月明りの下、さらさらと流れる小川に沿って駆け上がり、湖を目指して飛ぶように走る。魔女アルチーナが追いかけてくる気配はない。四本の足をばねのように使って、宙を翔けるように風に乗れば、人間のときとは比べ物にならないくらい身体が軽い。耳をかすめる風音がうるさいほどだ。
湖面に浮かぶ無数の火が見えてきて、余は足を止めた。
「何か見つかったかい?」
「いや、だめだ。そっちはどうだ?」
「こっちも手がかりらしきものは何も出てこない!」
男たちが大声でやりとりするのが聞こえる。警戒しながら湖に近付いていくと、五、六艘の船が湖に出ているのが分かった。それぞれの船に、たいまつを持つ者、船をこぐ者、長い棒で水中をあさる者と三、四人が乗っているようだ。
「くまなく探せ!」
すぐ近くで大声がして見上げると、岩の上に仁王立ちになった男が、湖面の舟へ指示を出している。この男の声、聞き覚えがあるような――
「師団長」
岩の脇に立った部下が声をかけた。そうだ、王都騎士団第三師団の師団長ではないか。今回の旅の護衛は第三師団が担っているのだ。騎士団長や副団長、衛兵隊長は父上と共にまだ王都に残っている。
「なんだね?」
「本当に王子たちは水浴びしに湖に入ったのでしょうか?」
何ぃっ!? あの船ども、まさか余とカルロを捜索しているのか!?
「侍従たちが、岩の上に王子たちの服がきちんとたたんで置かれており、その下には靴がそろえてあったというのだから間違いないだろう。馬も木につないであったそうだしな」
「結構寒いのに、お若いと暑いのですかね」
そんなわけなかろう。王都の夏なら庭園の噴水が気持ちよさそうに見えることもあるが、こんな涼しい山の上で水など浴びぬわ。
勘の鈍そうな騎士どもに伝わるとは思えぬが、余はダメもとでコミュニケーションをはかってみることにした。
「にゃーん」
(おい、者ども)
騎士の足元をぐるりと回り、話しかけながら見上げると、
「ん? 猫?」
「みゃお、にゃあにゃあ」
(敵のアジトに案内するからついてこい)
伝わっただろうか? 魔女たちの潜伏する水車小屋へ向かおうと背を向けると、かがんだ男がいきなり余を抱き上げた。
「みゃっ!?」
(おい、何をする!?)
「この三毛猫、ミケーレ殿下が大切にしていらっしゃるディライラ様では!?」
「殿下がいらっしゃらないから不安で、ここまで我々を追いかけて来てしまったのか!」
師団長まで誤解しやがった。姿がディライラと同じなのは何かと不便だな。最高にかわいいという点では素晴らしいのだが。
「もし殿下が救出されたとき、ディライラ様がいらっしゃらなかったら一大事ですよ!?」
「まったくだ。すぐにディライラ様を城に連れて帰るのだ!」
騎士どもを魔女のアジトに案内する計画はあきらめよう。だがロミルダなら、余の要求を分かってくれるかもしれない。彼女に一縷の望みを託し、離宮へ帰るのだ。
「はい、ただちに!」
威勢よく返事をすると、男は騎士服のボタンをいくつか開け、そこに余を突っ込んだ。
「みゃぁぅぅぅ~」
(ジメっとしている! 不快だ!)
「じっとしていてくれよ、ディライラ様」
「うぅー、シャーッ!」
(余はディライラではない! ミケくんであるっ!)
「うわぁ、威嚇かよ。全然かわいくないな、この猫」
ひ、ひどい! 余は明らかにかわいいのにっ! 早くロミルダに抱きしめられたい!!
