アンハッピー・ウエディング〜前編〜

…ところで。

誕生日のことは置いておくとして。

「あぁ、そうだ。寿々花さん、俺今度から毎週水曜日は、帰りがちょっと遅くなるから」

これを伝えておかないとな。

「?何で?」

「園芸委員の仕事があってな」

「園芸?悠理君、お花育てるの好きなの?」

それは誤解だ。

やりたくてやってんじゃないんだよ。あみだくじの結果だ。

「そうじゃないけど…。…寿々花さんは何委員やってんだ?」

「何もやってないよ?」

あ、そう…。

羨ましい限りだ。

女子部はひとクラスの人数が多いから、委員会活動が強制じゃないんだろう。

やりたい人だけやって、寿々花さんみたいに、やりたくない人は何の委員になる必要もない。

俺もそうだったら良かったのに。

「園芸委員に立候補するなんて、悠理君、ガーデニング男子なんだね」

「…立候補したんじゃないけどな…」

おまけに、不運なペア割りで、よりにもよって委員長と組まされてしまったから。

サボろうにもサボれないよ。
中間試験が行われた、翌々週。

いよいよ、寿々花さんの誕生日が近づいてきた。

そんなある日のこと。




「悠理さん、はい。これあげます」

と言って、乙無が小さな包み紙を渡してきた。

「…何これ?」

やけに綺麗にラッピングされてるけど…。

「指輪です」

乙無が、ドヤ顔で答えた。

…指輪?

「ほら、前に約束したでしょう?」

「…約束って、何の約束だよ?」

思い当たる節が全くないんだが。

俺が困惑していると、雛堂がドン引きの目でこちらを見て。

「…えっ?マジ?男同士で指輪をプレゼントって…。星見の兄さんと乙無の兄さん、いつの間にそんな関係に…!?」

ちょっと待て。なんか物凄い誤解を生んでる気がする。

「おい、雛堂。気持ち悪い誤解をするな。俺にそんな趣味はない」

「大丈夫、大丈夫。友達だからな。自分は兄さん達がどんな性癖だろうと、軽蔑したりしないぜ!」

だから、違うっての。

意味が分からない。何故そうなるのか。

あと、俺には既に婚約者がいるので、誰に言い寄られても無駄。

「乙無、指輪の約束ってどういうことだよ?」

「え?お守りですよ。もうすぐ誕生日なんでしょう?悠理さんのご姉妹」

「…」

…思い出した。

乙無がご執心の、邪神の加護を受けたお守り(笑)。

あれ、本当に作ってたのかよ。

「是非渡してあげてください。その指輪を身につけることによって、イングレア様のご加護を…」

「あー、はいはい。気持ちだけ受け取っておくよ」

俺じゃなくて、寿々花さんに渡せば良いんだな。

こんなものもらっても、寿々花さんも困るだろ。

「良かったら、悠理さんの分も作りますよ」

「気持ちだけ受け取っておくよ」

「…なんだ、兄さん達の愛の告白じゃなかったのか…」

雛堂は何言ってんの?

ひとまず、この謎の指輪は受け取っておくよ。

寿々花さんが喜ぶのかどうかは謎である。
「…それで、悠理さん。結局誕生日プレゼントは決めたんですか?」

と、乙無が聞いてきた。

「もうすぐ誕生日当日なんでしょう?」

「あぁ、明日だよ」

準備は、ほぼ終わっている。

プレゼントも用意したし、誕生日のご馳走メニューを作る準備もした。

「あとは、明日の放課後にケーキを買って帰るだけだ」

「本当に良い奴だなぁ、星見の兄さん。姉妹と仲が良くて羨ましいぜ」

仲が良いって言うか…。

中間試験で一番を取ったご褒美を兼ねてるから。

「放課後に、ケーキですか…」

乙無がポツリと呟いた。

…何か問題が?

「何だよ?」

「あ、いえ…。つかぬことを聞きますけど、ケーキは予約してあるんですか?」

「え?いや…特にしてないけど」

大抵どのケーキ屋に行っても、デコレーションケーキくらいは売ってるだろ?

