「いろは」

 小春に声をかけられて、ぼんやりしていた私は我に返った。


「あ……小春」

「なかなか戻ってこないから、どうしたのかと思って」

「ごめんね。なんでもない」

 小春は怪訝な顔をしてじっと見て、それから私の手を握って大きな柱の陰に引っ張り込んだ。


「いろは、今日ずっとぼんやりしてるけど、何かあった?」

「えっ?」

 急にそんなことを訊かれて、どきりとして、私は周囲を見まわした。


「大丈夫よ。誰も聞いていないから」

 みんなのところからは柱の陰になっていて見えない。

 小春は神妙な面持ちで私に訊ねた。


「彼と何かあったの? ケンカでもした?」


 私はどうしたいんだろう?

 今まで深く考えてこなかったせいか、ここ数日間ずっと複雑な気持ちを抱えていて、自分がどうしたいのかわからない。


「えっと、ケンカじゃなくて……」

「うん?」

「なんか、よくわかんな……」

 言っている途中に涙がじわりと目に浮かび、言葉に詰まった。


「いろは、無理しなくていいのよ」

 小春がそっと私を抱きしめてくれた。


 なんかもう、頭の中がぐちゃぐちゃだよ。