書架に流れる不思議な静寂と空気。月伽が紅茶に落とす砂糖のように、さらりと言った。


「あの都市伝説の条件は、真実なのですか?」

「否、真実は存在しません。ここへ誘うための“虚構”に過ぎませんし。都市伝説というものは、そもそもそういうものでしょう」

「では、たどり着いた者、終焉が叶えられた者は――どれだけいるのでしょうか?」


 そうですね、とローエンがすっと手を出しひらく。その手は空白のはずだった、しかし手品師のように蝶が紡ぎ出される。


 琥珀の蝶、亜麻色の蝶、月灯の蝶、黎明の蝶――それはまるで魔法のように、数多の蝶が書架をあっという間に彩ってゆく。


「これがその結末です」


 その一言が、ローエンの答えのすべてのようだった。


「ローエン、答えが答えになってません」

「おや。私の姫君が拗ねてしまったようですね」

「あら、そう見えますか」

「ええ。でも歪んだ顔も美しくて、好きですよ」


 飄々とした口調で答えるローエン。月伽もまた落ち着いた受け答えをし、柊と楪は傍らでその様子を見守る。しばしそんなやり取りが続き、愉しげに男は微笑む。


「ではこうしましょう。あなたの口づけをください」

「どうして、と一応聞いても?」

「あなたが気に入ったからです。それ以外に、望む理由が必要ですか?」

「ないですね。仕方ありませんね。私の望むものの、ためです」


 月伽は席を離れ、ローエンの傍に行く。間近で見る紫の瞳は紫水晶のように高貴で美しく、吸い込まれてしまいそうな感覚になる。


 迷いはない。


 ローエンの視線を感じながら、泡沫の口づけをする。


 紅茶の香りに包まれて、ひとひらの夢を見た。――物語のお姫様のようになりたかった頃の、淡き夢だ。