春に寿々花さんと一緒に行ったケーキ屋。あそこに買いに行こうと思ってたんだけど。

ほら、現金払いしか出来ないお店。

寿々花さんがお金の計算出来なくて、めっちゃ迷惑をかけた、あの店だよ。

「放課後に買いに行くんじゃ、ケーキ残ってますかね?」

「…!売り切れるもんなのか?」

「そりゃ、お店によるとしか…。でも、人気のお店だったら売り切れてるかもしれませんね」

「…」

それは盲点だった。

デコレーションケーキなんて何処にでも売ってる、とたかを括っていたんだが…。

売り切れたらヤバいよな?

でも、今から予約しようにも…。さすがに、今から明日の予約は無理な気がする。

せめて3日前に気づくべきだった。

「ケーキ…。売ってたら良いんだが」

「大丈夫だって、星見の兄さん。あんた器用なんだし。いざとなったら自分で作ったら良いじゃん」

ケーキを?嘘だろ。

あんた、他人事だと思って適当言いやがって。

ケーキって、作るの大変なんだぞ。作ったことないけど。

いかにも大変そうじゃないか?生クリーム泡立てたりさ…。

「しっかし、乙無の兄さんが、星見の兄さんの姉さんにプレゼントを作ってくるとは…。これ、あれかな?自分も何かプレゼント、用意した方が良い?」

「え?別に、そんな気を遣わなくて良いよ」

大体雛堂も乙無も、俺の姉妹…じゃなくて、寿々花さんの面識ないだろ。

精々、遠目から眺めていただけ。

そもそも姉妹じゃないから。

「でもさぁ、美人の姉さんなんだろ?」

「…まぁ、見た目だけはな」

「なら、ちょっとでもお近づきになりたいじゃん!よし、明日なんか持ってくるよ」

「…」

お近づきになりたいなら、新校舎を訪ねてみたらどうだ?

「今度紹介してくれよ。な?聖青薔薇学園の雛堂っていう生徒が姉さんに会いたがってるって、伝えておいてくれ」

「あ、そ…」

わざわざ紹介しなくても、寿々花さんも同じ学校だよ。
そして、迎えた翌日。

寿々花さんの、17歳の誕生日である。

その日の朝。




「悠理君、おはよー」

いつも通り、寿々花さんは眠い目を擦りながらダイニングキッチンに降りてきた。

「おはよう、寿々花さん」

「聞いて聞いて。昨日見た夢の中にねー」

今日も早速、夢の話を始めた。

本当バリエーション豊かな夢を見てるよな、寿々花さん。

「夢の中で、拾ったゲームのキャラクター達に会う夢を見たの」

…え、えぇと?

「夢の中で…夢を見たのか?」

「うん。凄いでしょ?」

どういう状況なんだ?それ。

夢の中で夢って、見れんの?

「面白い人がいっぱいいて、面白かったなー。私も、道端に落っこちてるゲームがあったら拾おう」

交番に届けなさい。 

落ちてるものを、無闇に拾ってくるんじゃない。

…それにしても、また面白い夢だな。

俺が昨日見た夢の内容、教えてやろうか?

中間試験を受けてる夢でさ、目の前に試験用紙があるんだけど。

それがまた見たこともない科目の試験で、「やべぇ、一問も分からない」って絶望してる夢だった。

夢で良かったよ。

現実でああならないよう、試験勉強はしっかりしておくべきだと改めて思い知った。

…って、そんなことは今はどうでも良いんだよ。

いつもと同じ、普通の朝のように過ごしてるけど。

今日は、特別な一日なんだから。

「寿々花さん」

「女の子のキャラクター、可愛かったなー。主人公を縛って監禁しようとしてた」

ヤバい奴じゃね?それ。可愛いか?

って、いつまで夢の話してんだ。

「夢の話じゃなくて、もっと大事なことがあるだろ」

「…大事なこと?」

「誕生日おめでとう」

「…」

ずっと、誕生日をお祝いして欲しかったのだと言いながら。

いざ本当に祝福の言葉をもらうと、寿々花さんは、まるで実感を持てていないようで。

ぽやんとして、不思議そうな顔で首を傾げていた。

…え?今日だよな?

今日って言ってたよな?誕生日。

まさか、間違えた?

「…今日って誕生日じゃなかったっけ?」

もし間違えてたら、一生の恥なんだけど。

しかし。

「…?…?…うん、誕生日だね」

カレンダーを二度見して、寿々花さんが頷いた。

あんた、自覚してなかったのか?

