不意に、枕元に置いてあったスマホが鳴った。
仕方なく布団から顔を出すと、画面に『佐山CMO』と名前が出ている。
部屋の空気がピタリと止まった。
卓己はその画面に、すっかり凍り付いてしまっている。
「あ、あのね、卓己。この人は私と同じ会社の人で、仕事の上司だからね」
卓己さえいなければ、こんな電話無視したって構わなかったのに。
逆に彼が今ここにいるからこそ、電話に出なくてはならなくなった。
「はい。なんですか?」
卓己の死んだような視線を一身に受けつつ、仕方なく通話ボタンを押す。
『あぁ、やっと繋がった。メールの返事がないけど』
「見ました」
『見ましたじゃないよ。返事って言ってるんだけど』
なんて書いてあったっけ。
その内容を思い出す。
あぁそうだ。
前回のお詫びと、卓己によろしくって話だ。
「大丈夫ですよ。私、もう気にしてないので」
『それでさ、これはちょっとした提案なんだけど』
「提案?」
電話の向こうから、佐山CMOの座る椅子がキュと回る音が聞こえた。
『近々ダダビーズも協賛している、大規模なアートフェスがあるんだよ。主な出品予定のカタログを見ていたらね、三上恭平氏の絵画が、3千万からオークションに出る予定になってたんだ』
「は? なにそれ、本当ですか?」
そんな珍しい話、めったにあるものじゃない。
『まぁさすがの僕でも、それを君に買ってプレゼントすることは難しいけど、個人収集家の手に渡ってしまったら、本物を目にする機会は極端に失われてしまうだろ? いまのうちに、見ておいた方がいいんじゃないかと思ってね』
確かにそれはそうだ。
教科書に名前が載るような有名作家なら、どこかの美術館で作品展の開催はあるけど、うちのおじいちゃんみたいなマイナー作家は、一度個人の手に渡ってしまえばよほどのことがない限り、二度と本物にお目にかかることはない。
千載一遇のチャンスとは、このことだ。
『一緒にどうかな?』
「分かりました。行きます。いつですか?」
メモのためにペンを取ったら、卓己と目があった。
私はそれに構わず、近くにあったティッシュペーパーの箱にペンを走らせる。
「え? 来月の第二土曜日ですか? あぁ、はい。分かりました。大丈夫です」
私はその日付をメモに書き取ると、ぐるぐると丸でかこんだ。
「はい。ありがとうございます。えぇ、詳しいことはまた後で」
通話を切る。
私はふーと長く息を吐き出した。
3千万か。
おじいちゃんって、本当に凄い画家だったんだな。
さすがにそれを欲しいとは思わないけど、見られるのなら見られるうちに見ておきたい。
もそもそとベッドから起き上がる。
どんな絵だろう。
誰よりもおじいちゃんの近くで色々な作品を見てきたけど、その全てが記憶に残っているわけではない。
タンスに手を伸ばし着替えようとして、卓己と目があった。
「さ、紗和ちゃん。ぼ、僕との約束は?」
「え? なに? なんかあったっけ」
そう言った瞬間、フルーツパフェのことを思い出した。
仕方なく布団から顔を出すと、画面に『佐山CMO』と名前が出ている。
部屋の空気がピタリと止まった。
卓己はその画面に、すっかり凍り付いてしまっている。
「あ、あのね、卓己。この人は私と同じ会社の人で、仕事の上司だからね」
卓己さえいなければ、こんな電話無視したって構わなかったのに。
逆に彼が今ここにいるからこそ、電話に出なくてはならなくなった。
「はい。なんですか?」
卓己の死んだような視線を一身に受けつつ、仕方なく通話ボタンを押す。
『あぁ、やっと繋がった。メールの返事がないけど』
「見ました」
『見ましたじゃないよ。返事って言ってるんだけど』
なんて書いてあったっけ。
その内容を思い出す。
あぁそうだ。
前回のお詫びと、卓己によろしくって話だ。
「大丈夫ですよ。私、もう気にしてないので」
『それでさ、これはちょっとした提案なんだけど』
「提案?」
電話の向こうから、佐山CMOの座る椅子がキュと回る音が聞こえた。
『近々ダダビーズも協賛している、大規模なアートフェスがあるんだよ。主な出品予定のカタログを見ていたらね、三上恭平氏の絵画が、3千万からオークションに出る予定になってたんだ』
「は? なにそれ、本当ですか?」
そんな珍しい話、めったにあるものじゃない。
『まぁさすがの僕でも、それを君に買ってプレゼントすることは難しいけど、個人収集家の手に渡ってしまったら、本物を目にする機会は極端に失われてしまうだろ? いまのうちに、見ておいた方がいいんじゃないかと思ってね』
確かにそれはそうだ。
教科書に名前が載るような有名作家なら、どこかの美術館で作品展の開催はあるけど、うちのおじいちゃんみたいなマイナー作家は、一度個人の手に渡ってしまえばよほどのことがない限り、二度と本物にお目にかかることはない。
千載一遇のチャンスとは、このことだ。
『一緒にどうかな?』
「分かりました。行きます。いつですか?」
メモのためにペンを取ったら、卓己と目があった。
私はそれに構わず、近くにあったティッシュペーパーの箱にペンを走らせる。
「え? 来月の第二土曜日ですか? あぁ、はい。分かりました。大丈夫です」
私はその日付をメモに書き取ると、ぐるぐると丸でかこんだ。
「はい。ありがとうございます。えぇ、詳しいことはまた後で」
通話を切る。
私はふーと長く息を吐き出した。
3千万か。
おじいちゃんって、本当に凄い画家だったんだな。
さすがにそれを欲しいとは思わないけど、見られるのなら見られるうちに見ておきたい。
もそもそとベッドから起き上がる。
どんな絵だろう。
誰よりもおじいちゃんの近くで色々な作品を見てきたけど、その全てが記憶に残っているわけではない。
タンスに手を伸ばし着替えようとして、卓己と目があった。
「さ、紗和ちゃん。ぼ、僕との約束は?」
「え? なに? なんかあったっけ」
そう言った瞬間、フルーツパフェのことを思い出した。