男は余を腹のあたりにしまったまま、馬にまたがった。余も馬の首に前脚をからませてつかまる。
「フン、フフン!」
馬が不機嫌そうに鼻を鳴らすがこれは無視。
男は手綱を引いて、馬を離宮の正門へ向かって走らせた。馬が本気で駆ければ湖から屋敷へは一瞬で到着する。
屋敷の階段を駆け上がる男が目指しているのは、どうやら余の寝室のようだ。頼むからドタバタと大きな足音を立てないでほしい……。人間より聴覚が発達している分、うるさくてかなわぬのだ。
「どなたかいらっしゃいますか!? ディライラ様をお連れしました!」
扉の前で叫ぶと、中から余の侍従が驚いた様子で出てきた。
「ディライラ様だって!? ここにいらっしゃるが?」
部屋の中をのぞくと、黄金のかごに入ったまま丸くなっているディライラ、その横で立ち上がるロミルダ、彼女の侍女サラの姿も見えた。
「ええっ、じゃあこの猫は――」
男が怪訝な声を出したとき、
「ミケちゃん!?」
ロミルダが駆け寄ってきた。
湖面に浮かぶ無数の火が見えてきて、余は足を止めた。
「何か見つかったかい?」
「いや、だめだ。そっちはどうだ?」
「こっちも手がかりらしきものは何も出てこない!」
男たちが大声でやりとりするのが聞こえる。警戒しながら湖に近付いていくと、五、六艘の船が湖に出ているのが分かった。それぞれの船に、たいまつを持つ者、船をこぐ者、長い棒で水中をあさる者と三、四人が乗っているようだ。
「くまなく探せ!」
すぐ近くで大声がして見上げると、岩の上に仁王立ちになった男が、湖面の舟へ指示を出している。この男の声、聞き覚えがあるような――
「師団長」
岩の脇に立った部下が声をかけた。そうだ、王都騎士団第三師団の師団長ではないか。今回の旅の護衛は第三師団が担っているのだ。騎士団長や副団長、衛兵隊長は父上と共にまだ王都に残っている。
「なんだね?」
「本当に王子たちは水浴びしに湖に入ったのでしょうか?」
何ぃっ!? あの船ども、まさか余とカルロを捜索しているのか!?
「侍従たちが、岩の上に王子たちの服がきちんとたたんで置かれており、その下には靴がそろえてあったというのだから間違いないだろう。馬も木につないであったそうだしな」
「結構寒いのに、お若いと暑いのですかね」
そんなわけなかろう。王都の夏なら庭園の噴水が気持ちよさそうに見えることもあるが、こんな涼しい山の上で水など浴びぬわ。
勘の鈍そうな騎士どもに伝わるとは思えぬが、余はダメもとでコミュニケーションをはかってみることにした。
「にゃーん」
(おい、者ども)
騎士の足元をぐるりと回り、話しかけながら見上げると、
「ん? 猫?」
「みゃお、にゃあにゃあ」
(敵のアジトに案内するからついてこい)
伝わっただろうか? 魔女たちの潜伏する水車小屋へ向かおうと背を向けると、かがんだ男がいきなり余を抱き上げた。
「みゃっ!?」
(おい、何をする!?)
「この三毛猫、ミケーレ殿下が大切にしていらっしゃるディライラ様では!?」
「殿下がいらっしゃらないから不安で、ここまで我々を追いかけて来てしまったのか!」
師団長まで誤解しやがった。姿がディライラと同じなのは何かと不便だな。最高にかわいいという点では素晴らしいのだが。
「もし殿下が救出されたとき、ディライラ様がいらっしゃらなかったら一大事ですよ!?」
「まったくだ。すぐにディライラ様を城に連れて帰るのだ!」
騎士どもを魔女のアジトに案内する計画はあきらめよう。だがロミルダなら、余の要求を分かってくれるかもしれない。彼女に一縷の望みを託し、離宮へ帰るのだ。
「はい、ただちに!」
威勢よく返事をすると、男は騎士服のボタンをいくつか開け、そこに余を突っ込んだ。
「みゃぁぅぅぅ~」
(ジメっとしている! 不快だ!)
「じっとしていてくれよ、ディライラ様」
「うぅー、シャーッ!」
(余はディライラではない! ミケくんであるっ!)
「うわぁ、威嚇かよ。全然かわいくないな、この猫」
ひ、ひどい! 余は明らかにかわいいのにっ! 早くロミルダに抱きしめられたい!!
男は余を腹のあたりにしまったまま、馬にまたがった。余も馬の首に前脚をからませてつかまる。
「フン、フフン!」
馬が不機嫌そうに鼻を鳴らすがこれは無視。
男は手綱を引いて、馬を離宮の正門へ向かって走らせた。馬が本気で駆ければ湖から屋敷へは一瞬で到着する。
屋敷の階段を駆け上がる男が目指しているのは、どうやら余の寝室のようだ。頼むからドタバタと大きな足音を立てないでほしい……。人間より聴覚が発達している分、うるさくてかなわぬのだ。
「どなたかいらっしゃいますか!? ディライラ様をお連れしました!」
扉の前で叫ぶと、中から余の侍従が驚いた様子で出てきた。
「ディライラ様だって!? ここにいらっしゃるが?」
部屋の中をのぞくと、黄金のかごに入ったまま丸くなっているディライラ、その横で立ち上がるロミルダ、彼女の侍女サラの姿も見えた。
「ええっ、じゃあこの猫は――」
男が怪訝な声を出したとき、
「ミケちゃん!?」
ロミルダが駆け寄ってきた。