いざ、実食。
さっきまで躊躇っていた寿々花さんだが、勇気を出して箸を動かした。
まずは野菜炒めから。
寿々花さんの嫌いなピーマンとニンジンも、ちゃんと入っている。
ニンジンは勿論、星型ではなくぶつ切りである。
さぁ、どうだ?
「…もぐもぐ…。…ごくん」
宣言通り、一口食べた。
で、野菜炒めの次はナスとピーマンの焼き浸し。
こちらも一口分を箸で摘んで、口の中に放り込む。
「もぐもぐ。…ごくん」
…どうだ?
意外と食べれてるんじゃね?…無言だけど…。
それから、たっぷりきのこのバターソテー。
こちらも躊躇いなく、口に入れる。
「…もぐもぐ…。ごくん」
…食べたな。一応。全部。一口ずつ。
行けるじゃん。やれば出来るじゃん。
「悠理君、食べたよ。頑張って」
「おぉ。やれば出来るじゃないか。偉いぞ。寿々花さんは超偉い」
やっぱり、ただの食わず嫌いだったんじゃないか。
一口食べてみたら、意外と抵抗なくすんなりと…。
「頭撫でて褒めて」
「はいはい。偉い偉い。よく頑張ったな」
「えへへ」
ちょっと頭を撫でて褒めてやっただけで、これだよ。
いやはや、チョロい人だ。
この調子で、調理実習の日までには好き嫌いを克服、
…出来たら良かったんだけど。
「…ねぇ、悠理君」
「うん?どうした」
くるりと振り向いた寿々花さんの顔は、真っ青になっていた。
思わずぎょっとしたが、時既に遅し。
「…うぇ、吐きそう」
寿々花さんは真っ青な顔で、血の気が引いていた。
お、おまっ…!
呑気に頭を撫でている場合ではなかった。
「ちょ、待て。ゴミ箱、ゴミ箱持ってくるからそこに、」
「ぷぇ︾《✚ー∞∣∃⊗∫」
「寿々花さんーっ!!」
…えーっと。
…軽く修羅場と化した。
…一時間後。
「…大丈夫か?」
「…うー…」
寿々花さんはソファに横になって、誕生日に俺がプレゼントしたブランケットにくるまっていた。
まだ顔色悪いな…。多少はマシになったけど。
…まさか、あんな悲劇に襲われるとは思わなかった。
ただの食わず嫌い…だと思ってたけど、そんなに簡単な問題ではなかったようだ。
これは、俺の認識が甘かった。
「…そんなに不味かったか?」
「…お腹が捩れるかと思った…」
「そ、そうか…」
無言で淡々と食べてたから、意外とイケるのかと思ったよ。
そうじゃなかったらしい。
「あのなぁ…。吐きたくなるほど受け付けないんだったら、無理して食べなきゃ良かったのに」
「だって、頑張って食べたら悠理君が褒めてくれるって言うから…。褒めて欲しくて」
「…」
褒めて欲しくて、吐きそうなのを必死に堪えて飲み下したんだな。
…俺が悪かったよ。
確かに頑張って食べたのは偉いけど。
でも、気持ち悪くて吐きそうなのを我慢してまで食べろ、なんて鬼みたいなことは言わないからな。俺は。
「大丈夫か?ちょっとは落ち着いたか」
「…まだ気持ち悪い…」
「そ、そうか…」
予想以上に、ダメージは深かったようだな。
さっさと好き嫌いを克服させたいが為に、無理をさせ過ぎたらしい。
うーん…。申し訳ない。
「やっぱり駄目なのかなぁ…」
ほら。寿々花さんが落ち込んじゃってる。
自信をなくしちゃってるよ。
「調理実習本番の日も、こんな風におえってなっちゃったらどうしよう…」
それは大惨事だな。
「大丈夫だって。まだ時間あるだろ。少しずつ克服していこう」
「出来るかな…?」
「何とかなるって。一緒に頑張ろう。な?」
自信を失った寿々花さんを、俺は必死に宥め、慰め、励ましたのだった。
