6年前に、突如姿を消した桃子。
桃子の両親も俺の両親も、桃子に関する情報を何一つ教えてくれなくて、2年の歳月が流れた。

桃子のことを想い続けている俺にとって、医学部への進学は当たり前のような、特別なような。
ずっと前から選択肢の一つとしてあったから。
それを実行に移したに過ぎない。

両親も兄貴も、医学部=桃子の病と思っていたが、実際の目指す先はそれとは少し違う。
桃子は胸部外科がかかりつけだが、俺が目指す先は胸部外科じゃない。

だから、正確には医学部といっても、桃子のために進学したわけじゃない。

桃子が桃子の力で、人生を歩むのと同じように。
俺は俺で、俺の人生を歩むことを選んだ。


大学で、桃子の主治医の講義を受けたこともある。
複雑な心臓や肺の構造を説明しながら、臨床における手術例を学ぶ講義だったが、物凄く分かりやすくて楽しかった。

一度会ったことがある程度の学生。
自分の担当する患者の恋人という位置づけなのに、財前教授は『守秘義務に触れる質問以外なら、いつでも受け付けるよ』と言ってくれた。
けれど、心の準備ができてない俺は、未だに教授の元を訪ねていない。

相談に乗る的な意味合いで言ってくれたのは分かる。
だけど、『桃子に新しい彼氏ができたよ』みたいなことを言われたら、それこそ心が折れそうで。

便りがないのは元気な証拠。
俺がそばにいなくても、桃子なりに頑張ってると思いたくて。

運命の赤い糸が存在するなら、きっと俺の赤い糸は、桃子に繋がってるはずだ。
そう思い込むことでこの6年を乗り切って来た。