あれだけ、誕生日祝って欲しいとか言ってたのに?

「良かった。じゃあ、おめでとう」

「…」

「今日帰ってきたら、ケーキとご馳走でお祝いしような。誕生日プレゼントは…そのとき渡しても良いか?」

待ち切れないなら、今渡すけど。

しかし、寿々花さんはと言うと。

「…」

無言で、ぽやんとして俺の顔を眺めていた。
…何なんだ、その反応。

もうちょっと喜んでくれても良いんだぞ。

それとも、実感が無いのか?

「どうした?何か言いたいことがあるのか」

「…ううん。お誕生日おめでとう、お姉様以外に初めて言われたなーって…」

「…」

「そっか、そっか〜…。えへへ、何だか照れるね」

…そのくらいで喜ぶんなら、いくらでも言ってやるよ。

誕生日を祝ってもらう権利くらい、誰にでもあるよな?

「悠理君が覚えててくれて、嬉しい」

「そりゃあ、約束したからな。…約束してなくても、同居人の誕生日くらい覚えてるけど」

「ありがとう、悠理君。年取って良かったー」

そうか。

そう思えたんなら、良かった。

でも、喜ぶのはまだ早いぞ。ちゃんとお祝いするのは、学校が終わってからだからな。

「ケーキ屋寄って帰るから、今日の放課後はちょっと遅くなるかもしれない」

「うん、分かったー。待ってる」

よし。それで良い。

あとは…寿々花さんご所望のデコレーションケーキが、ケーキ屋に売ってれば良いんだが。




…なんて思っていたのが、既にフラグだったのかもしれない。
その日、学校に行くと。

「星見の兄さん、星見の兄さん!」

俺が登校してくるなり、雛堂が近づいてきた。

「雛堂…どうした?」

「今日なんだろ?美人の姉さんの誕生日」

美人の姉さん…ではないけど。

「そうだよ」

寿々花さんの誕生日だよ。

「これ、プレゼント。星見の兄さんの姉さんに渡してやってくれ」

と言って、雛堂はずっしり重い紙袋を渡してきた。

…何これ?

俺はその場で、紙袋の中を覗いてみた。

人に渡すプレゼントを勝手に覗くなんて、と思われるかもしれないけど。

あんまりずっしりしてるから、気になって。

紙袋に入っていたのは…。

「…何だ、これ。DVD?」

「おうよ」

試しに一本手に取って、パッケージを見る。

途端、ぶはっ、と噴き出しそうになった。

血痕がついた包帯を巻いたミイラが、今にも襲いかかってきそうなポーズでこちらを睨むパッケージ。

何処からどう見ても、これは…。

「星見の兄さんの姉さん、ホラー映画気に入ったって言ってたじゃん?」

期待に満ちた表情で、雛堂が言った。

…やはり、そういうことか。

「あんた、これまさか全部…」

「うん。全部ホラー映画」

紙袋にぎっしり詰まっているDVD。これ全部、ホラー映画のDVDなのか。

何本あるんだよ?何時間分だよ。

よくこんなに掻き集めてきたもんだ。

いくらホラー映画が好きだからって、人様の誕生日プレゼントに、豪華ホラー映画DVDの詰め合わせを選ぶとは。

それ、本当に祝福してるか?遠回しに呪いをかけようとしてない?

「これ…もしかして、雛堂のコレクションなのか?」

「いや、昨日帰りに中古ビデオ屋に行って、一本百円のワゴンから選んできた」

あぁ、成程…。中古品なんだな。

良かった。

この数、全部新品で買おうと思ったら、多分とんでもない値段だったろうからな。

いくらなんでも、そこまで高価なプレゼントをされると、こちらとしても困る。

「安物だけど、でも怖さはお墨付きだぞ。あっ、前気に入ったって言ってた『オシイレノタタリ』の続編も入ってるから」

「マジかよ…」

またあれ観るの?ようやくトラウマがちょっと薄れてきたのに?

