アンハッピー・ウエディング〜前編〜

などという、儚い望みを抱きながら。

委員が決まったその日、早速放課後に委員会が開かれた。

各学年、各クラスの新しい役員同士の顔合わせみたいなもんだな。
 
一年間このメンバーなんで宜しく、って。

園芸委員の委員会は、新校舎の会議室で開かれた。

こんな用事でもなければ、俺達旧校舎の男子生徒が、掃除以外で新校舎に足を運ぶ機会なんてそうそうないんだぜ。

相変わらず、綺麗な建物だよな…。旧校舎とは訳が違う。

廊下も窓もぴっかぴかに磨かれてるし、エアコンも利いてて快適。

旧校舎にも、一応エアコンくらいはある…よな?

あともう何ヶ月か経って真夏になったら、エアコンくらいないと地獄だぞ。

…それはともかくとして。

今は、園芸委員の委員会だよな。

委員会が行われる会議室で、他の園芸委員が集まるのを待っていると。

「皆さん、ごきげんよう」

会議室の扉を開けて、一人の女子生徒が颯爽と入ってきた。

ふわふわの長い髪を、白いリボンで束ね。

にっこりとたおやかな微笑を浮かべて、優しげな声で挨拶しながら、俺達の前に立った。

「園芸委員会委員長、二年の小花衣美園(こはない みその)です」

…めっちゃお嬢様然とした委員長が出てきた。

リアルで「ごきげんよう」って挨拶する人、初めて見たよ。

居るんだな。都市伝説かと思ってた。

でも、全然台詞負けしてない。

名前も態度も容姿も、何処からどう見てもお嬢様だから。

この人が…園芸委員長、ねぇ。

二年って言ってたから…うちの寿々花さんの同級生か。

同じ新校舎のお嬢様なのに、寿々花さんとは似ても似つかないな。
超絶お上品お嬢様委員長のもと。

各学年、各クラスの園芸委員との顔合わせと。

簡単に、園芸委員の役割の説明が行われた。

園芸委員の仕事は、その名の通り、学校中の花壇と植木の手入れだそうだ。

「人はお花を見ると、気持ちが穏やかになります。だから、私達が絶えずお花の世話をして、見る人の心を癒やすお手伝いをしましょう」

…とのこと。

笑顔でそう言われてしまうと、こちらとしても頷く以外に何も出来ない。

つーか、花があるのは新校舎だけで、旧校舎の方は雑草まみれ、落ち葉まみれなんだけど?

穏やかな気持ち〜云々言うなら、旧校舎にプランターの一つでも置いてくれよ。

癒やされてんの、新校舎の生徒だけじゃん。

…なんて、口が裂けても言えないけど。

だって、別にこのお嬢様委員長が悪い訳じゃないし。

…で。

その委員長の指示で、俺達園芸委員の仕事が伝えられた。

新校舎の花壇や中庭に咲いてる、花の世話をするのが仕事なんだけど。

具体的な活動について、もっと詳細に仕事内容の説明がされた。

花の世話をするのは主に放課後で、水やりと草むしり、それから肥料をあげたり。

新しい花の苗を植えるのも、園芸委員の仕事だそうだ。

ガッツリ庭仕事だな…。いかにも面倒臭そうだ。

しかも、しばらくは放課後の活動だけだけど。

真夏の暑い時期になったら、朝早めに登校して、朝と放課後の二回、水やりをするそうだ。

たかが水やり…と思うかもしれないが、新校舎の花壇の数って、半端じゃないからさ。

一通り水をやるだけでも、結構大変だと思う。

多分俺の他にも、「面倒だな」と思っている生徒がいたことだろう。

しかし小花衣委員長は、そんな俺達の心の中を見透かしたように。

「お花は生き物です。生き物のお世話をするのは大変なことです。だから、皆さんで力を合わせて頑張りましょう」

にっこりと笑顔でそう言うものだから、こちらとしてはぐうの音も出ないって言うか。

どんな邪な考えも、お嬢様の包容力で全部浄化されていく気がする。

サボりたくねもサボれない雰囲気にしてくるの、ズルくね?

