アンハッピー・ウエディング〜前編〜

…。

…マジで?

そうなんじゃないかなぁ、と数日間思い続け。

しかし、そんなはずはないと自分に言い聞かせてきたものだが。

…やっぱりそうだった。

このお嬢さん、本気で俺をハムスターランド旅行に連れて行こうとしている。

俺、行きますなんて一言も言ってないよな?

何で俺が一緒に行くことになってんの?いつの間に?

週末は寿々花さんがいないから、家の大掃除をして、庭の草むしりでもしようと思っていたのに。

冗談じゃない、とか。

俺は行くつもり無いからな、とか。

言いたい言葉は色々あったけど。

「楽しみだね、悠理君。ハムスターランド、二人共初めてだもんね」

「…そうだな…」

旅行を明日に控えて、ガイドブックを肌見離さず抱き締め。

うきうきわくわくと胸を躍らせている寿々花さんに、どうして「俺は行かない」なんて言えるだろう。

…結局のところ、現実から目を背け続けた俺が愚かだったということだ。

もっと早く聞くべきだった。誰と一緒に旅行に行くつもりなのかと。

前日になったら、もう今更逃げ出すことも出来ないじゃないか。

…よし。

俺、もう考えるのやめるよ。

全て考えるのをやめて…それこそ、頭の中がハムスターになったつもりで。

…荷造り、今日のうちにしておかないとなぁ。





…こうして。

観念した俺は、寿々花お嬢さんと一緒にハムスターランド旅行に行くことにしたのだった。

…これ、何の罰ゲーム?
翌日。早朝。

俺は、いつもより2時間も早く目を覚ました。

「あー、眠い…」

そうでなくても、昨日は遅くまで荷造りをしていたせいで。

いつもより、ベッドに入る時間が遅かったっていうのに。

電車の中で寝てしまいそうだな。…寝過ごすぞ。

でも、朝早めに起きて、もう一回荷物の確認をしたかったんだよ。

何せ、俺が旅行に行くことを知ったのは昨日の夕方だからな。

慌ただしく荷物をまとめたから、何か忘れ物があるかもしれない。

旅行慣れしてないもんなぁ…俺。

一泊二日で、しかも近場の旅行なので助かった。

もし足りないものがあっても、最悪戻ってこようと思ったら、すぐに戻ってこられるし。

あとはもう、現地調達だな。

都会なんだし。必要なものは揃ってるだろう。

早くに起きて、荷物の確認をして、それから俺は朝食を作り始めた。

…しかし、寿々花さんが起きてこない。

あの人、今日旅行だって覚えてるよな?

早起きだねって、自分で言ってた癖に。起きてこないんだけど。

このまま放っといて、自然に起きてくるまで待とうか、と思った。

…でも、楽しみにしてたからな。旅行。

寝過ごして家を出るのが遅れた…なんて、幸先が悪いにもほどがある。

仕方ない。…起こしてやるか。

全く…何が嬉しくて、女の寝室に立ち入らなきゃいけないのか。

俺は寿々花さんの寝室に向かって、部屋の扉をノックした。

「おい、起きてるか?」

…無音。

どうやら、まだ寝てるらしい。

部屋の扉をノックしたくらいじゃ起きないだろうなぁ…。

何せ、家の中を大掃除していても、リビングのソファでぐっすり昼寝してたような人だから。

「…入るぞ」

扉を開けて、俺は寿々花さんの寝室に足を踏み入れた。

…そういえば、初めてだな。寿々花さんの寝室に入るの。

いや、一応…女性の部屋だからさ。入らないようにしてたんだよ。

入っちゃ不味いだろ?

でも、今は緊急事態だ。

「おい、起き…。って、うわっ」

寝室に一歩足を踏み入れて、俺はびっくりして固まってしまった。

…寝室なんだから、部屋の中にはベッドがあって、クローゼットや姿見があって…。

女性の寝室らしく、ドレッサーなんかも置いてあるもんだと思っていたが。

この寝室には、びっくりするほど何もなかった。

何なら、ベッドさえ置いてない。

じゃあ、寿々花さんは何処で寝てるのかって?

そんなの俺が聞きたいよ。

寿々花さんは、カーペットすら敷いていない寝室の床で。

寝袋にくるまって、すーすーと寝息を立てていた。
…お嬢様の寝室かよ?これが。

床にまるまった寝袋以外、何もない。

ハムスターランドに行く前に…まずは、ホームセンターか何処かで家具を買ってくるのが先なんじゃね?

