アンハッピー・ウエディング〜前編〜

「新校舎から…歩いて5分くらいのところにあるんだって。花園寮っていう女子寮」

旧校舎より近いじゃん。

新校舎の裏道を、15分も上り坂上って旧校舎に通ってる男子部の生徒って、一体。

「女子寮…ってことは、当然女子生徒しか入れないんだよな」

「多分」

「男子寮もあるんだろうか…」

女子寮があるなら、男子寮があってもおかしくな、

「男子寮?それは聞いたことないなー」

…ですよねー。

寮に入りたいなら、旧校舎の空いてる部屋にでも泊まれっての。

大体、男子生徒は一学年20人もいないんだから。

わざわざ学生寮を作る必要もない。
 
「羨ましい話だな、全く…」

「悠理君、女子寮に入りたかったの?」

誤解を招くような質問をするんじゃない。

女子寮に入りたかったんじゃなく、優遇されてる女子生徒が羨ましいだけだよ。

「…ってことは、新校舎の新入生は、その女子寮の掃除もするのかね」

学校の敷地内、全部掃除するって言ってたし。

「でも、女子部の新入生は百人もいるんだろ?だったら、いくら新校舎が広くて…女子寮があっても、三日間も掃除するところあるのか?」

百人もいたら、いくら掃除するところが多くても。

三日間も掃除する場所、なくね?

一日目で終わりそう。

他に何処か掃除する場所があるんだろうか。ボランティア活動みたいに、校外に出てゴミ拾いするとか?

ありそう。

…しかし。

「…ほぇ?」

お嬢さんはまたしても、スプーン片手に首を傾げている。

…どうしたよ?

「掃除って、何処を掃除するの?」

「いや…新入生の大掃除だよ。新入生は明後日から三日間、毎日掃除させられるだろ?」

「えっ。そうなの?」

…そうなの、って…。

「新入生の恒例行事だろ?あんたは今年ニ年生だから、ないんだろうけど…。お嬢さんだって去年入学したとき、大掃除させられたんじゃないのか?」

記憶に残ってないのか?

「…?入学式の後に掃除…?しないよ、そんなこと」
 
え?

「それより、新入生は皆で旅行に行ったよ。行き先は確か…京都旅行だったかな」

衝撃の新事実。

入学後三日間の大掃除は、男子部のみの恒例行事だった。

一方女子部の新入生は、男子部の新入生が校内の大掃除をしている間。

優雅に、新入生一同で京都旅行に洒落込むらしい。

あまりに驚いて、煮込みハンバーグの味が途端に感じられなくなった。
…今日一日で、もう何回「男女差別だろ」と思ったか分からんけど。

今この瞬間ほど、強くそう思ったことはない。

男女差別だろ。  

女子生徒が優雅に旅行に行ってる間、野郎共は留守番で、あくせく大掃除をさせられるとは。

これを男女差別と言わずして、何と言うのか。

俺は箸を動かす手を止めて、両手で顔を抑えて天を仰いだ。

酷ぇよ、これは酷い。

「…?悠理君が固まっちゃった」

お嬢さんは、きょとんとして俺を見つめ。

「…さくらんぼ、もらっちゃお」
 
俺が目を離した隙に、俺の皿からデザートのさくらんぼを一つ、かっぱらっていった。 

おい、こら。見てんぞ。

いや、この際さくらんぼはどうでも良い。いや、良くないけども。

「マジで?男子部の新入生が掃除してる間、女子部の新入生は旅行に行ってんの…?」

「?毎年、新入生は入学オリエンテーションと、新入生同士の親睦の為に、京都旅行に行くのが恒例だよ」

アホなのか?

オリエンテーションなんて、何でわざわざ京都でやんの?

普通に校舎の中でやれ。

去年お嬢さんが入学したときも、新入生は皆で京都旅行に行った…。

ってことは、今年の新入生もそうなんだろうな。

まさか、今年からは女子生徒も学校に残って大掃除しましょう。とはならんだろうし。

「男子部の新入生は何処に行くの?沖縄とか?」

「…何処にも行かねぇよ。掃除だ」

三日間も大掃除させられる理由が分かった。 

女子部の新入生は皆、旅行の為に出払ってるから。

さては、女子部の新入生の分も、男子部の新入生に掃除させるつもりなんだろ。

それくらいのことは、平気でやりそうじゃないか。

俺達野郎共は何だ。あれか。召使いか下僕的な存在?