こうして、寿々花さんの好き嫌い克服プロジェクトの第一歩は、見事に大失敗の結果に終わった。
うーん。無念。
世の中、そんなに上手く行かないってことだな。
寿々花さんが盛大にゲロッ…いや、リバースした翌日。
さすがに、一晩経ってかなり回復したようだったが。
それでも、寿々花さんはまだ気分が悪そうだった。
悪いことをしてしまった。
口直しを兼ねて、今日の朝食は甘々のフレンチトーストを作ってあげた。
しかし、こんな調子では、とてもじゃないけど調理実習当日までに、好き嫌いを克服することは出来ない。
さて、これからどうしたものか。
考えあぐねた俺は、昼休みの時間に、友人二人に相談してみることにした。
「なぁ、二人共何か好き嫌いってあるか?」
単刀直入に聞いてみると、雛堂はびっくりした様子で。
「…へ?どうしたんだよ、星見の兄さん。藪から棒に」
「いや…。どうなのかなと思って…」
「好き嫌いって、食べ物の好き嫌いのこと?そりゃあるよ。誰にでもあるだろ?」
…まぁ、そうだな。
好き嫌いなく何でも食べられる人は、めちゃくちゃ偉いと思う。
「ちなみに、雛堂は何が苦手なんだ?」
「そうだなー。やっぱり一番嫌いなのは納豆だな」
納豆だってよ。
嫌いな食べ物の定番だよな。
好き嫌いが分かれる食べ物の代表って感じ。
そうか…。雛堂、納豆駄目なのか…。
「美味いと思うけどな。納豆…」
「何がだよ。あれの何処が美味いの?臭いわ、ネバネバして気持ち悪いわ…。あんなもん食ってる奴の気が知れねぇよ」
あんたは今、全国の納豆好きな人を敵に回したな。
でも、まぁ独特の匂いと食感だもんな。
口に合わない人は合わないだろう。
他のどんなものでも食べられるけど、納豆だけはどうしても無理、って言ってる人を聞いたことがあるよ。
それくらい好き嫌いの大きく分かれる食べ物である。
俺は好きだよ、納豆。
醤油と辛子と、小口切りにした青ネギを混ぜてご飯に乗せてさ。
ついでに卵の黄身とか混ぜたら、もう最高のご飯の友だよな。
やべ。お腹空いてきた。今弁当食べたばっかりなのに。
「納豆だけか?嫌いなの…」
「あとね、トマトが無理」
トマトか。
これも…まぁまぁ定番な嫌いな食べ物だよな。
小学校の時いたよ。トマト嫌いな人。
酸っぱいのが嫌、とか。食感がぐちゃぐちゃしてて無理、とか言ってた。
…ん?でも。
「大也さん、今食べてるのは良いんですか」
俺の代わりに、乙無がそう尋ねた。
今現在、雛堂が食べている菓子パン。
コッペパンの中にナポリタンを挟んだ、焼きそばパンならぬ、ナポリタンパンである。
これも2割引シールがついている。
「トマトが苦手なのに、それは良いんですか」
味は嫌いだけど、安さに釣られて買ったか?
しかし。
「トマトが苦手なだけであって、トマト味はセーフなんだよ」
と、雛堂。
あー、成程。そういうことね。
「生のトマトは無理だけど、加熱して潰してたら大丈夫ってことか?」
「そーそー」
区別するのが面倒臭いパターンだな。
「じゃあ、ケチャップとかミネストローネとか、トマトベースのミートソーススパゲティは大丈夫なんだな」
「うん。むしろケチャップは正義だろ」
「でも、ナマのトマトが入ったサラダは…」
「青虫にでも食わせてろ、って思うね」
全国のナマのトマト好きな人、大激怒。
トマトは無理だけど、トマト味はセーフ…。
一体何がどう違うって言うんだ。トマト味が食べられるなら、トマトもそのまま食べろよ。
食感が無理ってこと?