こんなところで寝ていたとは…。

あんたはそれで満足なのかよ。

「…おい、起きろって」

気を取り直して、俺は床で丸まっている寿々花さんに声をかけた。

なんか、やけにごわごわした寝袋だな。

俺、自慢じゃないけど寝袋で寝たことないんだよ。

いかにも寝心地悪そうな気がするんだけど、そうでもないのだろうか。

床にしゃがんで寿々花さんを揺り起こそうとして。

そのとき、寿々花さんの寝袋が、やけにごわごわしている理由が分かった。

狭っ苦しい寝袋の中に、ブランケットを抱き枕みたいに抱き締めて寝ていた。

…俺が誕生日にプレゼントした、あのブランケットを。

それ…抱いて寝てたのか?

抱き枕じゃないんだけど…。

「…」

…なんつーか、その姿が何となく、こう…いじらしく見えて。

文句が言えないのが辛いところ。

と、思っていたら。

「むにゃむにゃ…。ゆーり君…。そんなところ…。そこは触っちゃらめ〜…」

何の夢見てんの?

俺に対する風評被害やめろ。

いじらしいとか思ってたの、撤回するよ。

「こら、起きろ。何の夢を見てんだよあんたは!」

「ゆーり君、そこ、そこは…。…そんなところ入っちゃ駄目…。電子レンジの中…」

「電子レンジの中…!?」

あんたの夢の中で、俺は何をしようとしてるんだよ。

一刻も早く起こさなければ。

寿々花さんの夢の中で、俺が電子レンジに入る前に。

「こら、いい加減起きろって!」

「むにゃむにゃ…。…むにゃ?」

ぱちん、と目を開けた。

…起きたか。

「…朝だぞ。早く起きろ」

「…悠理君だ」

寿々花さんは、寝覚めに俺の姿を見ても、特に驚くことなく。

いつものとぼけた顔で、じっとこちらを見つめた。

…めっちゃ眠そう。

「勝手に寝室に入って悪かったな。でも、早く起こさないと不味いと思って」

「…?何で?」

何でって、あんた忘れたのか。

「今日、ハムスターランドの日だろ?」 

「…!」

俺の口から「ハムスターランド」の言葉を聞くなり。

眠そうにぽやんとしていた寿々花さんが、突然目をぱっちりと開けて覚醒。

どうやら、思い出したようだな。

「そうだった。さっきまで見てた夢が面白くて、忘れるところだったよ」

「…何の夢を見てたんだ?」

「え?うーんとね、アンドロイドが深海魚水族館にデートしに行く夢」

「…俺の夢は…?」

さっきまで、俺の名前呼んでなかった?

…あぁ、もう気にしないことにしよう。
起きてきた寿々花さんと、慌ただしく朝食を取り。

家中の戸締まりを確認して、俺達はまだ薄暗い外に出た。

二人分の荷物が入った、重いスーツケースを引き摺りながら。

「絶好の旅行日和…と言いたいところだが、天気崩れそうだな…」

空はどんよりと曇って、今にも雨が降り出しそうだった。

一応、今日の天気予報を見たところ。

今日は一日中曇りマークで、雨は降らないだろうと言っていたが…。

俺か寿々花さんのどちらかが、雨男、雨女だったら、多分降るだろうな。

「てるてる坊主、作ってきたら良かったねー」

「…そうだな…」

効果があれば、の話だけどな。

まぁ、ハムスターランドは雨天閉園じゃないから。

少々雨が降っていても、ちゃんと営業しているだろう。

この時期は仕方ない。梅雨だからな。

むしろ悪天候だったら、程よくお客さんが少なくて快適なのでは?

俺と寿々花さんは二人で駅に向かって切符を買い、電車に乗り込んだ。

まだ時間が早いせいもあって、電車の中は結構空いてる。

これなら座れそうだな。

「寿々花さん、そこ。空いてるとこ座れよ」

「悠理君も座ろうよ。隣に」

そうしたいところなんだけど。

「いや、座ったら居眠りしそうだから…。俺は立っておくよ」

早起きしたせいで、まだ眠気が残ってる。

この状態で二人して座席に座ったら、仲良く寝過ごしそうだからな。

俺は立って、起きておくよ。

「じゃあ、私も立つ」

「いや、良いから…。スーツケース持って、座ってろ」

「…そっかー」

…何で、ちょっと残念そうなんだ?

