「ねぇ、この部屋の趣味、紗和子さんはどう思う?」
「え? なにが?」
「この部屋の中、全部父と叔父が選んで置いたものばかりなの」
「へ、へぇ~。そうなんだ」

 だからか。
昭和くさいというか、オヤジくさいというか。
完全に今を生きる女の子の部屋じゃない。

「ねぇ、紗和子さんは本当に颯斗さんと……」

 突然、廊下から激しい足音が聞こえたかと思うと、扉が勢いよく開かれた。

「詩織! 佐山颯斗が本当にこの家に来たのか!」

 なんの前触れもなく、いきなり彼女の部屋に飛び込んできたのは、妙なおじさんだった。
若作りをしているが、どうしたって積もる年齢を隠せていない。
飛び出た腹にどんなお洒落な格好も無力だった。
サロンで焼いたのであろう赤茶けた肌に、深く刻まれた皺。
髪は不自然に2色にカラーリングされて、白すぎる歯には違和感しかない。

「叔父さん! 勝手に部屋に入って来ないでって、いつも言ってるでしょ!」

 詩織さんの顔に、明らかな嫌悪の表情が浮かぶ。
しかしそんなことは一切気にする様子もなく、この乱暴なおっさんは、スタンガンを持っていた私を容赦なく怒鳴りつけた。

「なんだそれは! お前は一体、何を持ってる」
「叔父さんには、関係ないから!」

 それまでは、ただただけだるげだった詩織さんが、人の変わったように反発し始めた。
彼女をなだめようとする叔父の手を払いのけ、ヒステリックにわめいている。
叔父の方も負けじと怒鳴りだした。

「なんだ、このクソガキが!」

 叔父の拳が振り上がる。
え? 詩織さんを叩く気? 
体が動いた。

「ちょっと、なにやってんのよ! なにも暴力まで振るうことないでしょう?」

 私はついそこへ割って入っていた。
声を張り上げる。
彼は私の存在を思い出したかのように見下ろした。

「は? 詩織、なんだコイツは!」

 私は彼女を叔父から引き離す。

「三上紗和子。26歳、会社員です!」
「篤弘さん。いいからもう出てって……」

 詩織さんの言葉に、彼は私たちをギロリとにらみつけ、舌打ちを残しようやく出ていった。
乱暴に閉められた扉の音が、バタンと部屋中に響き渡る。
足音が遠のいていくのを確認すると、詩織さんは深く息を吐き出し、ようやく緊張を緩めた。

「ごめんなさいね。変なところを見せちゃって」
「ううん。どうってことないから。平気よ」
「ほんとこんな家、早く出て行きたい」

 そうつぶやいた彼女の目には、あふれんばかりの涙が浮かんでいた。
なんだかワケありな彼女に、つい気持ちを動かされてしまう。
清楚を絵に描いたような美しいお嬢さまだ。
艶やかな黒髪にふわりと結んだリボンが揺れている。

「ねぇ。詩織さんは、佐山CMOのどこが好きなの?」

 彼女の震える肩に、そっと声をかけた。
あんなクズ男でも、ここにいるよりマシなのかもしれない。

「え? あぁ。えっと……」
「詩織さんは、佐山CMOとつき合ってるんじゃないの?」
「あ、あぁ。別につき合ってるとか、そういうわけじゃないんだけどね」

 彼女は困ったように、ふいと顔を背けた。
やっぱり。
この2人は、全然そんな関係じゃなかった。

「でもほら、あんな高額なカップをオークションで競り落としてまで、詩織さんにプレゼントしてくれたんだよ? 愛されてるよねー。私なんて、あの人からそんなことしてもらったことないからぁ~」

 佐山CMOの本命は詩織さんで、私はそのCMOに片思い中ってことにしておけば、ちょっとは本当のことを話してくれる? 
少しでも彼女の力になれることはないのかな。
なんて、そう思っているのに、詩織さんは静かにほほえんだ。

「紗和子さんは、颯斗さんのことが本当に好きなのね」
「ち、ちがっ。べ、別に、好きっていうかぁ~、どうなんだろうってかんじ? あはは。別にほら、私なんか彼のタイプじゃないだろうし」

 笑って誤魔化してみたけど、逆にどういう態度で彼女に接したらいいのかが分からなくなってしまった。
恋する女の子設定というのも、なかなか難しい。

「颯斗さんって、優しいよね。いい人だと思う」
「まぁねー!」

 肩までの髪を指に絡め、くるくる誤魔化す私に、彼女はまた少し笑った。
詩織さんの私に向けたその微笑みは、完全に恋敵に接している人間の態度じゃない。
他人の恋を応援する態度だ。