「ほぇ?お掃除?悠理君、お掃除するの?」 

「…するんだよ」

「そうなんだ。変だね。お掃除する為に入学したんじゃないのに」

全くだよ。

それ、あんたのいる新校舎の教師に言ってやってくれ。

雛堂。俺、昼間は反対したけどさ。

やっぱり皆でストライキ起こして、掃除ボイコットしねぇ?

…って、思わず言いたくなったよ。
…で、翌日は予定通り、新入生一同で健康診断が行われた。

勿論女子生徒が先で、女子部の新入生全員の健康診断が終わってから、散々たっぷり待たされて、ようやく男子部の番だった。

レディファーストだよな。分かる分かる。

…で、迎えた翌々日。

いよいよ、今日から大掃除。

一方女子部の新入生は、うきうき楽しい京都旅行にお出かけになった。

京都に恨みはないけど、何とも腑に落ちないと言うか…釈然としなかった。




「はぁぁ!?マジで?なんか女子生徒少ねーな、とは思ってたけど…。奴ら、優雅に京都なんか行ってんの?」

「あぁ、そうらしい。お嬢さん…知り合いの女子部の先輩が言ってた」

俺は早速、雛堂にその情報をリークした。

仲間増やしていこうぜ。

「入学オリエンテーションで京都?舐めてんのか。自分なんて、京都行ったの小学校の時の修学旅行だけだぞ」

俺も同じだよ。

ちなみに中学の時の修学旅行は、東北地方にスキーだった。

それだけでも、充分贅沢な旅行だと思ってたのに。

まさか修学旅行ですらない、たがが入学オリエンテーションの為に、三日間も旅行に行くとは。

さすがお嬢様学校。

その間、男子部の新入生が小間使いのように、校内の掃除に勤しんでるとは…思ってないだろうなぁ。

「な?だから言ったじゃん。皆でストライキしようってさ」

「…もう遅いけどな」

本日から三日間、女子部のお嬢様達が優雅に旅行に行ってる間。

俺達男子部の生徒達は、学校に残って掃除中である。

広々とした旧校舎の、使われていない空き教室の掃き掃除と雑巾がけを、ひたすら一日中。

これを、たった十数人の生徒で分担するんだからな。

気が遠くなる作業である。

せめてもの抵抗として、こうして手より口を動かすことによって、憂さを晴らしている。

「旅行行きてぇとは言わんからさ…。せめて、普通に授業始めて欲しかった…」

そう言って、雛堂は雑巾を動かす手を止め、遠い目をして窓の外を見ていた。

だな。

いっそのこと、掃除してる振りしてサボるか?

別に見張られてる訳じゃないし。多分バレねぇよ。

…すると。

「仕方ありませんよ。この世界は所詮、不平等の上に成り立っていますから」

俺と雛堂と共に、朝から一緒に空き教室を掃除している新入生が言った。

…何だよ。その悟ったような言い方は。

「間違ってると思うでしょう?でも、人間の手にはどうすることも出来ないんですよ」

「そりゃあ、まぁ…そう言われたらそうだけど…」

「人間に出来るのは、不平等な世界を嘆くことだけ…。己の運命を己の手で決めることさえ出来ない、無力な存在…嫌気が差すと思いません?」

「…」

「だからこそ、僕は…いえ、僕達は立ち上がったんです。この不平等な世界を救済する為に。それが成し遂げられるのは、我らが唯一神以外に存在しません」

…うん、ごめん。

素朴な疑問なんだけど、こいつ何言ってんの?

つーかお前、誰?

今朝から一緒に掃除してるけど、俺はこいつの名前さえ知らなかった。
俺は、一緒にいた雛堂に質問した。

「雛堂、こいつ誰?」

「んぁ?クラスメイトじゃんよ。覚えてやれよ」

覚えてやれって言われても、昨日初めて会ったばかりだからな。

自己紹介も特にされてないし。

しれっと朝から一緒なんだけど、こいつ誰?何者?