一緒に座りたかったのか?そうなのか。

ともかく、と俺はハムスターランドのガイドブックを開いた。

このガイドブック、ハムスターランドへのアクセスも載ってる。

何処の駅から何番乗り場の何々線に乗って、何処の駅で降りなさい、って。

書いててくれて助かったよ。

危うく、迷子になるところだった。

って、書いてあっても間違えそうだからな…。都会って怖い。

駅広過ぎ。人も多いし。

休日の早朝これだもんな。

平日の通勤通学ラッシュの時間なんて、きっと今よりもっと恐ろしいことになってるんだろうなぁ。

俺に都会生活は無理だな。

ましてや、言葉もろくに通じないフランスの学校に通ってる、椿姫お嬢さんのようなことは。

俺には、絶対出来ない。

日本人ともろくに仲良くなれないのに、どうやって外国人と仲良くなれるだろうか。

仲良く…と言えば。

俺は、同じクラスの雛堂と乙無のことを思い出した。

図らずも俺は今日、人生で初めてのハムスターランドデビューを果たそうとしている。

このことを雛堂が知ったら、「抜け駆け!」って言うだろうなぁ。

…内緒にしておこう。
「…?悠理君、どうしたの?」

雛堂達のことを思い出していた俺に、寿々花さんが声をかけてきた。

「ん?いや…何でもないよ」

「悠理君も眠いの?やっぱり座る?」

「寝たら駄目だから、わざわざ立ってるんだからな…?」

あんたが寝過ごさないなら良いけど、俺が寝たらあんたも寝そうだろ。

「そっか。じゃあ、お菓子食べて起きよう」

は?

寿々花さんは、スーツケースをごそごそと開け。

スーツケースの中から、出るわ出るわ、お菓子の山。

「あ、あんた、これ…」

「お菓子。一緒に食べようと思って」

遠足気分かよ。

幼稚園の遠足?

スーツケース、やたら重いと思ってたら…こんなものまで入れてたのか。

そりゃ重い訳だよ。

「あのな…。新幹線でもないのに、電車の中でお菓子は他の乗客に迷惑だろ」

「他の乗客?ほとんどいないのに?」

「そうだけど、匂いとか音とか…」

気にする人は気にするから。車内で飲食は控えようぜ。

…つーか、寿々花さんが持ってきたお菓子のラインナップ。

「…このお菓子って、何?」

「スルメだよ、悠理君。スルメ知らないの?」

「…知ってるけど…」

寿々花さんが持ってきたお菓子は、スルメイカ、いかり豆、柿の種、チーズ。などなど。

…お菓子のチョイスが、どう見てもおっさん。

酒のおつまみばっかじゃね…?

これがお嬢様のお菓子かよ?

