さすがにその言葉が効いたのか、遥さんは観念したようにため息をついた。

 そして、わずかに微笑んで、私に訊ねた。


「わかったよ。いろははどうしたい?」

 とても穏やかで、落ち着いた声だったので、私は安堵した。

 少し躊躇したけど、勇気を出して願い出る。


「少しだけ、実家に戻っても、いい?」

 遥さんを見ると、彼は何か諦めたような表情で、少し目線を下へ向けた。


「あの……別れるとか、そういうのじゃなくて、少し心を落ち着けて整理したいの。離婚なんて簡単にできるものじゃないってわかってる。だけど、私はあまりにも、何も考えずに結婚したから、これから先自分がどうしたいのかも、じっくり考えたい」


 ワガママなことを言ってるってわかってる。

 それでも、ここで考えを放棄したら、一生後悔するだろうと思った。

 彼はゆっくりと顔を上げて困惑したような顔つきで笑った。


「いいよ。いろはがそうしたいなら、俺はもう止めない」


 彼はあまりにも哀しげな表情をした。

 それが、私の胸をひどく締めつける。


 流されやすい私は、遥さんが行くなと言えば、きっと行かないだろう。

 それなのに、彼はそうしてもいいと言ってくれた。


 それは、精一杯の彼なりの気遣いだと思いたい。