一泊二日のハムスターランド旅行でさえ、俺にとっては大変贅沢な旅行だったが。

しかし、上には上がいるということを思い知らされる出来事があった。

その出来事が起きたのは、水曜日のこと。

その日の放課後、俺はいつも通り、園芸委員の仕事をする為に新校舎に向かった。

何回来ても、新校舎は慣れない。

まだ梅雨も明け切らないっていうのに、教室の中のみならず、廊下までエアコンが効いている。

必要か?このエアコン。

…それはともかく。

「あれ…。来てないな…」

園芸委員長の小花衣先輩のことである。

いつもなら大抵、俺より先に来てるんだけだな。

授業、長引いてるとか…?

まぁ良いや。作業してたら来るだろ。

俺は一人で新校舎の中庭に出て、花に水をやり始めた。

すると案の定、5分も経たないうちに。

「ごきげんよう、悠理さん」

「あ、小花衣先輩…」

ほら、来た。

…来た、けど。

「…なんか、お疲れですか?」

「あら。やっぱり分かるかしら?」

今日の小花衣先輩は、何だか疲れた様子だった。

珍しいことがあるもんだ。

いつも優雅に微笑んでる印象だったが。

いや、今日も優雅に微笑んでるんだけど。

でも、何だか疲労が滲み出ているような。

「体調が悪いんだったら、今日は帰って良いですよ。俺がやっておくので」

と、俺は言った。

別に、小花衣先輩を追い返して、自分もサボってさっさと帰ろうなんて姑息なことは考えてないぞ。

そういう姑息なことは、絶対後でバレるからな。

小花衣先輩がいなくても、やるべきことはちゃんとやるよ。

しかし。

「ありがとう。でも、大したことはないの。ただの時差ボケだから」

…時差ボケ?

言葉は知ってるけど、俺自身は人生で一度も、時差ボケを経験したことがない。

「実は昨日まで、イギリス旅行に行っていたの」

「へぇー、イギリス…」

…え?イギリス?

「昨日帰ってきたばかりで、今日はお休みしようかと思ったのだけど…。旅行の為に何日もお休みしてしまったから、今日は登校しようと思って…。でも、やっぱり疲れてしまったようだわ」

うふふ、とにこやかに微笑む小花衣先輩。

…イギリス旅行だって?

海外旅行ってことだよな?

「す、凄いですね…」

「えぇ、植物園を見に行ったの。とっても素敵だったわ。私、一度見てみたかったの」

植物園を見に行く為に、わざわざ飛行機に乗ってイギリスまで行ってきたのか?

どういう感覚なんだ。

雛堂が足を伸ばして、電車に乗って映画を見に行く感覚で。

小花衣先輩は、飛行機に乗ってイギリスの植物園を見に行ったのかもしれない。

さすがお嬢様。旅行のスケールが違う。

「そうだ、悠理さんにもお土産を買ってきたの。これ、つまらないものだけど」

「えっ?」

小花衣先輩は、洒落たリボンの付いた小さな包みを、俺に差し出した。