「ミケーレ第一王子の居場所は知らないのですか?」

「申し訳ございません、王妃様。私が存じ上げておりますのは、カルロ殿下がその時計にお姿を変えられてしまったことだけでございます」

 ドラベッラは赤いじゅうたんに視線を落としたまま答えた。

「そう」

 王妃は短く答えると、騎士二人に命じた。

「この娘を連れて行きなさい。逃げられないように拘束しておくこと」

「えっ……」

 顔を上げたドラベッラは狐につままれたような顔をしている。

「「かしこまりました、王妃殿下」」

 騎士二人が声をそろえ、ドラベッラを引きずって広間から出ようとする。

「ちょ、ちょっと待ってよ! あり得ないわ! 私は侯爵令嬢なのよ!?」

 両脚をバタバタと動かして抵抗するドラベッラに、

「モンターニャ侯爵家の娘さんは、優しくて聡明なロミルダ嬢だけで充分です」

 王妃は冷たく言い放った。

「王妃様、どうかお耳をお貸しください! 私は悪い魔女に操られていたのです! お父様と同じですわ!!」

「あんなこと言っているけれど、どう?」

 王妃が突然ロミルダに尋ねたので、

「はいっ」

 ロミルダは驚いて姿勢を正した。

(ほぼ確実に嘘をついていると思うけれど――)

 一瞬迷ったロミルダより先に、膝の上のミケが唸り声を上げた。

「う、うぅぅぅ……」

 騒ぐドラベッラに向かって、全身の毛を逆立てて怒る三毛猫を一瞥した王妃は、

「その娘の言葉に耳を貸す必要はありません。連れて行きなさい」

 はっきりと騎士たちに命じた。

「なんで猫の言うことなんか聞くのよぉぉっ!!」

 絶叫しながらドラベッラは引きずられて行った。

(王妃様も猫ちゃんがお好きなのね!)

 ロミルダは盛大に誤解して、胸をときめかせた。

(ニャンコ好きに悪い人はいないのよっ!)



 離宮に地下牢はない。報告を受けた師団長は考えたすえ、小窓しかない屋根裏部屋にドラベッラを閉じ込めることにした。窓から逃げられる心配はないから、見張りはドアの前に立たせるだけで済む。

「あの魔女の娘、元侯爵令嬢だってな」

「ああ、カルロ第二王子殿下の婚約者だったんだろ」

「なあ俺たち二人しかいないし、ヤっちまっても師団長にはバレないんじゃねぇか?」

「やめておけよ、魔女の娘だぜ? 股間に呪いでもかけられたらどうすんだよ」

「股間に呪い!? なんだよ、それ……」

「分かんねえけどさ、あれが蛇になっちまうとか」

「お、恐ろしい……」

 ドアの向こうで交わされる馬鹿馬鹿しい会話に、ドラベッラは目をつり上げた。

「男性自身が蛇になる魔女の呪いなんてないわよっ! 私のこと完全に魔女扱いして! 悔しい!!」

 こぶしを冷たい石の床に叩きつけて、じぃぃぃんと伝わる痛みに涙目になった。

「王妃様も何よ! 『優しくて聡明なロミルダ嬢』ですって? 腹立つわぁぁ。優しいんじゃなくてあの女はただボーっとしてるだけ。聡明なんてとんでもないわ! 阿呆みたいに人畜無害な笑顔を浮かべたまま、壁の花になるしか能がないくせに!」

 ドラベッラはギリギリと歯を食いしばった。

「あんな間抜けな女が将来の王妃ですって? 許せない。王妃にふさわしいのはこの私、ドラベッラしかいないのに。そのために命を助けてやったのよ、カルロ殿下。あなたは人間に戻って王太子に即位し、私を妻に迎える義務があるの」

 ドラベッラの妄想はふくらむ。本人は綿密な計画だと信じ込んでいるようだが。

「そのためには邪魔者の現王太子を消さないとね」

 背中に手を回すと、服の下から長い筒を取り出した。

「魔法が得意なお母様ほどじゃないけれど、私だって攻撃手段は持ってるんだから」

 胸の間から取り出したのは手のひらサイズの小さな矢。魔女の娘のくせに物理で戦う気満々である。

「お母様特製の毒を塗れば完成よ。猫になってしまった殿下には、少量の毒で充分だわ」

 肝心なところは母任せ。ドラベッラが用意してきたのは吹き矢のようだ。

「離宮に地下牢がなくて良かったわぁ」

 小さな鎧戸を開けて見下ろすと、行き来する衛兵たちがよく見える。

「ここからなら狙い放題ね。ククク……」

 唇をゆがめ、邪悪な笑みを浮かべた。