俺にはよく分からない感覚である。
それじゃあ…。
「乙無は?何か嫌いなものある?」
「ありますよ」
へぇ、あるんだ。意外。
「何が嫌いなんだ?」
「僕が一番嫌いなのは、聖神ルデスの巫女…」
「あー、はいはい。そういうのは良いから真面目に答えてくれ」
真面目に聞いてるんだぞ、俺は。
誰が中二病発言をしろと言った。
「失礼な。僕は真面目ですよ」
「今、食べ物の話してんだよ。食べ物で嫌いなものは?」
「そうですね…。強いて言うなら、生肉ですね」
…生肉?
…生魚じゃなくて?生肉?
「生肉は食べないだろ?」
「ほら、たまにあるじゃないですか。馬刺しとか。ユッケとかレバ刺しとか。あれです」
あぁ、成程。その説明で分かった。
それで生肉が嫌いってことね。
「気持ち悪くて、とてもじゃないけど喉を通りませんね」
その気持ちは分かる。
「悠理さんは食べられるんですか?生肉」
「さぁ…。食べたことないから分からん」
何処で食べられるの?生肉って。
焼肉屋とか?居酒屋とか?
いずれにしても、俺はまだ人生で生肉食べたことないから、どんな味がするのか分からない。
でも、気持ち悪いと思う気持ちは理解出來る。
俺も無理かもしれないな。
「雛堂は?生肉食べたことある?」
「自分もねーよ。馬刺しとかユッケなんて高級料理、お目にかかったこともないね」
一緒、一緒。
食べる機会があったとしても、食べる勇気があるかどうか。
「味云々じゃなくて、なんか菌の方が心配じゃね?ほら、何とか菌ってのがいるんだろ?」
「あー…。たまにニュースになってるよな」
何処そこのお店で提供された生肉を食べて、お客さんが体調を崩して入院しました…とか。
サルモネラ菌?カンピロバクター?そんな名前だったよな。
「何なら自分、ステーキだって、中までしっかり火を通してないと気持ち悪いって思うもん」
「分かる」
レアが美味しいと言われても、やっぱり赤身が見えてたら気持ち悪いよ。
貧乏舌だしな、俺。
そうか…。乙無は生肉が苦手なのか。
多分俺も食べられないと思うから、一緒だな。
「他にはないのか?嫌いな食べ物」
「そうですね…。特には思いつきませんね」
偉いな。
生肉なんて食べる機会は滅多にないんだし、実質好き嫌いはありませんってことだ。
ニンジンでさえ、星型でないと食べられない寿々花お嬢さんも見習って欲しい。
「それにしても、どうして突然そんなことを聞くんですか?」
と、乙無が聞いてきた。
…それは…。
…まぁ、話しても大丈夫かな。
はっきりとは言えないから、ちょいちょい言葉を濁す感じで…。
俺は、頭の中で作り話を考えた。
「えーっと…。知り合いが今度、フレンチ料理を食べに行くらしいんだけど」
「おっ。星見の兄さんのお姉ちゃんの話か」
…知り合いって言ったのに、一瞬でバレたんだけど。
「…まぁ、そんなところだよ」
「まーたお姉ちゃんの話か。星見の兄さんは本当シスコンだなー」
うるせぇ。放っとけ。
大体、姉じゃねーっての。
「好き嫌いがめちゃくちゃ多いから、出された料理を食べられないかもしれないって心配してるんだ」
「ほーん。贅沢な悩みだなー」
…まぁ、そうだな。
