彼と少しでもお近づきになりと云わんばかりに、わんさかと10人ほどの生徒が我が先にと話し掛けていた時。
ついに天音さんが爆発したのだ。
講義室中に響き渡る声量で「お喋りに付き合う為に来た訳じゃないんだけど」と、そう一蹴したのである。
当然その場はシラけた。その後も懲りずに何度かアタックする女子学生もいたが、彼はまるで何も聞こえていないかのように無視を決め込んでいた。意図的に視界に入れようとしなかったのだ。
まぁ率直に言うと、彼も態度が悪かったのだ。
せっかく寝る間も惜しんで大学に来ている天音さんの気持ちも分かるから、私はただ遠巻きに眺めていただけだけなんだけど。
一連の流れを指していることを察した天音さんは、思い出したようにため息をつく。
「別に友達作ったり、遊ぶ為に大学入ったんじゃないから」
「まぁ、天音さんがそれで良いなら別に良いんじゃないですか」
その結果、誰も彼に話し掛ける人は居なくなった。
同時に「天音光春は愛想が無くて性格が悪い」とレッテルを貼られてしまったけれど。
まぁ、本人がそれで良いのであれば私がとやかく言うことではない。天音くんの立場がどうなろうが、私個人には全く影響はないのだから。
すると神妙そうな面持ちで黙ってしまった天音さん。
それを目の前にして、突き放しすぎただろうかと少々良心が痛んだ。
「ま、私も友達って言える友達は居ないんですけどね」
自虐ネタを織り込んだフォローをして、適当に会話を締めくくる。
おにぎりを食べ終えた私は次の授業の準備を始めた。あと30分くらいで3限目が始まる為、そろそろ他の学生も教室に来る頃だろう。
「友達、出来なかったの?」
しかし、意外なことに天音さんがその手の話題に乗ってきた。
自分でひけらかしておいて何だが、ダイレクトに言われると心に刺さるものがある。でもこれは自分で蒔いてしまった種だ。大人しく口を開いては簡潔に経緯を説明た。
「いやぁ、ちょっと帰国が遅れて入学式とオリエンテーションに間に合わなくて」
「帰国?海外旅行でも行ってたの?」
天音さんの問いかけに、私はふるふると首を横に振る。
「海外の高校に行ってたんです。6月に卒業して、そのまま入学式まで向こうで遊んでいまして。いざ帰国って時に母親が間違えて福岡行きの飛行機を手配してたんですよ」
すると拍子抜けしたように目を丸くする天音さん。
「・・・福岡行き?」
「面白いですよね」
今思えば笑える話だが、当時は相当パニックになった。
うっかり屋さんの代表だと豪語できる母親が取っていたのは、なんと福岡直行便だった。
間違っていることに気付いたのはケネディ国際空港に着いてからで、その日の羽田行きのキャンセルを待っていたが運悪く取れなかったのだ。ステータスを持ってっいても全てが上手くいくとはとんだ馬鹿げた思考だっらしい。
「友達作りに出遅れて、行った時にはグループが出来ていたので、なんか、こう、混ざりにくくて」
翌日の朝イチの便を航空会社の人が手配してくれたが、もちろん入学式どころかオリエンテーションも欠席することになった。
故に同じ学部に友達が出来ずに今に至る。
「つまりタイミングを逃しました。あっだから天音さんと同い年ですよ。高校の関係で一年遅れで大学に入学しているので」
まぁ寂しいと言ったら嘘にはなる。
でも友達が出来たところで全部同じ授業を取るわけではないし、サークルには友達が居るからずっとひとりぼっちというわけではないのだ。
それに、来年からは殆ど大学に来る必要もない。今更一から関係作りをするのも正直面倒である。その点については天音さんと同志である。一から関係を持っていくのって、なかなか難しいものだ。
こんな時、アメリカで一緒に過ごした現地の学生が恋しくなるものである。あの良くも悪くもフランクな姿勢は、此処では少し浮いてしまうが。
「あっそ。別に年上でも年下でも俺には関係ないけど」
「・・・でっですよね!あはは、気にしないで下さい」
天音さんが私の事情なんて興味がある筈がなかった。
興味を失ったのか、気付けは彼は頬杖をついて携帯を眺めている。
危ない危ない。同い年だからと思って変に仲間意識が芽生えてしまうところだった。
アイドルと仲良くなるなんて一般人の私には1億年早い。
近付いてファンから血祭りにあげられるほど心臓に毛が生えているわけでもないし、全力で保身に走りたいところだ。
「でもアンタは五月蝿くないし媚び売ってこないし、そこらへんの奴よりも楽かな」
「まぁ・・・そんなにアイドル興味もないもので」
「は?」
褒めてくれたかと思いきや、そのイラナイひと言で天音さんはまた不機嫌そうに眉を潜めた。
「嘘です。ほら、CMの・・・なんちゃらっていう曲も、なんちゃらっていうドラマも、えっと」
「全然覚えてないじゃん。良いよ別に、無理に応援しなくても」
溜め息を吐く彼に「ごめんなさい」と謝る。
しかし素直に謝ったところで「普通お世辞だけでも応援してますって言わない?」と、また苛立ちを募らせる。
理不尽だと文句を言いたかったけれど、その綺麗な顔に免じて飲み込んであげた。
「タッタイマ、ファンニナッタカモ。ア〜カッコイイナ〜」
「片言すぎる。演技も下手」
「・・・」
何だこの人、プライドがエベレストかよ。素人に演技力求めるなよ。
今の私の顔はチベットスナギツネ状態である。
これ以上言い返せる雰囲気でもなく、話題を変えようと口を開いた。
「あまり私に話し掛けていると、そのうち刺されちゃいますよ」
大体、芸能人ともあろう人が特定の女子大生に話しかけてもいいのだろうか。しかも私のような平凡な一般人に、だ。
いや、話しかける話しかけないは彼の自由だけども。話しかけてはいけないなんてルール、アイドル界にはない筈だ。あったら早々と労基に訴えてやる。
「トラブルは御免です」
まぁ私如きでは噂のうの字にもならないだろうが。でも、特定の人物と仲良くなることで嫌に思うファンは絶対いる筈である。
誰かの幸せは、誰かの不幸を生み出しているのだ。どこかでそんな歌詞を見たような気がする。
「何で俺が刺されるの」
「いや、私が刺されるんです」
すると天音さんは「あぁ、なるほど」と納得がいった表情を見せる。
それに最近、過激なファンによる迷惑行為がニュースでも報道されているのも思い出した。
そんな過激派に嫉妬されようもんなら、刃物でぶっすり間違いなし。想像しただけでも身震いがする。
「あのさ、俺一応アイドルとしてのプライドはあるんだよね」
「・・・そうですね」
危ない。普通に「そうでしょうね」と言いそうになった。
「一般人と週刊誌にすっぱ抜かれるような真似、するワケないでしょ」
「プライベートの管理はしっかりしているから」と、隠しようもない得意顔をしている天音さん。
そして彼は私に手を差し出してくる。
「だから、商法とマクロ会計論」
「ん?」
「ノートとったんたら、写メらせてくれない?」
その瞬間、私は光の速さで理解した。
なるほど、それが本題か。
どうやら天音さんは鼻から私目当てじゃなく、私の授業ノート目当てだったらしい。いや、私目当てはもちろん冗談だけど。
でも、それならそうと早く言ってくれたら昼休み中にでもコピー機まで走ったのに。