そこはクッキーとか、チョコレートとか…。せめてポテトチップスとかさ。

おっさんみたいなお菓子のラインナップ…。

…まぁ、本人が好きなら良いけど。

「今お菓子なんか食べたら、ハムスターランドで美味しいもの食べられなくなるぞ?」

「…!そうだった」

電車の中でお腹いっぱいにするのは、勿体ないだろ。

今からハムスターランドに行こうっていうのに。

おやつなら、いつでも食べられるんだから。

折角なら、ハムスターランドでしか食べられないものを食べようぜ。

「悠理君、さすが頭が良いね」

「あんたの方が、成績上だけどな…」

「じゃあ、私お菓子食べるの我慢するね」

そう、そうしろ。

あとは、迷わずにハムスターランドに辿り着ければ良いんだが…。
家を出てから、数時間後。

俺達は無事に、ハムスターランドの門の前に到着した。

「悠理君、着いた。着いたよー」

寿々花さん、大はしゃぎ。

はしゃぐのは良いけど、迷子にはなるなよ。

ここまで来ると、ほっと一息つけるな。

どうなることかと思ったけど…ちゃんと辿り着けた。

迷わずに真っ直ぐ来れた、とは言い難い。

案の定、電車の乗り換えでちょっと戸惑って。

分からないまま迷子になるよりはと、素直に駅員さんを捕まえて、尋ねた。

親切な駅員さんで、田舎者の俺にも丁寧に教えてくれたよ。

お陰で、開園前に辿り着くことが出来た。

やれやれ。来るだけで疲れる。

…って、それは良いんだけど。

「…降ってきたな。雨…」

「長靴履いてくれば良かったねー」

本当にな。

かろうじて、折りたたみ傘持ってきておいて良かった。

俺か寿々花さん、どっちかが雨男、雨女だったということで。

天気予報は大外れ、案の定雨が降り始めてしまった。

幸先悪っ…。

「…って、寿々花さん。あんた傘は?」

俺が折りたたみ傘を開いている横で、寿々花さんはぽやんとしたまま、雨に打たれていた。

「ふぇ?」

「傘だよ。折りたたみ傘…」

「持ってくるの忘れちゃった」

「…」

…柿の種やスルメイカは持ってくるのに、折りたたみ傘は持ってきてないのかよ。

逆だろ、普通。

…あぁ、もう仕方ない。

「俺の傘使えよ、ほら」

俺は寿々花さんに、自分の傘を差し出した。

男モノの無骨な黒い傘だけど、無いよりはマシだろ。

「でも、そうしたら悠理君が濡れちゃうよ」

「俺は良いよ、別に。あんたが濡れて、風邪を引くよりマシだ」

最悪俺は、熱を出してもホテルで寝てれば良いんだから。

寿々花さんが風邪を引くよりマシ。

「遠慮せずに使ってくれ。パークが開いたら、真っ先に傘を買うよ」

「そっか。ありがとう、悠理君」

「良いよ」

「じゃあ、一緒に入ろうか」

…は?

寿々花さんは俺から傘を受け取り、俺の横にピッタリとくっついてきた。

…所謂、相合い傘、状態。

…えぇっと、そういう意味で貸したんじゃないんだけど。

一人で使えよ、って意味で渡したんだけど?

「悠理君はいつも、準備が良いね」

「…そりゃどうも」

なんかもう、突っ込むのが面倒になってきたので。

…このままで良いや。

結果的に二人共濡れずに済んだから、それで良しってことで。
その後、いよいよハムスターランド開園。

俺と寿々花さんは、初めてハムスターランドの中に足を踏み入れたのだった。

悪いな、雛堂。抜け駆けさせてもらったよ。

「わーい。ハムスターランドだ。見て見て、おっきいハムスターがいる」

「あ、こらはしゃぐな。傘から出るな」

濡れるだろ。

興奮してるのは分かるけど、ちょっと落ち着け。

すぐにグッズ屋に寄って、傘を買ってこよう。

てっきり、コンビニに売ってる透明なビニール傘しかないと思っていたのに。

驚いたことに、ハムスターランド限定デザインの傘が売っていて、びっくりした。

可愛らしいハムスターのキャラクターがプリントされている傘。

えーと、ハムッキーって言うんだっけ?このキャラクター。

赤と青と二種類があったから、赤にした。

「ほら、傘買ってきたから。こっちを使えよ」

「え?折角悠理君と一緒の傘に入ってたのにー…」

何で残念そうなんだ?

「まぁ、いっか。じゃあ、こっちの悠理君の傘を借りるね」

「え、いや…。逆だろ?俺が黒い傘を持って、あんたはこっちの、赤いハムッキーを…」

「よし、行こう悠理君。ビッグハムスターだ」

ちょ、待てって。勝手に歩き出すな。

そして、俺の傘を返せ。

気に入ったのか?そうなのか?

俺の折りたたみ傘を差して、ずんずん歩いていく寿々花さんの後を追って。

俺は不本意ながら、買ったばかりの赤いハムッキー傘を差して歩くことになった。

こんなことなら、青い方にしておけば良かった…。

早速寿々花さんが自由奔放過ぎて、ついていけないぞ。
「えーっと、えーっと。ビッグハムスターに乗って、それからスペースハムスターに…。それにポップコーンを食べて、ピザも食べたいの」

初めてのハムスターランドに、大興奮の寿々花さん。

やりたいこと、食べたいもの、行きたいところを次々に並べ立てる。

分かった、分かった。

「分かったから、ちょっと落ち着け。な?」

「早く行かないと、ハムスターが逃げちゃうよ」

「…大丈夫だって」

ハムスターは逃げない。心配しなくても。

「それに、悠理君が乗りたいって言ってた、ハムスターさんのひまわりのタネハントにも乗りたいんだ」

…俺、乗りたいって言ったっけ?