「お店のランクにも寄りますけど…。ある程度お高いお店なら、いっそ恥を忍んで、あらかじめ食べられない食材を伝えておいたらどうですか?」
と、乙無が提案した。
「そうしたら、お姉さんだけ嫌いな食べ物を使ってない別のメニューに変えてくれると思いますけど」
非常に現実的な解決策だな。
確かに、レストランに食べに行くんだったら、そうしてもらうんだけど。
でもレストランは口実で、実際は学校の調理実習だからな。
寿々花さんだけ特別メニューを、という訳にはいかない。
どう言い訳したものか…。
「それは…考えたけど、でも周りの人は普通のメニューを食べてるのに、自分だけ違うものを食べてたら悪目立ちするだろ?」
「そうですか?最近は食物アレルギーのこともありますし、一人だけ違うものを食べていても、さほど目立たないと思いますけど」
「そ、それは…。でも…アレルギーじゃなくてただの好き嫌いだから」
アレルギーのせいで食べられないなら、それは食べられなくても仕方ないんだけどな。
でもアレルギーじゃないから。ただの好き嫌いだから。
乱切りや千切りだと無理だけど、星型にすれば、ニンジンだって食べられる訳だしな。
昨日は盛大にリバースしていた、きのこのソテーだって。
シイタケをこっそり微塵切りにしてハンバーグに混ぜたら、気づかずに普通に食べてたし。
そのせいで、特に体調が悪くなった…とかもない。
やっぱり、ただの好き嫌いなんだと思われる。
「ふむ…。確かに、自分だけ違うものを食べていたら目立つのは分かりますけど…。でも、残すよりマシでは?」
「それは…そうなんだけど…」
「まぁ、そういうサービスをお店側がしてくれるとも限りませんし、別料金を請求されても面倒ですもんね」
本当はレストランじゃなくて、調理実習だから。
メニューを変えてもらうってことは出来ないんだ。残念ながら。
「難しく考えなくても、普通に鼻摘んで食えば?」
雛堂の回答は、実にシンプル。
俺も最初はそう言ったよ。
「嫌いなものが過ぎて、それだと食事が始まってから終わるまで、ずっと鼻摘んでなきゃいけなくなるな」
「マジかよ。そんなに多いの?」
好き嫌いが多いって言うか。
今回の調理実習のメニューが、特別寿々花さんの嫌いなものばっかりなんだよ。
「雛堂だって、納豆炒飯に納豆サラダ、納豆の味噌汁と納豆炒めの献立が出てきたら、吐きそうになるだろ?」
「うぇっ。地獄みたいな納豆定食だな。キモッ!絶対無理だわ」
俺は美味しそうだと思うけどな。納豆定食。
でも、寿々花さんにとってはまさに、その状態なんだよ。
「そこで、すず…いや…姉の好き嫌いを何とか克服させようと思って、昨日から頑張ってるんだけど…」
「…上手く行かなかったんですね?」
「…盛大にリバースして終わったよ」
「おぉ…。それは壮絶だな…」
全くだよ。
「どうやったの?」
「え?いや…。だから、その嫌いなものを調理して出したんだけど…」
俺は、昨日作ったメニューのことを二人に話して聞かせた。
すると。
「うへぁ、それは無理が過ぎるってもんだぜ。星見の兄さん!」
「野菜が苦手な人に、野菜炒めを出すって…。ハードル高過ぎませんか?」
雛堂と乙無は、この反応だった。
…やっぱり?
