「あの、待ってください……父を知っているんですか?」

 扉がパタンとしまった音を合図に私が質問をすれば、美しい弧を描く片眉を上げて彼女は面白そうに笑った。

「ええ。とっても良く知っているわ。私とフィリップは元々、婚約者だったの。貴女の母親に取られてしまったけどね。私たちは一時期は……愛し合っていたのよ」

「……そんな」

 その時、私は妖艶な彼女の緑色の瞳の中に孕む狂気を知った。それは今まで、自分の身の可愛さに目を逸らし続けて来たものだ。

「とは言え、単に持参金しか貰えない伯爵令嬢が、爵位付きの侯爵令嬢になんて、敵う訳もないわ。だから、仕方ないことなのだと……周囲も言ったし、私だって思っていたわ。けれど、捨てられた嘆きは心の中で、いつも消えなくて……裏切られた痛みを返したくて……今まで、生きてきたの」

 貧乏男爵家の次男だったお父様は、社交界では美形で有名だったそうだ。

 お母様はデビューした途端にお父様に一目惚れして……お祖父様に「あの人でなければ、結婚しない」と泣いて訴えたのだと聞いていた。