アンハッピー・ウエディング〜前編〜

それどころか、俺がガーデニングに興味があると聞いて、気を良くしたのか。

「お花は良いですよね。見ているだけで、こんなに幸せな気持ちになるんですから」

花に対する熱い思いを、嬉しそうに語ってくれた。

幸せな気持ち…とまでは行かなくとも。

まぁ、人間、綺麗な花に囲まれていると、悪いことは出来ないって言うもんな。

「植えて育てて、見て楽しむも良し。切り花にして誰かにプレゼントしても良いですよね」

…プレゼント?

花束のプレゼントってことか?

…ちょっと、それは盲点だったかもしれない。

「花をプレゼントに…ですか」

「えぇ。誰でも、お花をもらったら気持ちが豊かになるでしょう?華やかで綺麗で、素敵な香りがして…」

「…」

いかにも、お嬢様って感じだな。

「プレゼントには最適ですよ。悠理さんも、どなたかに花束をプレゼントしてみてはどうですか?」

「花束を…」

その手があったか…。

寿々花さんへのプレゼント、ずっと悩んでたんだけど…。

花という選択肢も、なきにしもあらず…か?

「やっぱり、小花衣先輩くらいの歳の女性は、花をプレゼントしてもらったら嬉しいものなんですか?」

ここぞとばかりに、俺は小花衣先輩に意見を求めることにした。

全然タイプは違うけど、小花衣先輩と寿々花さんは同級生で、二人共女性だ。

俺には分からない、女性の気持ちが分かるかも。

「勿論、嬉しいですよ。お花をプレゼントされて、嬉しくない人なんていませんよ」

「…そうですか…」

祝い事に花束をプレゼント…っていうのは、一応定番ではある…か?

俺のイメージとしては、表彰されたときや、卒業するときにもらってる…ような。

誕生日プレゼントに花束って、一般的なんだろうか。

「どなたか、お花を渡したい人がいらっしゃるんですね?」

「え、あ、いや…」

「ふふ、隠さなくても分かりますよ。お母様ですか?お姉様ですか?悠理さんにお花をプレゼントしてもらったら、きっと喜ぶでしょうね」

あなたの同級生です、とも言えず。

俺は、曖昧に頷いて誤魔化した。

「え、えぇと…。どんな花をプレゼントするのが一般的なんですか?」

「そうですね…。好みもありますけど、やはり、その人が好きな色と香りで選ぶのが良いと思いますよ」

色はともかく…香り?

花の香りなんて…ろくに嗅いだことないから分からないんだが…。

「好きな色…は、緑だって言ってたような…」

「緑色のお花ですか。それは珍しいですね」

だよな?

緑色の花なんて、全然思いつかない。

葉っぱの色じゃん。

大抵はピンクとか、赤とか…白とかさ。

「でも、プレゼントに一番大切なことは、悠理さんの『喜んでもらいたい』という気持ちだと思いますよ」

「…」

気持ち…ねぇ。

ありきたりな言葉ではあるが…。

「こうしてたくさん悩んで、その人の為に色々と考えて…。その結果選んだものなら、どんなものでも、きっと悠理さんの心は伝わるはずです」

「どんなものでも…」

「えぇ。ですから、自信を持って選んでください。きっと、喜んでくれますよ」

…そうか。
 
何だか、大事なことを教えてもらった気がするよ。
俺がたくさん悩んで考えた結果なら、何でも喜んでくれるはず…か。

ありきたりな言葉だけど、実際そうなんだろうな。

俺、あれこれ姑息なこと考え過ぎてたのかもな。

寿々花さんに喜んでもらいたいなら、それほど難しく考える必要はないのかも。

俺には、寿々花さんくらいの歳の女の子が、どんなものを欲しがってるのか分からないし。

生まれてこの方、まともに誕生日を祝ってもらったことのない寿々花さんが。

初めての誕生日祝いで、何を求めているのかも分からない。

寿々花さんの思う「誕生日プレゼント」のイメージと、俺の思うそれとは、大きな相違がありそうな気がする。

よって。

下手に俺の判断でプレゼントを選んで、寿々花さんを失望させるより。

寿々花さんに、どんなものが欲しいか…せめて、どういうものが欲しいのか、聞いてみようと思った。

装飾品が良いのかとか、食べ物が良いのかとか。

それこそ、小花衣先輩が言ってた…花束とかさ。

選択肢をいくつかに絞ってくれたら、俺も選びやすいというものだ。

そこで。

「なぁ、寿々花さん。誕生日プレゼントのことなんだけど」

「うん。なーに?」

「何か欲しいものはあるか?」

回りくどい質問はなし。

ストレートど直球で、聞きたいことを聞いた。

すると。

「うーん、そうだな…」

しばし考えて、結局出てきたのは。

「シャボン玉かな」

「…」

…予想の斜め上。
 
いや、むしろ予想の斜め下の回答が飛び出してきた。

な?だから本人に聞いて正解だったんだよ。

何が欲しいか尋ねて、シャボン玉だと答える女子高生が、寿々花さんを除いて存在するか?