「それでは、それぞれの活動日を決めましょう。園芸委員二人ずつペアになって、決められた曜日に活動してもらいます」

と、小花衣委員長。

ペアで活動か…。一人で全部やるんじゃなくて、もう一人ペアを組んだ園芸委員と分担して、二人で水やりと草取りをするらしい。

そう思えば少しは楽だけど、問題は、ペアになった相手がサボらずに園芸委員の仕事をしてくれるかどうか、だよな。

乙無じゃないけど、正直者が馬鹿を見る時代だからな。

何だかんだ理由をつけて、すっぽかされたりして…。

そのときは、一緒になって俺もサボるよ。

適度に力を抜かないと、勉強、家事、おまけに委員会の仕事まで、全部やってられないもん。

え?不真面目だって?

勝手に言ってろ。俺は忙しいんだよ。

大体、どんなに頑張って花の世話をしても、俺達男子生徒は花を見る機会なんてないから。

そりゃおざなりになるのも、当然至極ってものだろう。
…と、思っていたのだが。

「一年間、私があなたのペアです。宜しくお願いしますね」

そう言って、俺に向かって、にこっ、と微笑みを浮かべるのは。

誰あろう、小花衣委員長その人である。

…まさか、委員長とペアを組まされるなんて。

サボろうとか思ってたけど、絶対無理。

今ここに、園芸委員の活動日、全回出席が約束された。

寄りによって、何で俺が園芸委員長とペアを組まされるのか。

「…えーっと。ペア割って…どうやって決めたんですか?」

我ながら上ずった声で、おずおずと委員長に尋ねた。

すると。

「?くじ引きです。何か問題がありましたか…?」

「…何もないです」

委員決めのあみだくじで貧乏くじを引き、今度はペア割りでも貧乏くじを引くとは。

今日の俺のくじ運、最悪の一言に尽きるな。

「決められたペア割りに従って、責任を持って活動に取り組みましょう。それでは、今日は解散になります」

委員長の号令のもと。

今日の園芸委員の委員会は、無事に終了した。

…無事って言えるのか?これ。

何だか、とんでもなく重い宿題を課せられた気分だ。

それも、一年間ずっとな。
翌日から、早速交代で園芸委員の仕事が始まった。

俺と小花衣委員長の活動日は、毎週水曜日に決まった。

委員会の翌日が水曜日だったので、今日から早速仕事だよ。

俺はこれから一年間、毎週水曜日の放課後に(夏の間は朝も)、庭仕事をしなきゃならなくなった訳だ。

…はぁ。自宅の庭の掃除でさえ面倒臭いって言うのに。

新校舎の花壇の世話なんて、ますますやる気出ない。

庭いじりが好きな人だったら楽しいかもしれないけど、俺は別に…ガーデニングには特に興味ないからな。

それでも、俺はまだマシなのだと思おう。

文化祭委員に決まって、魂が抜けてしまっている雛堂の、白目を剝いた顔。

あれを思い出すと、俺はまだ恵まれてる方だ。

なりたくもないのに、学級委員にさせられたクラスメイトだっているんだし。

皆不平不満はたくさんあるけど、厳正なあみだくじの結果なのだから仕方ない。

やりたくなくても、やらなきゃいけない。

乙無が一番の勝ち組だな。

しかも、俺の場合…。

「ごきげんよう」

「…どうも…」

園芸委員、委員長である小花衣先輩とペアを組んでいる以上。

責任を放棄してサボり…も許されない。

これから一年間、このふわふわお花畑お嬢様と一緒に、園芸委員の仕事をしなきゃならない。

…ごきげんようって挨拶されたら、何て返せば良いんだ?

俺もごきげんようって言うべきなのか?

