王妃アニータの名前が、両親の口から出て来るはずもない。これなら周囲の大人だって、何を知っていようが口を噤むはずだ。

 だって、メートランド侯爵家の幸せは、彼女の不幸の上に築かれているのだから。

「私の嫁ぎ先は、別に誰でもよかったのよ。けれど、絶対に侯爵位以上にはしたかった。陛下は……イエルクは、当時の王妃が一人しか王子を産めなくて、スペアとなる二人目を産んでくれる相手を探していた。愛されないことはわかっていたわ。でも、私の方もフィリップを忘れられなかったからお互い様だと思った……だから、側妃になったの。息子を一人産んだら、近寄りもしなかったわ」

「どうして……私にギャレット王子の婚約者になれと持ち掛けたのですか? 借金地獄で落ちぶれれば、貴女の思うように全員が不幸になっていたはずです……私もそれこそ、売られるようにどこかの後妻におさまるしかなかったでしょう」

 そうだ。こんな手間のかかるようなことをしなくても、私はその時にだって、不幸だったはずなのだから。

 なぜ、手間暇や大金を使って、こんな面倒なことをしたのかが、到底理解が出来なかった。