俺の自己判断で選ばなくて、本当に良かった。

「シャボン玉…っていうのは、何かの比喩か…?」

そんな名前のブランド品があるとか?そういうことじゃないよな?

俺の思ってる、あのシャボン玉だよな?

「…?シャボン玉だよ。悠理君、シャボン玉知らないの?ふーってやったらふわふわの泡が出るの」

知ってるよ。

やっぱり、俺の思ってるあのシャボン玉のことだな?

…今日日、幼稚園児でもシャボン玉では遊ばないのでは?

つーか、スーパーで百円じゃん。

安っ…。あんたはそれで満足なのかよ。

「何でシャボン玉…?」

「やったことないから、やってみたいの。ふわふわして面白いのかなぁって」

「あ、そう…」

小さい子ならまだしも、高校生にもなってシャボン玉…は、つまらないと思うんだけど。

憧れいっぱい、期待いっぱいの表情でこちらを見るものだから。

シャボン玉はやめとけよ、とはとても言えなかった。
「分かったよ。シャボン玉な」

「!良いの?買ってくれるの?」

「良いよ…」

「やったー」

シャボン玉で喜ぶ女子高生、寿々花さん。

お嬢様ってこんなもんなの?小花衣先輩の印象とは全然違い過ぎてて。

気持ちが一番…とか言ってたけど、気持ちさえこもってれば何でも良い訳じゃないからな。

小花衣先輩も、まさかプレゼント渡す相手がシャボン玉で喜ぶとは思ってないだろうなぁ。

「他にないのか?欲しいもの…」

「え?うーん…。ケーキが欲しいな。誕生日ケーキ」

それは言わなくても用意するって。

「あのね、出来ればね、ちっちゃい三角のケーキじゃなくて、おっきい丸いのが良いの」

と、期待に満ちた表情で要求。

あー、はいはい成程。

カットケーキじゃなくて、ホールのデコレーションケーキが良い、ってことね。

誕生日ケーキと言えば、やっぱりホールケーキだよな。

それにろうそくを立てたら、完璧。

「分かった、分かった。白いケーキな?」

「うん。いちごが乗ってる奴」

やっぱりデコレーションケーキのことだな。

「思いっきり、がぶって齧りついてみたい」

顔が生クリームだらけになるから、やめとけ。

小学校低学年並みの願望だな。

「他にリクエストは?何か食べたいものとか…」

寿司でもステーキでも、この際だから寿々花さんの好きなものを何でも…と、思ったが。

「悠理君のオムライスが良い」

とのこと。

あんた、どんだけ俺のオムライス好きなんだよ。

いや、嬉しいけどさ。嬉しいけど…そうじゃないだろ。

「…他に何かないのか?」

「何かって?…あ、そうだ。オムライスに旗が立ってたらもっと嬉しい」

お子様ランチかよ。

「たまには、オムライスじゃなくてさ…。もっと高いものや、手の込んだものをリクエストしても良いんだぞ」

「高いもの…?めるちゃん製麺黄金醤油味とか?」

「いや、カップ麺の話じゃなくてさ…」

そんな味があるの?黄金醤油…どんな味なんだろうな。

それはともかく。

折角の誕生日なんだから、カップ麺でお祝いするのは味気ないだろ。

「他に好きな食べ物は?オムライスとカップ麺以外で」

「えっ。それは難しい質問だな…。…朝食べてる悠理君のお漬物かな?」

「…やっす…」

旗を立てたオムライスに、自家製の糠床で漬けた糠漬けが好物とは。

作ってる俺としては嬉しいことなんだろうが、好きな食べ物があまりに貧相で、とてもお嬢様とは思えない。

オムライス専門店のオムライスが好きなんじゃなくて、俺の下手くそ手作りオムライスが好物だって言うんだもんな。
 
もっと他にあるだろ、何か。

…まぁ良いや。当日までに、俺ももうちょっと考えておくよ。

「何かリクエストが思いついたら、早めに教えてくれよ?」

「うん、分かったー」

…分かったと言いつつも、多分、寿々花さんの口から気の利いたリクエストは出てこないだろうなぁ。

