「いろは」

 遥さんが静かに私の名前を口にした。

 もう何度も呼ばれているけど、心地いいなと思った。


「な、に?」

「君は勘違いだと言ったけど、俺はそうとは思わない」

「えっ……」


 遥さんは手を伸ばして、私の頬に触れようとした。

 きっと撫でられて、キスをされるのかなと思った。

 それは拒まないでおこうと思った。

 だけど、彼はそうしなかった。


「いろは、俺は君を愛している。君の幸せを心から願っている。それだけは本当」


 うわ、ずるい……。

 これも計算だったら、完璧だよ遥さん。

 私の心を大きくグラつかせる。

 そして、やっぱり別居やめますって私が言って、遥さんは計画どおり。


 なとど、意地悪な想像が頭に浮かんだけれど。

 彼のその言葉だけは本心だと信じたい。


「あの、ひとつ訊きたいことがあるの」

 私は急に思いついたように彼に質問をすることにした。

 どうしても知りたかったから。知らずにいるのはなんだか気持ちが悪いから。


「何?」

 と遥さんは穏やかな表情で訊いた。


「協力者って誰なの? 学校で私の写真を撮った人は誰?」

 遥さんは複雑な表情で私から目をそらす。

 だから私は詰め寄った。


「教えて。今さら隠さなくてもいいでしょ」

 遥さんは嘆息し、諦めたようにぼそりと言った。


「長門絢貴」

 私は呆気にとられてしばらく言葉が出てこなかった。