―――古家苺佳(ふるいえいちか)28才と大林瑤子(おおばやしけいこ) 26才 ―――


◇ ◇ ◇ ◇
 県立医療センターに皮膚科医として勤務している若き医師大林は、町医者からの紹介状を手に、
自分のところへと尋ねてきた女性のことに思いを馳せる。


彼女を診たのは二度。
一度目はほとんど相手を見てなくて、顔も朧気だった。


 初見で紹介状の医院の名と医師の年齢から、難しい病気ではないかと、
ある程度の予測はついていた。


その女性患者のことは珍しい苗字であることも相まって密かに若い医療従事者たちの間で
『古家さん』と呼ばれて噂されるほどだった。


 聞くところによると、とにかく可愛らしい女性で見ているだけで幸せな気持ちに
なれるのだとか。



そんな語り草と併せて『あの大林と古家さんの絵面が見てみたい』と言われていたことまでは
把握し切れていない大林だった。


 自覚しているのか、いないのか、大林もまた、人から見て多大に魅力的な容貌をしている
人間のカテゴリに属していた。 
 

大林がその彼女の話題をちらっと小耳に挟んだのは、昼食に出た院内の食堂で、だった。


自分はいつものようにモニターを見たままで初診を終えていて、彼女の顔などは記憶になかった。



 ただ初回の触診で彼女の脚を台の上に乗せてもらい患部を診ただけで。

 いろいろと形容の仕方はあろうが簡潔にいうと、プルルンっとした美しい脚だった。

 患者を診るようになって初めてのことだった。
 それほどまでに美しい患部を診たのは。


 そして、だからといって顔も美しいに違いないなどという発想は出てこなかった。

 ただ黒ずんだ色の患部が際立っていることを少し残念に思ったことは記憶している。


 二度目の来院でも検査結果と自分の診断を仰ぎに訪れた古家苺佳を露骨に
見ることはしなかった。


 だが、周囲の彼女に対する世評を耳にしていたせいか、いつものようにモニターに
視線を向けてはいたものの、時折看護師との遣り取りで苺佳の視線が自分に向けられていない
隙を縫って、大林は彼女の顔を盗み見していた。


 彼女は脚も美しかったが顔の造形も魅惑的に整っていた。

 きっと見た者の目を惹きつけずにはおれないだろうなと思わせる、楚々とした黒曜石の瞳を持つ
可憐でビューティーな女性だった。