面倒な注文をつけられるよりは遥かにマシ…なのだが。

あんまり簡単な注文ばかりだと、逆にやる気が出ないって言うか…。
…ところで。

誕生日のことは置いておくとして。

「あぁ、そうだ。寿々花さん、俺今度から毎週水曜日は、帰りがちょっと遅くなるから」

これを伝えておかないとな。

「?何で?」

「園芸委員の仕事があってな」

「園芸?悠理君、お花育てるの好きなの?」

それは誤解だ。

やりたくてやってんじゃないんだよ。あみだくじの結果だ。

「そうじゃないけど…。…寿々花さんは何委員やってんだ?」

「何もやってないよ?」

あ、そう…。

羨ましい限りだ。

女子部はひとクラスの人数が多いから、委員会活動が強制じゃないんだろう。

やりたい人だけやって、寿々花さんみたいに、やりたくない人は何の委員になる必要もない。

俺もそうだったら良かったのに。

「園芸委員に立候補するなんて、悠理君、ガーデニング男子なんだね」

「…立候補したんじゃないけどな…」

おまけに、不運なペア割りで、よりにもよって委員長と組まされてしまったから。

サボろうにもサボれないよ。
中間試験が行われた、翌々週。

いよいよ、寿々花さんの誕生日が近づいてきた。

そんなある日のこと。




「悠理さん、はい。これあげます」

と言って、乙無が小さな包み紙を渡してきた。

「…何これ?」

やけに綺麗にラッピングされてるけど…。

「指輪です」

乙無が、ドヤ顔で答えた。

…指輪?

「ほら、前に約束したでしょう?」

「…約束って、何の約束だよ?」

思い当たる節が全くないんだが。

俺が困惑していると、雛堂がドン引きの目でこちらを見て。

「…えっ?マジ?男同士で指輪をプレゼントって…。星見の兄さんと乙無の兄さん、いつの間にそんな関係に…!?」

ちょっと待て。なんか物凄い誤解を生んでる気がする。

「おい、雛堂。気持ち悪い誤解をするな。俺にそんな趣味はない」

「大丈夫、大丈夫。友達だからな。自分は兄さん達がどんな性癖だろうと、軽蔑したりしないぜ!」

だから、違うっての。

意味が分からない。何故そうなるのか。

あと、俺には既に婚約者がいるので、誰に言い寄られても無駄。

「乙無、指輪の約束ってどういうことだよ?」

「え?お守りですよ。もうすぐ誕生日なんでしょう?悠理さんのご姉妹」

「…」

…思い出した。

乙無がご執心の、邪神の加護を受けたお守り(笑)。

あれ、本当に作ってたのかよ。

「是非渡してあげてください。その指輪を身につけることによって、イングレア様のご加護を…」

「あー、はいはい。気持ちだけ受け取っておくよ」

俺じゃなくて、寿々花さんに渡せば良いんだな。

こんなものもらっても、寿々花さんも困るだろ。

「良かったら、悠理さんの分も作りますよ」

「気持ちだけ受け取っておくよ」

「…なんだ、兄さん達の愛の告白じゃなかったのか…」

雛堂は何言ってんの?

ひとまず、この謎の指輪は受け取っておくよ。

寿々花さんが喜ぶのかどうかは謎である。
「…それで、悠理さん。結局誕生日プレゼントは決めたんですか?」

と、乙無が聞いてきた。

「もうすぐ誕生日当日なんでしょう?」

「あぁ、明日だよ」

準備は、ほぼ終わっている。

プレゼントも用意したし、誕生日のご馳走メニューを作る準備もした。

「あとは、明日の放課後にケーキを買って帰るだけだ」

「本当に良い奴だなぁ、星見の兄さん。姉妹と仲が良くて羨ましいぜ」

仲が良いって言うか…。

中間試験で一番を取ったご褒美を兼ねてるから。

「放課後に、ケーキですか…」

乙無がポツリと呟いた。

…何か問題が?

「何だよ?」

「あ、いえ…。つかぬことを聞きますけど、ケーキは予約してあるんですか?」

「え?いや…特にしてないけど」

大抵どのケーキ屋に行っても、デコレーションケーキくらいは売ってるだろ?

