「本当に、姫さまは動物がお好きでございますね」
「ええ! だって、とっても可愛(かわい)らしいんですもの。できれば、もっと大きな動物もモフモフしたいのですけれど」


 小鳥の頭を指先で優しく撫でる。そんなクラリスを見るマーサの目には、どこか気の毒そうな色が浮かんでいた。


「お優しくて、気立てがよくて……。本当なら姫さまこそが、この国の王位継承者でしたのに」


 先ほどからマーサが『姫さま』と呼んでいるとおり、クラリスはやんごとなき身分の姫君──それも、ここレビオン王国の王女だった。


 ──しかし、それも過去のこと。
 今のクラリスは王女としての身分を失い、古びた屋敷に半ば幽閉される形で、なんとか生かされているという状況だ。


 発端は十五年前、レビオン王国をある悲劇が襲ったことだ。
 かねてより王の座に執着していた王弟──つまりクラリスの叔(お)父(じ)が、国王と王妃を殺し、王位を簒(さん)奪(だつ)したのだ。


 両親の死は表向きには急な病死という形で処理され、叔父を疑った人々は次々と怪死を遂げた。
 唯一、幼かったクラリスだけは見逃され、その身分を公女に落とされた。


 公女といっても名ばかりで、実態は酷(ひど)いものだった。


 叔父はクラリスの持ち物をすべて取り上げ、侍女たちも解雇した。そして住み慣れた王宮を追い出し、たったひとりの老下女──つまりマーサと共に、敷地の片隅に建つ古びた屋敷に押し込めたのだ。


 屋敷は四方を高い壁で囲まれ、唯一の門は外からでないと鍵が開錠できない、実質牢(ろう)獄(ごく)のような造りである。


 食料は一週間に一度、最低限の物しか与えられず、衣服も季節ごとの節目に、粗末な布地が届くばかりだ。毎朝神官が祈(き)祷(とう)のためにやってきてはくれるものの、クラリスが正式な礼拝に参加したことは一度もない。


 それでも、クラリスはこの生活に満足していた。自分の育てた野菜が大きく育つのを見るのは楽しかったし、マーサは畑のことならなんでも知っているので心強い。そして、可愛い小鳥たちとも触れ合える。


 何よりクラリスは、王宮で暮らした三年間のことなんてほとんど覚えていない。薄情と言われるかもしれないが、もう両親の顔も思い出せないのだ。


「わたくし、今のままでも十分満ち足りていますわ」


 励ますように笑うと、マーサが目を潤ませながら、悔しげに唇を噛(か)む。