水路の柵の脇を人々が上って行く。
 身を隠しながら黙々と歩く、その間も戦場の声が聞こえていた。

「愚かなことだと思います、あんな争いごとは」
 宰相が苛立たし気に言う。
「マリンドウ王も今度こそバッハスを見限るでしょう。パレス王と親交があるとはいえ、自国を盾にしてまでかばう義理はないのですから」
 上り坂だというのに饒舌だった。それだけ腹が煮えているのだろう。

「わがグリント―ルも傍観するしかないでしょう、その上でどうなっていくのか」
「しばらく内戦が続くかもしれない、それで国が分裂するのか滅びるのか。だがそれも仕方のないことです」
「上に立つ者の器がそれだけだった、それに尽きますね」
「・・(しか)り」

 アーロンは水路の上部を見た。
 避難民や検問所の職員は丘の上に達する位置にいた。ここまで来れば大丈夫だろう、ほっと息をつく。

 と、前方で小枝が動くのが見えた。不自然な動きだった。
「あれは?」
 言いかける宰相をア―ロンが制した。互いに身を伏せる。

 バッハスの小隊が林から出てきた。
 二十人ほどだろうか、中央の人物を庇うように進んでいる。
  
 皆に囲まれているのは小柄な男だ。長髪を無造作に束ね落ち着きなく周囲を見ている。
 配下らしい兵が、
「陛下、ここは危険です、もっと木の影にお入りください」

 っ! へいか、あの男が?
 ア―ロンと宰相が互いを見る。

 その宰相が首を振った。
 あれはパレス王ではありません、顔がそう言っていた。
 マリンドウはパレス王と親交があり宰相も面識があるのだ。