お嬢様が言うと様になってるけど、俺みたいな凡人が言うと、ただただ滑稽なだけ。

「今日から一緒に、お花の世話を頑張りましょうね」

にこっ、と微笑む小花衣先輩。

「は、はい…」

「宜しくお願いしますね、えぇと…。お名前は何ておっしゃったかしら」

旧校舎一年の下っ端の名前なんて、いちいち覚えなくて良いですよ。

でも、聞かれてしまったら、答えない訳にはいかない。

「男子部一年の…星見悠理です」

「そう、悠理さんっておっしゃるのね」

抵抗なく下の名前で呼んでくるな。

「まだ一年生なんですね。道理で、見慣れないお顔だと思いました」

そもそも俺、男子部の生徒なんでね。

女子部とは校舎が違うんだから、お互い見慣れないのは当たり前だよ。

「それじゃ、悠理さん。活動を始めましょうか」

「は、はい…」

「まずは中庭から始めましょう」

にこにこと、微笑みを絶やさない小花衣先輩。

なんつーか、悪い人じゃないんだろうけど。

…やりにくいなぁ…。
 
同じお嬢様なのに、うちの寿々花さんとは全然違うよな。

むしろ、小花衣先輩の方が本物のお嬢様、って感じがする。

新校舎に通ってるってことは、実際お嬢様なんだろうけど。
広々としたパーゴラ付き中庭に到着し、早速水やりを始めた。

ちゃんと散水ホースがあって、それを使って、花壇に水をあげた。

凄いな、便利な道具があって。

さすが新校舎。素晴らしい設備。

これが旧校舎だったら、間違いなく、バケツに水を汲んで運んで、じょうろで水やりさせられるところだっただろうな。

まぁ、そもそも旧校舎に花壇はないから、その必要もないけど。

そして、水やりをしている間。

「このお花はラ・フランスといって、モダンローズの代表的な種類なんですよ」

「あ、そうですか…」

「こちらに咲いているのはオールドローズの一種で、ジャックカルティエと言うんです」

「…はい…」

「オールドローズは香りが強い品種が多くて、こんな風に花びらが折り重なってるのが特徴なんです。上品で素敵だと思いませんか?」

「…そうですね…」

「それから、こちらに咲いているのがツツジで…。外国ではアザレアと呼ばれてるんですけど、ツツジと呼ぶ方が可愛らしいと思いません?」

「…はぁ…」

ずっと、楽しそうに花のうんちくを語ってくれてる。

さすが、園芸委員の委員長を務めるだけのことはある。

花に対する造詣が深い。

折角うんちくを披露してくれてるのに、気の利いた返事が出来ない自分が情けない。

花のことはよく知らないんだよ。

俺がまともに花を育てたのは、小学校低学年のとき植えた朝顔が最後だったな。

そうだというのに。

「悠理さん、お花が好きなんですか?」

にっこりと微笑んで、小花衣委員長がそう聞いてきた。

「え、な、何でですか?」

「だって、男性なのに、園芸委員に立候補されるくらいですから。さぞやお花が好きでいらっしゃるんだろうと思って」
 
「…」

何か誤解しているようだが。

俺は別に、自分から望んで園芸委員に立候補した訳じゃない。

男子部はひとクラスの人数が少ないから、誰もが何かしらの委員にならなきゃいけないんだよ。

それであみだくじを引いて、たまたま俺が園芸委員を引き当ててしまったから、今ここにいるのであって…。

何も、ガーデニングが好きだから園芸委員に立候補した訳ではない。

…のだが、その辺の事情を小花衣先輩に説明するのは、何となく憚られた。

こんな楽しそうに花のうんちくを喋ってる人に、「いえ、花に興味はありません」なんて言えないじゃないか。

「えーっと…好きって言うか…その、ガーデニングに興味があって」

俺はしどろもどろになりながら、思ってもないことを口にした。

嘘です。全然興味はありません。

しかし。

「まぁ、そうなんですか。それは良かった。私も、お花の世話をするのは大好きなんです」

「…」

「お花が大好きな方とペアを組むことが出来て、嬉しいです。楽しい一年になりそうですね」

「…そうですね」

小花衣先輩があまりに嬉しそうだから、とても本当のことなんて言えなかった。

ある意味、誘導尋問じゃね?
それどころか、俺がガーデニングに興味があると聞いて、気を良くしたのか。

「お花は良いですよね。見ているだけで、こんなに幸せな気持ちになるんですから」

花に対する熱い思いを、嬉しそうに語ってくれた。

幸せな気持ち…とまでは行かなくとも。

まぁ、人間、綺麗な花に囲まれていると、悪いことは出来ないって言うもんな。

「植えて育てて、見て楽しむも良し。切り花にして誰かにプレゼントしても良いですよね」

…プレゼント?

花束のプレゼントってことか?

…ちょっと、それは盲点だったかもしれない。

「花をプレゼントに…ですか」

「えぇ。誰でも、お花をもらったら気持ちが豊かになるでしょう?華やかで綺麗で、素敵な香りがして…」

「…」

いかにも、お嬢様って感じだな。

「プレゼントには最適ですよ。悠理さんも、どなたかに花束をプレゼントしてみてはどうですか?」

「花束を…」

その手があったか…。

寿々花さんへのプレゼント、ずっと悩んでたんだけど…。

花という選択肢も、なきにしもあらず…か?

