「水城は記憶力いいほう?」

並べ終えて、アイスコーヒーをブラックのまま口にする彼からの質問。

「私? んー、普通だと思うけど、神経衰弱は得意なほうかも」

私は答えつつも、彼が呼び方を自然と変えていることに気を取られていた。「君」やさん付けから「水城」になったな、と。

「へー。じゃあ、俺に勝てたら店頭のケーキ、どれでも好きなやつおごってやるよ」

「……言ったね?」

神経衰弱は、ジョーカー以外の全てのカードを伏せた状態にして2枚ずつめくり、そのカードが同じ数字だったら自分のものにして、違う数字だったらまた伏せる。最終的にそのペアの数が多かったら勝ちというゲーム。

記憶力は普通でも、このゲームに自信がある私は笑みをこぼす。

ジャンケンで先攻後攻を決める間、私は横目で4階の美奈を見ていた。

彼女はジュースを片手に、投げるようとしている寺尾に何か声をかけている。その楽しそうな横顔に、少し苛立った。

私が下の階を見ていたことに気づいていたのだろう。ジャンケンに負けて先攻となったキングは、最初の1枚をめくりながら口を開く。

「人ってさ、こんなふうに沢山のカードを持ってると思うんだよね」

トランプの上をさまよう、大きな手。

「誰にでも見せられるカード、誰にも見せたくないカード、仲がいい子にしか見せられないカード、仲がいいからこそ見られたくないカード。水城にもあるだろ?」

「……“カード”」

例えているのかな。色んな自分がいるってことを。

「そう。誰にでも見せられる自分、誰にも知られたくない自分、親友になら見られても構わない自分、親友だからこそ知られたくない自分。……俺にもあるよ」