「雛堂の…同じ中学の同級生?とか?」

「いいや?星見の兄さんと同じで、昨日初めて会ったばっかだけど。面白い奴だからさぁ、一緒に掃除しようって声かけたんだ」

雛堂が声をかけたのか。

あんた、本当に初対面でも全く臆さずに声かけるんだな。

ナンパとか得意そう。

「自己紹介が遅れましたね。僕の名前は乙無真珠(おとなし まじゅ)と言います」

「あ、うん。どうも…」

乙無…。乙無…真珠?

なかなか個性的な名前だが…。

「好きに呼んでくださって結構ですよ。所詮この名前は、人間としての仮初めの名前に過ぎませんから」

「は…?」

「本名は別にあるんです。我らが唯一神たる、邪神イングレア様より賜りし、邪神の眷属としての名前が…」

…本名?唯一神?

邪神の眷属って何?

さっきから、ちょっと何言ってんのか分かんない。

「人間に教える義理はないんですが、あなたはこれから一年間、共に同じ学舎で過ごす仲ですから、教えてあげても良いですよ」

「…いや、別に知りたくないけど」

「聞きたいですか?神に賜りし神聖なる名前を」

「いや、だから聞いてないって」

「でも、残念でしたね。迂闊に口にすることは出来ないんです。…無関係の人間にあれこれ詮索されては、面倒ですから」

聞いてないって言ってんじゃん。

「…雛堂、こいつ何なの?」

さっきから、言動が意味不明過ぎるんだけど。

こいつが何言ってんのか、雛堂には理解出来ているのだろうか。

と、思ったが。雛堂は俺の質問に、一言こう答えた。

「な?面白い奴だろ?」

「…」

…これを見て、これを聞いて、「面白い」の一言で片付けるとは。

雛堂、お前の懐の広さは、この旧校舎の敷地並みだな。

「全然意味分かんねぇんだけど、とりあえず乙無って呼ぶわ」

なんか、えらく格好つけた本名(自称)が他にあるらしいけど。

よく意味が分からんし、周囲に言い触らすなって言ってたし。素直に乙無って呼べば良いんだろ?

つーか、普通に「乙無」が本名だろ?

「えぇ、それで構いませんよ。星見悠理さん」

俺は乙無の名前を知らなかったけど、乙無は俺の名前を知っていたらしい。

と言うか、昨日のうちに雛堂にでも聞いていたのかもしれないな。
一日目の掃除だけでも、俺達新入生はくたくただった。

何と言っても、ほとんど使われていない旧校舎の空き教室を、一日で全部掃除させられたのだ。

え?使ってない教室なんだから、そんなに汚れてないだろうって?