「やっぱり、小花衣先輩くらいの歳の女性は、花をプレゼントしてもらったら嬉しいものなんですか?」

ここぞとばかりに、俺は小花衣先輩に意見を求めることにした。

全然タイプは違うけど、小花衣先輩と寿々花さんは同級生で、二人共女性だ。

俺には分からない、女性の気持ちが分かるかも。

「勿論、嬉しいですよ。お花をプレゼントされて、嬉しくない人なんていませんよ」

「…そうですか…」

祝い事に花束をプレゼント…っていうのは、一応定番ではある…か?

俺のイメージとしては、表彰されたときや、卒業するときにもらってる…ような。

誕生日プレゼントに花束って、一般的なんだろうか。

「どなたか、お花を渡したい人がいらっしゃるんですね?」

「え、あ、いや…」

「ふふ、隠さなくても分かりますよ。お母様ですか?お姉様ですか?悠理さんにお花をプレゼントしてもらったら、きっと喜ぶでしょうね」

あなたの同級生です、とも言えず。

俺は、曖昧に頷いて誤魔化した。

「え、えぇと…。どんな花をプレゼントするのが一般的なんですか?」

「そうですね…。好みもありますけど、やはり、その人が好きな色と香りで選ぶのが良いと思いますよ」

色はともかく…香り?

花の香りなんて…ろくに嗅いだことないから分からないんだが…。

「好きな色…は、緑だって言ってたような…」

「緑色のお花ですか。それは珍しいですね」

だよな?

緑色の花なんて、全然思いつかない。

葉っぱの色じゃん。

大抵はピンクとか、赤とか…白とかさ。

「でも、プレゼントに一番大切なことは、悠理さんの『喜んでもらいたい』という気持ちだと思いますよ」

「…」

気持ち…ねぇ。

ありきたりな言葉ではあるが…。

「こうしてたくさん悩んで、その人の為に色々と考えて…。その結果選んだものなら、どんなものでも、きっと悠理さんの心は伝わるはずです」

「どんなものでも…」

「えぇ。ですから、自信を持って選んでください。きっと、喜んでくれますよ」

…そうか。
 
何だか、大事なことを教えてもらった気がするよ。
俺がたくさん悩んで考えた結果なら、何でも喜んでくれるはず…か。

ありきたりな言葉だけど、実際そうなんだろうな。

俺、あれこれ姑息なこと考え過ぎてたのかもな。

寿々花さんに喜んでもらいたいなら、それほど難しく考える必要はないのかも。

俺には、寿々花さんくらいの歳の女の子が、どんなものを欲しがってるのか分からないし。

生まれてこの方、まともに誕生日を祝ってもらったことのない寿々花さんが。

初めての誕生日祝いで、何を求めているのかも分からない。

寿々花さんの思う「誕生日プレゼント」のイメージと、俺の思うそれとは、大きな相違がありそうな気がする。

よって。

下手に俺の判断でプレゼントを選んで、寿々花さんを失望させるより。

寿々花さんに、どんなものが欲しいか…せめて、どういうものが欲しいのか、聞いてみようと思った。

装飾品が良いのかとか、食べ物が良いのかとか。

それこそ、小花衣先輩が言ってた…花束とかさ。

選択肢をいくつかに絞ってくれたら、俺も選びやすいというものだ。

そこで。

「なぁ、寿々花さん。誕生日プレゼントのことなんだけど」

「うん。なーに?」

「何か欲しいものはあるか?」

回りくどい質問はなし。

ストレートど直球で、聞きたいことを聞いた。

すると。

「うーん、そうだな…」

しばし考えて、結局出てきたのは。

「シャボン玉かな」

「…」

…予想の斜め上。
 
いや、むしろ予想の斜め下の回答が飛び出してきた。

な?だから本人に聞いて正解だったんだよ。

何が欲しいか尋ねて、シャボン玉だと答える女子高生が、寿々花さんを除いて存在するか?

俺の自己判断で選ばなくて、本当に良かった。

「シャボン玉…っていうのは、何かの比喩か…?」

そんな名前のブランド品があるとか?そういうことじゃないよな?

俺の思ってる、あのシャボン玉だよな?

「…?シャボン玉だよ。悠理君、シャボン玉知らないの?ふーってやったらふわふわの泡が出るの」

知ってるよ。

やっぱり、俺の思ってるあのシャボン玉のことだな?

…今日日、幼稚園児でもシャボン玉では遊ばないのでは?

