―――古家苺佳28才と大林瑤子 26才 ―――
今度こそ、呟きとなって口から零れ落ちた。
『良かった』とひとりごちた大林。
入園式が平日だったせいか母親だけの参加がほとんどだったからだ。
比奈に寂しい思いをさせずに済んだ。
式そのものは小一時間で終わり、子どもは各クラスに集められ、保護者には
ちょっとした説明会が行われた。
ご近所さんと一緒らしく話に花を咲かせている母親たちが散見される。
園のほうから父兄が園に集った折には交流を深める場にしてほしいとスピーチがあった。
母親同士のというか女性同士の付き合い方も分からないし、少しこの場で
積極的に話に混ざったからとてこの先自分たち親子にそれが何かしら作用するとも思えず、
大林は比奈を連れてとっとと帰ることにした。
多くの母親たちがまだこの場に留まっている中、もう一組、そそくさと
知り合いに声を掛けつつ、帰ろうとしている人物がいた。
古家苺佳だった。
少し間合いをとって彼女の後ろに付いて歩いていると、
門を出たところで迎えに来ていた車と遭遇した。
彼女の夫らしき人物が窓から顔を出し、彼女と二言三言葉を交わしたあと、
彼はふたりを乗せて走り去った。
ちらりと上半身を見ただけだが、なかなかな洒落者と見た。
美男美女カップルかぁ~。
目の前で見た絵面で、すぐにかわいい妻と子を溺愛する構図が浮かんだ。
診察に来た時に彼女が既婚者であることは分かっていたのだし、
そもそもこの場で会うということは既婚者前提なのだ。
そして自分だけがそういう意味では異邦人なのかもしれない。
それなのに自分はさきほどの光景を目の当たりにし、モヤモヤしてしまった。
何なのだろう、このモヤモヤの正体は?
比奈が側にいたので声にこそ出さなかったが、『チッ』という言葉が
出そうになるくらいは、嫌な感情に囚われた。
「瑤《けい》ちゃん、さっきの子ねぇ~」
「うん? 車に乗って帰ってった子?」
「うん、そうだよ」
「どうしたの?」