「そうはおっしゃっても、このばあや、悔しゅうございます。あの簒奪者めが、自分たちばかり贅沢をし、姫さまにこんな貧しい生活をさせるなんて……」
放っておくと、いつまでもクラリスの不遇を嘆き続ける。それがマーサの癖だ。
「滅多なことを言うものではありませんわ。もし叔父さまの耳に入ったら、ばあやがどんな目に遭うかもわかりませんもの」
はっとしたようにマーサが口を噤(つぐ)む。己の迂(う)闊(かつ)な発言を恥じているような表情だった。
「申し訳ございません。軽率なことを……」
「いいえ、いいのですよ。むしろばあやには不便な生活を強いてしまって、申し訳なく思っています」
「なんの、姫さまにお仕えできるだけで、ばあやは幸せなのですよ」
目を潤ませたマーサは、気を取り直したように明るい表情を浮かべた。
「私は先にお屋敷に戻って、お食事の準備をしてまいりますね」
「ありがとう。わたくしもすぐに戻ります」
野菜が大量に入った籠をひょい、と背負い、マーサが屋敷のほうへ歩いていく。もう六十代だというのに、なんて力持ちなのだろう。
「ばあやに比べたら、わたくしもまだまだですわね……」
まくった袖から覗(のぞ)く、自身のひょろひょろとした二の腕を凝視しながら、ふぅとため息をつく。日々の畑仕事でそれなりに力はついたと思っていたが、逞(たくま)しいマーサの腕と比べればまだまだだ。
マーサはいつも「姫さまは筋肉なんてつけなくともいいんですよ」と言う。そもそも家庭菜園の手伝いも、クラリスが無理を言って始めたことだ。
しかし、筋肉はあればあるだけ生活の助けになるのだから、それでいいではないかとクラリスは思っている。
「やはり筋力をつけるにはお肉でしょうか。そうですわ、まだ食料庫に塩漬けの豚肉も残っていたはず……! 明日は週に一度の食料配給日ですし、今日の晩ご飯で使いきってしまいましょう」
小鳥たちが飛び立った後、倉庫にスコップや他の農具やらをしまいながら、クラリスはほくほくと今晩の献立について思いを馳(は)せる。ついでに足下に咲いていた野花をいくつか摘み、食卓の花瓶に飾ろうと考えた。
(ばあやは黄色が好きですから、黄色いお花を中心に選ぼうかしら)
しゃがみながら、花を選別する。白やピンク色の花も添え、春らしい彩りでまとめた。
ささやかな花束だが、マーサはきっと喜んでくれるだろう。
「うん、我ながらいい感じですね」
──ガチャガチャッ。
門のほうから金属の擦れるような音が聞こえてきたのは、花を摘み終え、屋敷に戻るため踵(きびす)を返したその時だった。
鍵を開ける音だ、と瞬時に理解する。この屋敷の門は、外からしか鍵が開かないようになっているのだ。