つーか、スーパーで百円じゃん。

安っ…。あんたはそれで満足なのかよ。

「何でシャボン玉…?」

「やったことないから、やってみたいの。ふわふわして面白いのかなぁって」

「あ、そう…」

小さい子ならまだしも、高校生にもなってシャボン玉…は、つまらないと思うんだけど。

憧れいっぱい、期待いっぱいの表情でこちらを見るものだから。

シャボン玉はやめとけよ、とはとても言えなかった。
「分かったよ。シャボン玉な」

「!良いの?買ってくれるの?」

「良いよ…」

「やったー」

シャボン玉で喜ぶ女子高生、寿々花さん。

お嬢様ってこんなもんなの?小花衣先輩の印象とは全然違い過ぎてて。

気持ちが一番…とか言ってたけど、気持ちさえこもってれば何でも良い訳じゃないからな。

小花衣先輩も、まさかプレゼント渡す相手がシャボン玉で喜ぶとは思ってないだろうなぁ。

「他にないのか?欲しいもの…」

「え?うーん…。ケーキが欲しいな。誕生日ケーキ」

それは言わなくても用意するって。

「あのね、出来ればね、ちっちゃい三角のケーキじゃなくて、おっきい丸いのが良いの」

と、期待に満ちた表情で要求。

あー、はいはい成程。

カットケーキじゃなくて、ホールのデコレーションケーキが良い、ってことね。

誕生日ケーキと言えば、やっぱりホールケーキだよな。

それにろうそくを立てたら、完璧。

「分かった、分かった。白いケーキな?」

「うん。いちごが乗ってる奴」

やっぱりデコレーションケーキのことだな。

「思いっきり、がぶって齧りついてみたい」

顔が生クリームだらけになるから、やめとけ。

小学校低学年並みの願望だな。

「他にリクエストは?何か食べたいものとか…」

寿司でもステーキでも、この際だから寿々花さんの好きなものを何でも…と、思ったが。

「悠理君のオムライスが良い」

とのこと。

あんた、どんだけ俺のオムライス好きなんだよ。

いや、嬉しいけどさ。嬉しいけど…そうじゃないだろ。

「…他に何かないのか?」

「何かって?…あ、そうだ。オムライスに旗が立ってたらもっと嬉しい」

お子様ランチかよ。

「たまには、オムライスじゃなくてさ…。もっと高いものや、手の込んだものをリクエストしても良いんだぞ」

「高いもの…?めるちゃん製麺黄金醤油味とか?」

「いや、カップ麺の話じゃなくてさ…」

そんな味があるの?黄金醤油…どんな味なんだろうな。

それはともかく。

折角の誕生日なんだから、カップ麺でお祝いするのは味気ないだろ。

「他に好きな食べ物は?オムライスとカップ麺以外で」

「えっ。それは難しい質問だな…。…朝食べてる悠理君のお漬物かな?」

「…やっす…」

旗を立てたオムライスに、自家製の糠床で漬けた糠漬けが好物とは。

作ってる俺としては嬉しいことなんだろうが、好きな食べ物があまりに貧相で、とてもお嬢様とは思えない。

オムライス専門店のオムライスが好きなんじゃなくて、俺の下手くそ手作りオムライスが好物だって言うんだもんな。
 
もっと他にあるだろ、何か。

…まぁ良いや。当日までに、俺ももうちょっと考えておくよ。

「何かリクエストが思いついたら、早めに教えてくれよ?」

「うん、分かったー」

…分かったと言いつつも、多分、寿々花さんの口から気の利いたリクエストは出てこないだろうなぁ。

面倒な注文をつけられるよりは遥かにマシ…なのだが。

あんまり簡単な注文ばかりだと、逆にやる気が出ないって言うか…。
…ところで。

誕生日のことは置いておくとして。

「あぁ、そうだ。寿々花さん、俺今度から毎週水曜日は、帰りがちょっと遅くなるから」

これを伝えておかないとな。

「?何で?」

「園芸委員の仕事があってな」

「園芸?悠理君、お花育てるの好きなの?」

それは誤解だ。

やりたくてやってんじゃないんだよ。あみだくじの結果だ。

「そうじゃないけど…。…寿々花さんは何委員やってんだ?」

「何もやってないよ?」

あ、そう…。

羨ましい限りだ。

女子部はひとクラスの人数が多いから、委員会活動が強制じゃないんだろう。

やりたい人だけやって、寿々花さんみたいに、やりたくない人は何の委員になる必要もない。

俺もそうだったら良かったのに。

「園芸委員に立候補するなんて、悠理君、ガーデニング男子なんだね」

「…立候補したんじゃないけどな…」

おまけに、不運なペア割りで、よりにもよって委員長と組まされてしまったから。

サボろうにもサボれないよ。