ダメだ。
底なしの彼の優しさに、6年もの努力が一瞬で巻き戻されてしまう。

ずっと会いたかった。
だけど、昔と同じように、彼にただ甘えるだけの私にはなりたくない。

「匠刀、……あのね」
「分かってるから」
「え?」
「桃子が言いたいことは、ちゃんと分かってるから」
「……」
「俺から少し話していいか?」
「……ん」

ロングコートを靡かせながら、人波に呑まれぬように気を遣いながらゆっくりと歩いてくれる匠刀。
時折視線を寄こして来る。

「桃子の両親や俺の両親から、桃子が聖泉に通ってるのを聞き出したわけじゃないから」
「へ?」
「兄貴がたまたま親同士が会話してんの聞いて、『全寮制の女子校に通ってるらしい』って教えてくれた」
「……そうなんだね」
「聞くこと自体やめたし」
「……」
「桃子が前に進んでんのに、俺だけが過去に縛られて何もしてねーのも嫌だったしさ」
「……」
「桃子が桃子なりに変わろうとしたように、俺も俺なりに頑張ってる途中だから」
「っ……」

もしかしたら、私を想うあまりに……医学部に進学したのかな?と思ったりもしたけど。
少し違ったみたい。
匠刀は匠刀で、ちゃんと前に進めてる。

それは、私が望んだことでもあるのに。
あれほど、彼にはそうなって欲しいと思ったのに。

何でだろう。
胸が切なく痛みを帯びる。

匠刀にとって、もう私は過去の人だと言われてるみたいで。
『彼女』とは言ってくれたけど。
たぶん、再会した今日、私と正式に別れるつもりなんだ。

「あ、言っとくけど、医学部への進学は、桃子のかかりつけの胸部外科とは全く関係ないからな?」
「……そうなんだね」

清々しいほどの表情を見て、自分の身勝手さを改めて痛感した。