まぁ良いけど。

「近いところから、順番に回ろうぜ。ほら、園内マップ見ながら」

ガイドブック買ってきておいて、本当に良かった。

広い園内で、何処のエリアの何処に目当てのアトラクションがあるのか、丁寧に記載されている。

優れものだぞ、このガイドブック。

これがなかったら、園内で迷子になるところだった。

「幸い、優待パスで街ち時間はかなり短縮されてるからな。多分、寿々花さんの行きたいところは全部回れるよ」

「本当?やったー」

待ち時間なしっていうのは、強みだよな。

見てみろよ。開園してまだ10分ほどしか経ってないのに。

人気アトラクションの前には、行列が出来始めている。

行列のお客さんをスルーして、優待チケットを掲げて「これが目に入らぬか」が出来るんだもんな。

金の力は凄い。

椿姫お嬢さんに感謝。

…と思ったけど、律儀に並んでる人を横目に、金の力で順番抜かしをするのは…ちょっと申し訳ないけどな。

「えぇっと…。まずはどれに乗りたい?」

「ビッグハムスターが良い」

好きだな、それ。

ずっと言ってたもんな。ビッグハムスター・マウンテンだっけ。

マップを見たところ…。ハムスタンランド・エリアにあるらしい。

入り口からは若干遠いが…本人が乗りたいって言うんだから、歩くか。

しかし冷静に考えて、ビッグハムスター・マウンテンって…。デカいハムスターの山?って意味だよな?

何なんだよ。デカいハムスターの山って…。

考えたら負けだな。考えまい。

このとき、俺は失念していた。

寿々花さんが乗りたがってるビッグハムスター・マウンテンというアトラクションは。

このハムスターランドで、所謂三大マウンテンと呼ばれる絶叫系アトラクションであるということを。
寿々花さんと一緒に、ビッグハムスター・マウンテンに乗った結果。

「楽しかったー。今の楽しかったね。ばびゅーんって。しゅーんばびゅーんばこーん、って感じで楽しかったね」

語彙力崩壊の寿々花さん。

しかし、言いたいことは分かる。

しゅーん、ばびゅーん、ばこーん…。

ぶっちゃけ、それ以外にどう表現したら良いのか分からない。

なんつーか…洗濯乾燥機に放り込まれて、高速で乾燥させられてる洗濯物になった気分。

しこたま振り回され、ぶん回され、放り投げられたような。

これの何処が、デカいハムスターの山なんだ?

…控えめに言って、死ぬかと思った。

俺、まともにジェットコースター乗るの初めてなんだよな…。

初めてのジェットコースターが、ハムスターランドの三大マウンテンだなんて。

なんたる贅沢。

しかし、こんな贅沢は一生知らずにいたかった。

ぐったりする。めちゃくちゃ体力奪われる。

時間にすると、アトラクションに乗ってるのは精々2分かそこらなのに。

体感、2時間くらい乗ってたような気がするんだから、不思議だよな。

魂を山の中に置き去りにきたような気がする。

つっ…かれたぁぁぁ…。

こんなに疲れるアトラクションある?

ハマる人は爽快感あってハマるんだろうけど。寿々花さんみたいに。

でも、俺は無理だったみたいだ。

気力と体力を、ごっそり持っていかれた。

「楽しかった。ね、悠理君」

「そ…。そうだな…」

正直、振り回されまくって楽しむ余裕はなかった。

が、女である寿々花さんが、これほど余裕なのに。

男である俺がヒーヒー言ってたら、格好がつかないと思って。

必死に強がってみた。

男女関係ないって。ヤバイよ、このハムスター山。

しかも、何がヤバいって、

「よし。次はスペースハムスター・マウンテンに乗ろう」

「…」

このハムスターランドには、ビッグハムスター・マウンテンを始め、三大マウンテンと呼ばれるジェットコースターが存在する。

つまり、あと二つあるってことだ。

…マジ?全部乗るの?三大マウンテン全部?

なまじ待ち時間がないものだから、並んで休憩する時間もない。

今更だけど、やっぱりちゃんと並ばねぇ?

待ち時間は大切だよ。心を落ち着ける時間がな?

しかし、寿々花さんはすっかりはしゃいでいて、元気が有り余っているらしく。

「スペースハムスターは何処かなー」

うきうきと、俺の傘片手に歩き出して行ってしまった。

ちょっと待てって。迷子になるから、一人で行動するんじゃない。

あと、スペースハムスター・マウンテンのあるハムローランド・エリアはそっちじゃない。逆だ。

お子様な上に方向音痴って、マジかよ。