春に寿々花さんと一緒に行ったケーキ屋。あそこに買いに行こうと思ってたんだけど。

ほら、現金払いしか出来ないお店。

寿々花さんがお金の計算出来なくて、めっちゃ迷惑をかけた、あの店だよ。

「放課後に買いに行くんじゃ、ケーキ残ってますかね?」

「…!売り切れるもんなのか?」

「そりゃ、お店によるとしか…。でも、人気のお店だったら売り切れてるかもしれませんね」

「…」

それは盲点だった。

デコレーションケーキなんて何処にでも売ってる、とたかを括っていたんだが…。

売り切れたらヤバいよな?

でも、今から予約しようにも…。さすがに、今から明日の予約は無理な気がする。

せめて3日前に気づくべきだった。

「ケーキ…。売ってたら良いんだが」

「大丈夫だって、星見の兄さん。あんた器用なんだし。いざとなったら自分で作ったら良いじゃん」

ケーキを?嘘だろ。

あんた、他人事だと思って適当言いやがって。

ケーキって、作るの大変なんだぞ。作ったことないけど。

いかにも大変そうじゃないか?生クリーム泡立てたりさ…。

「しっかし、乙無の兄さんが、星見の兄さんの姉さんにプレゼントを作ってくるとは…。これ、あれかな?自分も何かプレゼント、用意した方が良い?」

「え?別に、そんな気を遣わなくて良いよ」

大体雛堂も乙無も、俺の姉妹…じゃなくて、寿々花さんの面識ないだろ。

精々、遠目から眺めていただけ。

そもそも姉妹じゃないから。

「でもさぁ、美人の姉さんなんだろ?」

「…まぁ、見た目だけはな」

「なら、ちょっとでもお近づきになりたいじゃん!よし、明日なんか持ってくるよ」

「…」

お近づきになりたいなら、新校舎を訪ねてみたらどうだ?

「今度紹介してくれよ。な?聖青薔薇学園の雛堂っていう生徒が姉さんに会いたがってるって、伝えておいてくれ」

「あ、そ…」

わざわざ紹介しなくても、寿々花さんも同じ学校だよ。
そして、迎えた翌日。

寿々花さんの、17歳の誕生日である。

その日の朝。




「悠理君、おはよー」

いつも通り、寿々花さんは眠い目を擦りながらダイニングキッチンに降りてきた。

「おはよう、寿々花さん」

「聞いて聞いて。昨日見た夢の中にねー」

今日も早速、夢の話を始めた。

本当バリエーション豊かな夢を見てるよな、寿々花さん。

「夢の中で、拾ったゲームのキャラクター達に会う夢を見たの」

…え、えぇと?

「夢の中で…夢を見たのか?」

「うん。凄いでしょ?」

どういう状況なんだ?それ。

夢の中で夢って、見れんの?

「面白い人がいっぱいいて、面白かったなー。私も、道端に落っこちてるゲームがあったら拾おう」

交番に届けなさい。 

落ちてるものを、無闇に拾ってくるんじゃない。

…それにしても、また面白い夢だな。

俺が昨日見た夢の内容、教えてやろうか?

中間試験を受けてる夢でさ、目の前に試験用紙があるんだけど。

それがまた見たこともない科目の試験で、「やべぇ、一問も分からない」って絶望してる夢だった。

夢で良かったよ。

現実でああならないよう、試験勉強はしっかりしておくべきだと改めて思い知った。

…って、そんなことは今はどうでも良いんだよ。

いつもと同じ、普通の朝のように過ごしてるけど。

今日は、特別な一日なんだから。

「寿々花さん」

「女の子のキャラクター、可愛かったなー。主人公を縛って監禁しようとしてた」

ヤバい奴じゃね?それ。可愛いか?

って、いつまで夢の話してんだ。

「夢の話じゃなくて、もっと大事なことがあるだろ」

「…大事なこと?」

「誕生日おめでとう」

「…」

ずっと、誕生日をお祝いして欲しかったのだと言いながら。

いざ本当に祝福の言葉をもらうと、寿々花さんは、まるで実感を持てていないようで。

ぽやんとして、不思議そうな顔で首を傾げていた。

…え?今日だよな?

今日って言ってたよな?誕生日。

まさか、間違えた?

「…今日って誕生日じゃなかったっけ?」

もし間違えてたら、一生の恥なんだけど。

しかし。

「…?…?…うん、誕生日だね」

カレンダーを二度見して、寿々花さんが頷いた。

あんた、自覚してなかったのか?

あれだけ、誕生日祝って欲しいとか言ってたのに?