そう思うなら、手伝いに来てみろよ。

使われていないが故に、幾層にも埃が積み重なって、パイ生地みたいになってるから。

窓だって汚れまみれで、濡らした雑巾でちょっと拭いただけで真っ黒。

一体何度雑巾を洗って、何度バケツの水を取り替えたか分からん。

おまけに、旧校舎は新校舎と違って、便利なエレベーターとかもないしな。

水の入った重いバケツを持って、階段上って何度も往復したよ。

これは何かの修行だろうか。

真新しいはずの体操服が、入学三日目にして埃まみれ。

体育の授業、まだ一回もやってないのに。

こうしている間にも、女子部の新入生達は今頃、京都で寺や神社巡りしながら、京懐石に舌鼓を打ってるんだろうなぁ、と思うと。

やってられねーよ、畜生。

それでも俺達新入生は、丸一日かけて、旧校舎をピカピカに掃除した。

やれやれ、とホッと胸を撫で下ろしたのも束の間。

翌日、大掃除二日目のこの日。

俺達は、昨日の旧校舎大掃除は、まだまだ序の口だったのだと知ることになる。
昨日で旧校舎の空き教室の掃除、全部終わったからさ。

二日目はもうやることないから、自習にしましょう、って言われるんじゃないかなーって。

ちょっと期待してたんだけどな。

そんなことは、全然なかった。

「は?休みたい…?許さん、働け」とばかりに。

ブラック企業ならぬ、ブラック学校。

二日目の俺達は、今度は旧校舎の周囲の外掃除に出た。

旧校舎の周りには、使われなくなった花壇やグラウンドの周辺に、雑草が鬱蒼と生い茂っていた。

この雑草を、一日かけて全部引っこ抜けってさ。

今度は一日、草むしりだってよ。

この雑草畑を見て、俺は思わず気を失いそうになったもんだ。

昨日も大概だったけど、今日も重労働だ。

しかも、昨日は立ち仕事だったけど。

草むしりは、地面にしゃがみ込んで作業しなければならない。

一時間も経たずに、膝と腰が痛くなってきた。

「あ〜!もうやんなってきた〜!」

先生が見ていない隙に、雛堂は草むしりのを手を止めて、両腕をいっぱいに伸ばしてストレッチしていた。

大掃除二日目のこの日も、俺は雛堂と乙無の三人で行動している。

雛堂のメンタルは、早くも限界に近づいてるか。

俺はもう、とっくに嫌になってるけどな。

ただひたすら、機械的に手を動かしてるだけだ。

「こうしてる間にも、お嬢様共はきゃっきゃうふふしながら京都土産選んでるんだろ?やってられねぇぞ」

きゃっきゃうふふしてるのかは知らないが。

優雅に京都旅行、楽しんでるんだろうな。

つーか、入学オリエンテーションをやれよ。観光しに行ってんじゃねぇ。

「さぞかし立派なお土産、買ってきてくれるんだろうな?でなきゃ割に合わんぞ」

そう言いたい気持ちは分かる…けども。

「お土産なんて、僕達にある訳ないじゃないですか。精々お土産話を持って帰ってきてくれるだけですよ」

と、乙無がズバッと一刀両断。

元気に帰ってくることが何よりのお土産、ってか?

置いていかれてる身としては、冗談じゃねぇ。

そもそも男子部の新入生は、女子部の新入生が京都旅行に行っていることを知らされていない。

俺が先輩であるお嬢さんに聞いたから、俺達三人だけが知っているのであって。

このことを、お嬢さんに聞いてなかったら。

今頃女子部の新入生も、同じように新校舎の掃除に勤しんでいるんだろう、と信じ込んでいたはずだ。

むしろ、そう思い込んでいた方が幸せだったかもなぁ。

このことを男子部の新入生一同が聞いたら、それこそ本当にストライキが起きてたかも。

それはそれで、悪くない気がするけど。

「あー、もう。やってらんね」

雛堂は草むしりを投げ出して、花壇の縁に腰を下ろした。

サボりか、雛堂。

分かるよ。昨日一日中拭き掃除と掃き掃除して、今日は朝から草むしりだもんな。

さすがに疲れてきたよ。俺だって。

先生が見ていない隙に、俺も少し休もうかな。
「つーか、何で手作業な訳?金持ちの学校なんだから、除草剤撒くなり、草刈り機使えよ」

グチグチ、と愚痴りまくっている雛堂である。

それな。

「多分、新校舎の草むしりは草刈り機で済ませてるんだろうぜ」

「だろうな。お嬢様に草むしりなんて、とてもさせられないだろうし」

白魚のようなお嬢様の手に、雑草の土をつける訳にはいかんもんな。

そういう汚い仕事は、全部俺達男子部の仕事だ。

やっぱり男女差別じゃね?

