「まだ歩きまわってはいけませんよ」

 と看護師さんに注意をされた遥さんは「すみません」と言ってぺこりとお辞儀した。

 看護師さんが病室から出ていくのを見送って、彼は私ににっこりと笑顔を向けた。


「3日間、何も食べてないんだ」

 彼は苦笑しながら手に持っている缶入りのコーンポタージュスープを見せた。

 私は彼がベッドに腰を下ろすのを見て、気が抜けた。頭の中はまだ混乱していて、いろいろと訊きたいことはあるけど、とりあえず一番重要なことを訊ねた。


「遥さん、大丈夫なの? どこか、病気なの?」

「ああ……過労」

「過労!?」

「急に倒れたんだけど頭だけは守った。そうしたら肘と腰を打ってね。結構痛かったよね。でもまあ、軽く済んだしね」


 彼は軽い口調で笑いながらそう言った。

 その様子がなんだか、妙に、腹が立って、張りつめていた感情が破裂したみたいに声を荒らげてしまった。


「笑いごとじゃないよ! すっごく心配したんだから!」

 遥さんは驚いて、それから少し困惑した表情で微笑んだ。


「ごめんね。言うつもりなかったんだけど、かえでさんから連絡があって、いろはが元気がないって言うから心配になってね。勉強がうまくいってないのかな?」


 なんて人だろう。こんなときに私の心配をするなんて。


「自分の体のことを心配してよ。遥さんに、もしものことがあったら困るよ」

 胸の奥からあふれ出す気持ちを、素直に口に出してみた。


「だって、遥さんには家族がいるんだから」

 本当は、私がいるんだからって言いたかったけど、それはなんだか恥ずかしかった。