「どうせ食わず嫌いなんだから、多少強引でも、食べさせてみたら治るかと思って…」
「強引にも程がありますよ。いくらなんでも荒療治が過ぎるでしょう」
「そ、そうか…」
乙無は、呆れたように俺を見ていた。
乙無にここまで言われるとは…。俺、余程強引なことをしてしまったんだな。
何だか、寿々花さんに申し訳ない。
更に、乙無だけでなく。
「星見の兄さんはアレだな。自転車の補助輪が外れない子に、無理矢理ママチャリに乗せて走らせるタイプだな」
雛堂まで。
「あるいは、泳げない子を無理矢理プールのど真ん中の深いところに突き落とすタイプだな」
「そ、そんなことは…」
「でも、それくらい荒療治してんぜ?」
「…」
…本当済みません。
誓って言うが、そんなつもりはなかったんだ。
「そんなことされたら、好き嫌い克服するどころか、余計に嫌いになるだろ」
おっしゃる通り。
分かった。俺が悪かった。全面的に俺が悪かった。
雛堂と乙無にここまで言わせたのだ。
俺はとんでもなく間違った方法で、寿々花さんの好き嫌いを克服させようとしたらしいな。
結果、寿々花さんの気分を悪くして、自信を失わせる羽目になった。
俺が間違ってた。
俺だって、生牡蠣を克服する為だからと言って、テーブルいっぱいに生牡蠣を並べられて。
無理矢理口の中に突っ込まれたら、そりゃ気持ち悪くて吐くわ。
好きになるどころか、余計見たくもないレベルで嫌いになりそう。
「じゃあ…どうしたら良い?どうしたら調理実習を乗り切れ、」
「へ?調理実習?」
しまった。口が滑った。
「ど、どうやったら好き嫌いを克服出来ると思う?」
「…ふーむ。そうだなー…」
「そうですね…」
雛堂と乙無は、揃って頭を悩ませた。
「究極的に言えば、やはり食べて克服するしかないと思いますけど…。悠理さんのやり方は強引過ぎますからね」
「…悪かったよ」
「定番だとやっぱり、すり下ろしたり微塵切りにして食べてもらう、とか?小さく切れば食べやすくなるのでは?」
実に正論だな。
誰でも思いつきそうな方法だが、それだけに確実だ。
「それは大丈夫なんだよ。すり下ろしてハンバーグに混ぜたことあるけど、気づかずに食ってた」
「成程。じゃあ、まんざら絶対に食べられないって訳じゃないんですね」
そうなんだよ。
だからこそ、俺もあんな無理な方法で克服させようとしてしまったんだ。
「じゃあ、そこから少しずつ大きくしていっては?」
「…大きく?」
「例えばニンジンだったら、すり下ろしたものは食べられるんだから、次は微塵切りにして。微塵切りが食べられたら、次は細い千切りにして。千切りが食べられたら、小さめのいちょう切り…とか」
成程。段々切り方を大きくしていく訳ね。
その手は使えるかもしれない。
「そうやって段階を踏んでいけば、いつの間にか乱切りでも食べられるようになるかもしれませんよ」
とのこと。
いつかは、星型以外でもニンジンを食べられるようになるかもしれないな。
同じ理屈で、他の野菜も同じように克服出来ないだろうか。
きのこのすり下ろし…はなかなか出来ないけど、微塵切りにするくらいなら。
「良い考えかもな…」
「あとは…。自分で育ててみる、自分で作ってみるという方法もあるそうですよ」
とのこと。
自分で作る…のは分かるけど、育てる?
「どういうことだよ?」
「誰しも、自分で作ったものなら、文句も言えないでしょう?」
まぁ、そうだな。
自分で作った料理だったら、多少失敗しても「まぁ良いや」で食べることはある。
俺もよくやるよ。茹で卵の殻剥きを失敗したときとかさ。
「更に、その食材を自分で作ってみたら、愛着が湧いて、苦手意識がなくなるらしいですよ」
「食材を…自分で?」
「えぇ。例えば大也さんみたいにトマトが嫌いな人なら、自宅の庭でミニトマトを植えて育ててみる、とか」
あぁ、成程。
自分で植えて水をやって、毎日世話をしていれば。
嫌いな食べ物でも、愛着が湧いて食べられるようになるかも、ってことな?