「良かった。じゃあ、おめでとう」

「…」

「今日帰ってきたら、ケーキとご馳走でお祝いしような。誕生日プレゼントは…そのとき渡しても良いか?」

待ち切れないなら、今渡すけど。

しかし、寿々花さんはと言うと。

「…」

無言で、ぽやんとして俺の顔を眺めていた。
…何なんだ、その反応。

もうちょっと喜んでくれても良いんだぞ。

それとも、実感が無いのか?

「どうした?何か言いたいことがあるのか」

「…ううん。お誕生日おめでとう、お姉様以外に初めて言われたなーって…」

「…」

「そっか、そっか〜…。えへへ、何だか照れるね」

…そのくらいで喜ぶんなら、いくらでも言ってやるよ。

誕生日を祝ってもらう権利くらい、誰にでもあるよな?

「悠理君が覚えててくれて、嬉しい」

「そりゃあ、約束したからな。…約束してなくても、同居人の誕生日くらい覚えてるけど」

「ありがとう、悠理君。年取って良かったー」

そうか。

そう思えたんなら、良かった。

でも、喜ぶのはまだ早いぞ。ちゃんとお祝いするのは、学校が終わってからだからな。

「ケーキ屋寄って帰るから、今日の放課後はちょっと遅くなるかもしれない」

「うん、分かったー。待ってる」

よし。それで良い。

あとは…寿々花さんご所望のデコレーションケーキが、ケーキ屋に売ってれば良いんだが。




…なんて思っていたのが、既にフラグだったのかもしれない。
その日、学校に行くと。

「星見の兄さん、星見の兄さん!」

俺が登校してくるなり、雛堂が近づいてきた。

「雛堂…どうした?」

「今日なんだろ?美人の姉さんの誕生日」

美人の姉さん…ではないけど。

「そうだよ」

寿々花さんの誕生日だよ。

「これ、プレゼント。星見の兄さんの姉さんに渡してやってくれ」

と言って、雛堂はずっしり重い紙袋を渡してきた。

…何これ?

俺はその場で、紙袋の中を覗いてみた。

人に渡すプレゼントを勝手に覗くなんて、と思われるかもしれないけど。

あんまりずっしりしてるから、気になって。

紙袋に入っていたのは…。

「…何だ、これ。DVD?」

「おうよ」

試しに一本手に取って、パッケージを見る。

途端、ぶはっ、と噴き出しそうになった。

血痕がついた包帯を巻いたミイラが、今にも襲いかかってきそうなポーズでこちらを睨むパッケージ。

何処からどう見ても、これは…。

「星見の兄さんの姉さん、ホラー映画気に入ったって言ってたじゃん?」

期待に満ちた表情で、雛堂が言った。

…やはり、そういうことか。

「あんた、これまさか全部…」

「うん。全部ホラー映画」

紙袋にぎっしり詰まっているDVD。これ全部、ホラー映画のDVDなのか。

何本あるんだよ?何時間分だよ。

よくこんなに掻き集めてきたもんだ。

いくらホラー映画が好きだからって、人様の誕生日プレゼントに、豪華ホラー映画DVDの詰め合わせを選ぶとは。

それ、本当に祝福してるか?遠回しに呪いをかけようとしてない?

「これ…もしかして、雛堂のコレクションなのか?」

「いや、昨日帰りに中古ビデオ屋に行って、一本百円のワゴンから選んできた」

あぁ、成程…。中古品なんだな。

良かった。

この数、全部新品で買おうと思ったら、多分とんでもない値段だったろうからな。

いくらなんでも、そこまで高価なプレゼントをされると、こちらとしても困る。

「安物だけど、でも怖さはお墨付きだぞ。あっ、前気に入ったって言ってた『オシイレノタタリ』の続編も入ってるから」

「マジかよ…」

またあれ観るの?ようやくトラウマがちょっと薄れてきたのに?

これのせいで、また我が家でホラー映画上映会が開催されるかと思うと、何だか複雑な心境だったが。

雛堂が折角、寿々花さんの為に用意してくれたものだし…。

俺に、これを突き返す権利はないな。

「…分かった、ありがとう。本人に渡しておく…」

「くれぐれも、くれぐれも宜しく伝えてくれよ。雛堂っていうイケメンからのプレゼントだって伝えてくれ」

はいはい。

ただのクラスメイトからのプレゼントだ、って伝えておくよ。

着々と、寿々花さんへのプレゼントが増えていくな。

誕生日プレゼントをもらって、嬉しくないはずがないだろうから。

雛堂と乙無からプレゼントをもらったら、きっと寿々花さんも喜ぶことだろう。