これのせいで、また我が家でホラー映画上映会が開催されるかと思うと、何だか複雑な心境だったが。

雛堂が折角、寿々花さんの為に用意してくれたものだし…。

俺に、これを突き返す権利はないな。

「…分かった、ありがとう。本人に渡しておく…」

「くれぐれも、くれぐれも宜しく伝えてくれよ。雛堂っていうイケメンからのプレゼントだって伝えてくれ」

はいはい。

ただのクラスメイトからのプレゼントだ、って伝えておくよ。

着々と、寿々花さんへのプレゼントが増えていくな。

誕生日プレゼントをもらって、嬉しくないはずがないだろうから。

雛堂と乙無からプレゼントをもらったら、きっと寿々花さんも喜ぶことだろう。
しかし、寿々花さんの誕生日祝いの準備が順調だったのはここまで。

問題が発生したのは、学校の帰り道に寄ったケーキ屋にて。

とうとう、恐れていたことが起きてしまった。




「えっ、売り切れですか…」

「はい、申し訳ありません…」

「…」

俺がケーキ屋に到着した頃には、寿々花さんご所望のデコレーションケーキは既に売り切れ。

そうか…。そういうこと、してくるか…。

「つい10分ほど前に、別のお客様にお買い上げ頂いて…」

マジかよ。めっちゃ悔しいパターン。

そういうことは、言わないでいて欲しかったな。

くそ…。10分前か…。

帰りのホームルームが長引いていなければ、間に合ったんじゃないの?

「ホールケーキでしたら、一応こちらにもございますが…」

と言って、店員さんがショーウィンドウの中を手で差した。

売れ残っているのは、フルーツタルトとスフレチーズケーキ。

寿々花さんご所望の、いちごのデコレーションケーキではない。

タルトとチーズケーキか…。

違うんだよなぁ。美味しいんだろうけど。…美味しいんだろうけど、今求めてるのはこれじゃない。

「えっと…他のお店に行ってみます」

店員さんに断ってから、俺は別のケーキ屋を当たってみた。

スマホで検索して、近くにケーキ屋がないか探して。

しかし、上手く行かないことは重なるものである。

別のケーキ屋を当たろうにも、一軒目は定休日。

二軒目は、「ホールケーキは要予約なんです」と言われ。

ようやく、三軒目に辿り着くと。

「済みません、つい10分前に売り切れました」

「…」

…さっきも聞いたよ、その台詞。

誰?俺がケーキを買おうとしてるのを知って、悪意ある何者かが先回りして買ってるんじゃね?

おまけに、三軒目にやって来たケーキ屋には。

フルーツタルトやチーズケーキなどの、別のホールケーキさえ売っていなかった。

全部売り切れなんだって。夕方だから仕方ない。

あるのは、売れ残りのカットケーキだけ…。

…さすがに、もう近くにケーキ屋はない。

これ以上遠くのケーキ屋に足を伸ばしても、見つからない気がする。

先日の委員会決めのあみだくじのときから、妙に俺の運勢悪くなってないか?

まさか、ケーキの女神からも見放されるとは…。

さて、どうしたものか。
選択肢は三つある。

まず一つ目は、今日のところは妥協してカットケーキを買って帰る、という選択肢。

誕生日当日にケーキがないと、やっぱり寂しいだろ?

でもカットケーキだけじゃ可哀想だから、日を改めて、寿々花さんご所望のデコレーションケーキを買ってくる。

今度の週末にでも。

それで満足してくれるだろうか。

…でも、あんなにホールケーキが食べたいって言ってたしな。

小さいケーキじゃなくて、大きい丸いケーキに齧り付きたいって。

それなのに、「売れ切れだったから」と言ってカットケーキを買ってきたら…絶対失望するよな? 

しょんぼりした寿々花さんの顔なんて、見たくないよ。

ましてや誕生日当日に。

同じ理由で、選択肢その2も駄目そう。

選択肢その2は何だったのかって?

最初のケーキ屋に戻って、タルトかチーズケーキを買って帰る、というものだ。

でも、これも失望するだろ?

寿々花さんは、いちごのデコレーションケーキを食べたいのであって。

タルトやチーズケーキだと、「なんか思ってたのと違う…」ってなるだろ?

誕生日ケーキは重要だよ。なぁ?

