「ねぇ、あなた。あのおばあさまとどういう関係? あの人、自分の利害と関わりのない人間とは、一切口をきかない主義なのよ。時間の無駄だとか言っちゃって。それなのに自分からわざわざ話しかけにいくなんて、とっても珍しいことなの」
「そうなんだ。悪いけど、理由は分からないわね。あの人の興味があるのは、私の彼氏じゃないの?」
「彼氏って、佐山商事の次男のこと?」

 ピクリと反応した紅に、私は腕組みして、思いっきり上から目線でにらみつける。
こんな年下の小娘に喧嘩売られて、大人しく引き下がるような私じゃない。

「さぁね。私は別にあの人のことなんて、なんとも思ってないんだけど。今日もね、彼に無理矢理誘われて、ここに連れてこられたの。そうそう、今着てるこのワンピースもね、ここにくる直前に、彼にお店に連れていかれて、そのままプレゼントされたものなのよ。ホント、困った人ね」
「あぁ、そうですか。よかったね」

 紅は興味なさげに視線を横に流した。
嘘はついてない、嘘は。

「あなたには、そんな素敵な恋人はいらっしゃらないのかしら?」

 紅はそんな挑発には乗らず、首を傾けた。

「こんなゴミみたいな作品の、どこがいいのかしら。正直言って、出来損ないだわ。三上恭平の名前がついてなければ、せいぜい千円か2千円程度の、どこにでもあるような、ただの重しよ」
「えぇ、そうかもね。あなたの目には、それはゴミのように見えるかもしれないけど、私にとってはそうじゃないの。れっきとした価値のある作品よ」
「自分には、その価値が分かるって言いたいの?」

 紅はオレンジのウェイトを口元に当てると、にやりと笑った。

「じゃあ、あなたはもし、私がこのペーパーウェイトをゴミ箱に捨てたら、あなたはそのゴミを漁って持ち帰るのかしら?」

 隣でずっと退屈そうに聞いていた想が、くすくす笑った。 

「それいいね、紅。捨てちゃえば?」
「だよね」

 紅は受付台のすぐ横に置いてあったゴミ箱に、ウェイトを持った手を大きく振りかざした。

「捨てたければ、捨てればいいじゃない! 例えそれが無名作家の作品であっても、誰かが作った大切な作品をゴミ箱に捨てるような人間は、美術商にはむいてないわ!」

 紅は振り上げた手を下ろすと、ふわりと巻いたミルクティー色の頭を傾け、じっと私を見つめる。

「そうね、分かったわ。あげるわよ。でもね、ただそのままあげるんじゃ、面白くないじゃない? ゲームをしましょう。この会場のどこかに、このペーパーウェイトを隠すのって、どう? 見つけたら、あなたのものよ」

 紅は自分の思いつきに満足したのか、フッと笑った。

「私たちが手に持っている間は、そこから奪いとっちゃダメ。同時に見つけた場合は、先に取った方が勝ち。どう?」
「ずいぶんとあなたたちに有利な条件ね。それをずっと手に持っていたら、意味ないじゃない」
「そんなずるいマネは、さすがにしないわよ。どうする? 私たちは別に、あなたにこれを譲っても譲らなくても、どっちだっていいのよ」

 ここで引き下がったら、もう二度とこのペーパーウェイトは手に入らない。

「わかった。やる」

 姉弟は示し合わせたように目を合わすと、にやりと微笑んだ。

「じゃ、俺はこっちね」

 想はテーブルに置いてあった、もう一つの青を基調としたウェイトを手にとる。
紅と想の二人がおじいちゃんのウェイトを手に、私の前に立ちはだかった。

「目をつぶって、ゆっくり30秒数えてちょうだい。そこからがスタートよ」

 覚悟を決める。
ぎゅっと目を閉じて、ゆっくりと心の中で秒を刻む。
1、2、3……、28、29、30!

 目を開けると、こぢんまりとしたブースに、困惑した表情のままの受付のお姉さんと、従業員らしき数人しか残っていなかった。
私はそこを抜け出すと、二階会場の通路から階下に広がる広大な会場を見渡す。

 ゲームの始まりだ。
あいつらはオークションの行われる特設会場にも入れるし、業者専門の一般参加者立ち入り禁止区域にも入れる。
よく考えてみれば、とんでもなく不利な条件だ。
それでも、やるしかない。
おじいちゃんの作品を撮り戻すためだ。
展示会場ののべ床面積は7万㎡。
壮大な宝探しが始まった!