「ロミルダ様! 私も行きます」

 サラがそのあとを追う。叫び声と足音のする方へ向かって廊下を渡り階段を下りると、暴れるドラベッラと押さえ込む騎士団を遠巻きに見守る侍従に出会った。

「ドラベッラは王都に連れて行かれるのではないのですか?」

「ロミルダ様」

 侍従は振り返ると声をひそめた。

「王妃殿下が激怒されまして『あんな汚らわしい娘は王都に連れて行きたくないから、貧しい村人たちになぶり殺されておしまい』とおっしゃって――」

「ええっ、王妃様が?」

 感情を表に出さない王妃が、そんな強い言葉を使って怒るところが想像できなかった。

「ドラベッラはなぜ、そんなに王妃様を怒らせてしまったのでしょう?」

 昨日、謁見の間から引き立てられていったあとで、王妃と関わりがあったとは思えない。

「罪状は王太子殿下殺人未遂だそうです」

「王太子殿下――」

 ロミルダは口の中で小さく繰り返した。

(ということは、ミケーレ様を――)

 いつ? どこで? 宮廷魔術師が何かを明らかにしたのだろうか? 悲しみに打ちのめされて回らない頭で考えていると、

「王子殿下お二人の殺人未遂ではないのですか?」

 サラが尋ねた。

「――ではないそうです。宮廷魔術師たちがやってきて突然、断罪されたのですから、きっと彼らが魔法で何かを明らかにしたのでしょう」

 説明する侍従自身も腑に落ちない顔で、自分を納得させるために話しているようだった。

 屈強な騎士たちに手足をつかまれ、こちらにやってきたドラベッラの姿に、ロミルダは顔を覆った。

「どうか義妹(いもうと)に乱暴しないでください!」

「ロミルダ様、我々はそんな――」

「だってドラベッラのドレスが乱れているじゃない!」

 ドラベッラはおそらくコルセットを装着していなかった。その様子を見てロミルダは、彼女が騎士たちに乱暴されたと思ったのだ。

「お義姉(ねえ)様、助けてっ!」

 騎士たちに拘束されたドラベッラが身をよじり、目に涙を浮かべながらロミルダを見上げる。

 ロミルダが口を開く前に侍従が、

「昨日ロミルダ様に対してあんなに無礼な態度をとっていたのに、今さら助けを乞うなんて、ショックでおかしくなったのでは?」

 と冷たいまなざしを向けると、サラもさげすみの表情でうなずいた。

「あれはもともと、ああいう人間ですから」

 戸惑うロミルダの前に、師団長が進み出た。

「ご安心ください。衣服の下を調べたのは王妃殿下の侍女の方々です」

「なぜ衣服の下など――」

「その結果、吹き矢が見つかった。これが動かぬ証拠だと王妃殿下がおっしゃっておいででした」

「吹き矢――」

 つぶやいたロミルダのおもてから、すっと表情が消え失せた。つかつかとドラベッラに歩み寄ると、右手のひらを高くかかげた。

 パン!

 ドラベッラの頬に、ロミルダの平手打ちが炸裂した。

「い、痛ぁぁぁいっ! 何すんのよ! 馬鹿!」

「本来なら、あなたの口をこじ開けて毒を流し込みたいところです」

 わずかに怒りに震えたロミルダの声に、ドラベッラは口をつぐんだ。知っている義姉とあまりに違ったからだ。何をされても怒らない温和な阿呆だと思っていたのに――

「連れて行きなさい。村の処刑人のもとへ」

 ロミルダの静かな声に、騎士たちは敬礼して進み出した。そのうしろ姿を見送って、ロミルダはため息をついた。

「疲れ果てたわ。部屋に戻りましょう」

 侍従と別れ自室に戻ると、部屋の前に王妃の侍女が立っている。

「あ、ロミルダ様、探しておりました! 王妃様から伝言がありまして――」

 侍女はそこで言葉を切ると、悲しげに目を伏せてうつむいた。ロミルダは嫌な予感に胸を締め付けられそうになりながら、

「ミケの――猫ちゃんのことですか?」

 乾いた声で尋ねた。

「はい、残念ながら――」

 涙が込み上げて来て、うしろに立つサラの胸に顔をうずめようとしたとき――

「待て」

 凛とした声がうす暗い廊下に響いた。



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廊下に現れたのは誰?
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