絡める。
「約束ね。じゃあ、行ってもいいけど、ちゃんと帰ってきて」
「分かりました!」
指が離れた瞬間、走り出す。
どこに行った、想!
そして、おじいちゃんのペーパーウェイト!
私は彼の後を追って、オークションルームを飛び出した。
「えぇ、まぁ。やっぱり見ちゃいますよね」
おばあさまの真っ白な髪はくるくると巻いていて、少しぽっちゃりとしているものの、キリッとした表情は彼女の活動的な性格をよく表している。
おじいちゃんはあの人の、どこに惹かれたのだろう。
おじいちゃんと過ごした日々は、あの人にとって「幸運な時間」だったのだろうか……。
「へー、そうなんだ。紗和子さんは、ああいうのが好みなんだ」
「は? 何がですか」
「想くんみたいな、かわいらしい感じの年下」
すねているような、からかっているような、佐山CMOの言葉に、私は急速に理性を取り戻した。
「違いますよ。なに言ってるんですか」
「俺もさ、結構悪くないと思うんだけど」
そう言うと、佐山CMOはムスッと顔をそらした。
「なにがですか?」
「いや、俺がモテすぎるから、遠慮しちゃうのは分かるけどね」
彼は不満そうに愚痴をこぼし始める。
「大体さぁ、俺と一緒に来てんのに、すぐにどっか行っちゃて、そのまま帰ってこないし。探したんだよ? そもそも君が俺と一緒にいてくれないと、邪魔者避けに誘ったのに、意味がないじゃないか」
CMOは、いなくなった私を探してくれてたのか。
便利な魔除け扱いだとしても。
そう思うと、急に申し訳なくなってくる。
「……そうですね。すみません」
「ちゃんと俺の側にいて」
ざわついたオークションルームで、ロット番号は進んで行く。
佐山CMOは受け取ったパドルを手に、時折私に作品情報をささやきながら、あーだこーだとしゃべり続けていた。
それに相槌を打ちながらも、私は想のくるくる巻いた栗色頭の動向に注視している。
その想が不意に体を傾け、おばあさまに何か耳打ちをした。
彼女はそれにウンとうなずくと、想は立ち上がる。
会場を抜け出す気だ。
その気配を察した私は、勢いよく立ち上がった。
せめてもう一度、ちゃんとあのウェイトが欲しいとお願いしてみよう。
ここで逃がしては、もう絶対に手に入らない!
「すいません、ちょっと抜けます」
動き出した私の腕を、佐山CMOはぐっと掴んだ。
「ちょ、離してください。想を追いかけなくちゃいけないんです」
「僕を残して?」
ちょっぴり怒っているような、すねたような目で見上げられても、そう簡単に引き下がってはいられない。
「佐山CMOは、オークションを見てればいいじゃなですか」
「ねぇ、ずっと気になってたんだけどさ。仕事で来てるんじゃないんだから、いつまでもそのCMOって呼ぶのやめない?」
「あの、すみません。今めっちゃ急いでます」
「名前で呼んで」
くっ。今はそんなこと言ってる場合じゃないのに!
「すいませんが颯斗さん。私は彼を追いかけたいので、行ってきます」
「どうしても行っちゃうの? まだ君のおじいさんの、絵の落札結果も見ていないのに? そのために今日は、僕とここへ来たんじゃなかったっけ」
顔を上げ会場を見渡す。
想のオークションルーム出て行く後ろ姿が見えた。
このままでは、彼を見失ってしまう!
「お願いします、私を行かせて下さい。大事な用が出来たんです」
私がこれほど焦っているのに、彼は何かを考え、少し間をおいてから言った。
「君は、このアートフェスをちゃんと楽しんでる?」
「もちろんです!」
「ふーん。そうなんだ。なら行ってもいいよ」
助かった!
「じゃ、ちょっと行ってきます」
「でもさ、なにか困ったことがあったら、いつでも僕に相談することを、約束してくれ。分かった?」
「はい!」
こんなことをしている間にも、想は行ってしまうのに!
佐山CMOがのんびり小指を差し出すから、私はすぐに自分の小指を彼の指に絡める。
「約束ね。じゃあ、行ってもいいけど、ちゃんと帰ってきて」
「分かりました!」
指が離れた瞬間、走り出す。
どこに行った、想!
そして、おじいちゃんのペーパーウェイト!
私は彼の後を追って、オークションルームを飛び出した。