駅に降り立った瞬間、そこはもう別世界だった。金木犀が至るところに咲いていて、辺りは黄昏色に染まっている。


 改札口を通り抜け地上へ出たものの、車道を静寂が包む。――さてどうしたものか。


 これは骨が折れそうだと思案していた時蝶が、こちらを見ている事に気がついた。何を思ったのか月伽は、にっこり微笑み軽く会釈する。


「こんばんは、でしょうか。月伽といいます。あなたは“蝶池神社”をご存じ? ――私はそこへ行きたいのです」


 月伽の言葉が通じたのか、導くように蝶は先へと飛んでゆく。秋の香りが満ちた町中を歩くのはほんの少し不思議な気分で、夏が遠く思える。


 大通りには物語ありますと描かれた看板を掲げた《黄昏の森》や、植物に埋もれた花屋《天楼》に、硝子越しに映る大量に積まれた茶缶のお茶専門店《コトワリ》――自分の住む町では見ないような珍しい店があり、思わず心が浮き足立つ。



 蝶は大通りの店が立ち並ぶ場所も通り過ぎ、奥へ奥へと誘う。


 それでも足元が危なくなる事はない。蒼紫の羽がランプ代わりになっているから、これならどんな昏い場所も行けるだろうと月伽は思った。