「乙無の兄さん、あんたもちょっとサボれよ。律儀に草なんか毟ってても、何の得にもならんぞ」

黙々と草を毟る乙無に、雛堂がそう声をかけた。

サボり仲間を増やしていく。

しかし。

「大丈夫。真面目にやってるように見えて、全然真面目にやってませんから。上辺の葉っぱを抜いてるだけで、根っこは全部そのままです」

成程、それも手だな。

一見真面目にやってるように見えるけど、根っこは全部残ってる。

長い間放置されていたせいで、ここの雑草、かなり根が深いんだよ。
 
根っ子から抜こうと思ったら、指で土をぐりぐりほじって抜かなきゃならない。
 
この作業が、結構キツいんだよ。

指痛くなるしな。

なかなか抜けないと、イライラしてくるし。

でも、真面目にやる必要ないもんな。

俺も乙無みたいに、草むしりしてる振りして、根っこはそのまま放置してやろうかな。

適度に力を抜かないと、明日まで持ちそうにないぞ。

掃除するだけなのに、こんなに体力使うとはな。

掃除って、真剣にやるとかなりの重労働だから。

「でも、これだけ延々と雑草畑が続いていると…さすがにやる気がなくなってきますね」

そう言って、乙無は草むしりの手を止め、俺と雛堂の横に腰を下ろした。

乙無も、ちょっと休憩することにしたようだ。

あぁ、そうしろ。

何なら今日一日、もうこのままずっと座ってサボってたい。

バレなきゃ良いだろ。

「全くだぜ。真面目にやってもしょうがないし。しばらくここでダベってようぜ」

と、雛堂。

それも悪くないな。

「よし、乙無の兄さん、何でも良いから話題提供して。なんか喋ってくれ」

乙無に無茶振りを仕掛ける雛堂。

「そう言われましても…。何について話せば良いんですか?」

「折角、三年間同じクラス出過ごすんだぞ?仲良くしておいた方が良いじゃん。ここいらで、親睦を深めておこうぜ」

親睦、って…。

草むしりサボり三人衆が、一体何の親睦を深めようってんだ?

「大体、乙無の兄さん。あんた確か…神様の使いなんだろ?」

何の話だ、と思ったが。

そういや、昨日の自己紹介のとき、そんなこと言ってたっけ…?

「神様の使いじゃありません。邪神イングレア様の眷属です」

あぁ、そう。それそれ。

その設定、今日もまだ生きてるんだな。
「おぉ、それだ。聞いたことねぇ神様だけど」

俺もねぇよ。

つーか、乙無の言ってること大体分からん。

「邪神イングレア様を知らないとは、これだから人間は…」

やれやれ、と溜め息をつく乙無。

お前も人間だろうがよ。

「神様の眷属パワーで、この面倒臭い草むしり、一瞬で終わらせられねーの?」

「…あなたという人は、イングレア様のお力を、そんな馬鹿げたことに使おうなんて…」

「人を助けるのが神様なんじゃねーの?」

「そういう意味で助けるんじゃありません」

乙無の言うお偉い神様は、人類を草むしりから救うことさえしてくれないのか。

それなら、居ても居なくても大して変わらんな。

まぁ、草むしりを神様に頼るのが間違いってもんだ。

「それに、文句言わずに真面目にやった方が良いかもしれませんよ」

あん?

「今日中に草むしり終わらなかったら、明日も草むしり地獄ですよ」

「…」

「…」

乙無の言葉に、俺と雛堂は互いに顔を見合わせた。

…明日も草むしり地獄…。

それは…嫌だな。

…分かったよ。真面目にやれば良いんだろ。

今日真面目にやっておけば、明日の分減るかもしれないじゃん。

仕方なく、俺と雛堂は草むしりに戻った。

しかし雛堂は、手を動かすと同時に、口も動かさずにはいられないようで。

草をむしりながら、盛んに愚痴っていた。

「しっかし、昨日一日かけて旧校舎の大掃除して、今日は外掃除と草むしりして…。明日は何するんだ?」

…言われてみれば。

いくら持て余してる旧校舎と言えども、十数人がかりで丸一日掃除してたら。

三日目には、もう掃除するところなくなるんじゃね?

明日学校来たら、今度こそ「今日はもうやることないので、自習にします」とか言われるんじゃないか。

それはそれで良い。

二日も頑張ったんだから、三日目くらいは楽させてくれ。

いや、さっきまでサボってたけど。

「明日こそ、ちょっとは楽出来ると良いな…」

ぶちっ、と音を立てて雑草をむしりながら呟いた、この一言が。

まさか、翌日のフラグになるとは…このときの俺達には、知る由もなかった。