やってみるか。幸い、我が家の庭は無駄に広い。
寿々花さんの嫌いなピーマンやナスを植えて、自分で栽培させてみる。
意外とハマるかもしれないな。
何より、スーパーに買いに行かなくても、自宅の庭でピーマンが穫れるなんて最高じゃないか。
…しかし。
「そりゃ良い方法だと思うけどさー。今回は無理じゃね?」
と、雛堂が言った。
「え?」
「だって、その方法って時間かかるだろ?レストランに行くのはいつなんだよ?」
…あっ。
「再来週の月曜日…だって言ってた」
「…じゃあ無理じゃん。間に合わねぇよ」
…そうだった。
最初に言った、微塵切りから、段階的に大きく切って食べさせる方法も。
自分で苗を植えて育てて、収穫したものを自分で調理する方法も。
いずれも、長期的に好き嫌いを克服する方法だ。
とてもじゃないけど、調理実習の日までには間に合わない。
そう…時間がないんだよな、今回は。時間が…。
「確かに時間はかかりますけど…。いきなり突然好き嫌いを克服する、魔法の方法なんてありませんよ」
と、乙無が正論を述べた。
「そんな一瞬で克服出来るなら、そもそも嫌いなったりはしないでしょう」
「…そうだな…」
あんたの言う通りだよ。言う通りなんだけど。
とりあえず、目先の調理実習の日を乗り越える為の努力が必要なんだよ。
何か良い方法…ないもんかなぁ。
すると。
「味付けを変えてみる、ってどう?」
今度は、雛堂からそのような提案が飛び出してきた。
「味付けを変える?って?」
「うちのチビ共も好き嫌い多くてさ。チビ共の好き嫌いをなくす為に、よくやる方法なんだけど…」
と、雛堂は説明した。
「例えば、シイタケが苦手だとするじゃん?」
あぁ。寿々花さんもシイタケ苦手だな。
「そしたら、味付けを出来るだけ濃くして、元のシイタケの風味を感じにくくすんの」
「味付けを、出来るだけ濃く…」
「あとは、ケチャップとかマヨネーズとか焼肉のタレとか、子供っぽい甘い味付けにする、とかな。お陰で自分、未だにケチャップ味とか焼肉のタレ味とか、子供っぽい味が大好きだわ」
いや、使えると思うぞ。その方法。
寿々花さんも子供舌だからな。
ハムスターランドのレストランで一万円のコース料理を食べながら、俺の作ったオムライスの方が美味しいと宣うくらいだから。
「あとは、揚げ物とか肉詰めにする。これもよく使う手だな」
「…って言うのは?」
「ほら、チビ共って唐揚げとかフライとか好きじゃん?焼き魚とか煮魚は食べないけど、アジフライや鮭の唐揚げはパクパク食べんの」
成程、あるあるだな。
揚げ物にすると、その食材独特の風味がマイルドになるんだよな。
「それに、肉詰めな。ピーマンとかシイタケ単体は食わないけど、肉詰めにすると食うんだなー、これが」
「成程。肉詰めにすれば、甘い味付けにもしやすいですもんね」
「そうそう。まぁ、肉詰め出来る形状じゃないと無理だから。ピーマンとシイタケ以外は難しいかもしれないけど」
いや、充分だよ。
まさに、そのピーマンとシイタケが苦手なんだから。克服出来る方法を提案してくれるのは有り難い。
俺にはなかった発想だ。
「雛堂…。あんた、良い方法知ってるな」
その方法なら、すぐに実行に移せる。
「いや、うちはチビ共が多いからさ。好き嫌いの克服とかは日常茶飯なんだわ」
「それなのに、大也さんはその歳になるまで、まだ好き嫌いを克服出来てないんですね」
「うるせー!ナマのトマトはフライにも出来ないし、納豆だってそのまま食うしかねーだろ!」
ま、まぁそれは仕方ない。
食材によって調理方法を変えられるなら、さっき雛堂の言ったやり方を使えるが。
ナマで食べる食材は、そういう訳にもいかないもんな。
でも、それ以外の食材だったら、その手が使える。
寿々花さんは子供舌だし。やってみる価値はありそうだ。
「雛堂。俺、今日あんたのことを初めて尊敬したよ」
「おう。今日に限らず、いつも尊敬してくれて良いぞ」
…それは遠慮しておくよ。