彼らがゆっくりとエントランスに向かう様子を、私はその背後からじっと見ていた。
楽しそうに会話をする声がよく聞こえる。
そして、遥さんがまた女性に笑顔を向けた。
「この前の資料、よくできていたね」
「ほんとですか? 時間が差し迫っててちょっと焦っちゃったんですけど」
「あれは俺のせいだな。若葉さんの仕事が早くて助かったよ。ありがとう」
「いいえ、そんな……当たり前のことをしただけです」
彼らの言葉のひとつひとつが、頭の中に入ってくる。
遥さんの穏やかに笑う表情。
女性のきらきらした笑顔。
私の知らない世界の会話。
助かった、なんて。
私はそんなこと言われたことない。
そうだ。それは、私が遥さんに対して何の役にも立っていないからだ。
そのことを彼が望んでいないこともわかる。
けれど、本当は……本当の夫婦って、助け合える仲であるべきじゃないの?
私は何もしなくていい、そばにいるだけでいいなんて……。
彼は、私のことをまるで人形のように扱うのに、あの女性のことはきちんと人として見ている。
ふたりのあいだに流れる空気が、あまりにもしっくりとしていて。
私はただのお飾りなんだって思い知らされた。