ましてや、寿々花さんにとっては、初めての誕生日祝いと言っても良いのに。

肝心のケーキが、自分の気に入ったものじゃないと…いくら他に誕生日プレゼントをもらっても、嬉しさ半減というもの。

折角なら、喜んで欲しいじゃないか。

馬鹿だったなぁ。デコレーションケーキ、予約しておけば良かった。

夕方にケーキ屋なんて来たことがなかったから、売れ切れるという発想がなかった。

これは、俺の判断ミスだった。俺の考えが甘かった。

寿々花さんに大変申し訳ない。

…で、三つ目の選択肢は何なのか、って?

乙無が言ってただろ。

…いざとなったら、自分で作れって。

三つ目の選択肢は、それだよ。

昨日聞いたときは、絶対無理だと思ってたけど。

今となっては、一番マシな選択肢なように思える。

…やる気なのか?正気なのか、俺。

まさか、今から材料を揃えて、イチからデコレーションケーキを作るつもりなのか?

無謀にも程がある。

大体、そんな時間ないだろ。ケーキだけじゃなくて、ご馳走メニューも作らなきゃいけないのに。

今から帰ってケーキまで作ってたら、食べられるのは何時になることやら…。

…でも、望んでもいないケーキを買って帰るよりマシ…だよな。

「…よし」

こうなったら、俺も腹を決めるよ。

元はと言えば、俺の準備不足が招いた実態だからな。

自分のミスは、自分の手で払拭するよ。

それに、今から最初のケーキ屋に帰って、さっきのタルトやチーズケーキがまだ売れ残っている保証もない。

何もかも売り切れで、カットケーキすら買えないってことになったら。

それこそ、目も当てられないというもの。

だったら潔く覚悟を決めて、自分でケーキを用意しよう。
ケーキの為の買い物をして、速攻で帰宅。

「あ、悠理君、お帰り」

「ただいま…ごめん、遅くなって」

しかも、散々駆け回ったのに、結局ケーキは買わずに帰ってきてるんだぜ。

マジで、何しに行ったんだっての。

「ケーキ、あった?白いケーキ」

うきうきした顔で、寿々花さんが聞いてきた。

罪悪感が半端ないんだけど。やめてくれ。

でも、正直に言うしかない…よなぁ。

「えーっと…。物凄く申し訳ないんだけど、実は何処のケーキ屋も売り切れで」

「…」

「ごめん、あの…。めっちゃごめん。予約しておくべきだった」

「…」

その沈黙が気まずいんだけど。

絶対ショック受けてる。

「…そっかー。それは仕方ないね」

しょぼん。

やめてくれ。罪悪感を煽られる。

「でも…その代わりにはならないけど、自分で作ろうと思って」

「ふぇ?」

「ケーキがないのは寂しいだろ?やっぱり…。だからせめて、下手くそな俺の手作りケーキくらいは、あっても良いかなと思って…」

いや、ド素人の手作りケーキなんて、あってもなくても大して変わらないかもしれないけど。

でも、何もないよりはマシかなぁ…と。

…ごめん。やっぱり、カットケーキでも良いからケーキ屋のケーキを買ってくれば良かったかな。

…今更だけど…。

「…ケーキあるの?ないの?」

こてん、と首を傾げる寿々花さん。

「俺の手作りで良ければ…一応…用意するけど」

「悠理君の?じゃああるんだ。やったー」

喜ぶのはまだ早いぞ。

「あんまり期待するなよ。何せ初めての試みだから…」

「悠理君の手作りなら大丈夫だよ。何でも美味しいよ」

ハードルを上げるなって。

料理だって、別に得意な訳じゃないのに。

お菓子作りなんて初めてだし、上手く出来るか分からない。

「遅くなるかもしれないけど、ちょっと待っててくれるか?」

「うん、分かった。じゃあ…怖い映画観ながら待ってるね」

そう言って、寿々花さんはリビングのテレビの前に陣取り。

一人で、ホラー映画鑑賞会を始めてしまった。

あろうことか、この間俺を戦慄させた『冷蔵庫の中』を再視聴。

やめろって。今から料理作るんだぞ、俺。家事妨害だろ。

…まぁ良いけどさ。誕生日くらい、好きなことして過ごせよ。

出来るだけ、テレビの音は聞かないようにしよう。

「さて…。それじゃ、やるかな」

寿々花さんが映画を一本見終わるまでには、全部完成させることを目標に頑張ろう。