アンハッピー・ウエディング〜前編〜

…ちなみに。

やっぱり放っておけなかったから、電子レンジはその日のうちに掃除した。

飛び散った食べ物の残骸とか、原型を留めてない謎の破片(?)を全部片付け。

壊れてなかったら良いなぁと思いながら、試しに温めボタンを押してみたところ。

聞いたことのない異音がして、それでもちゃんと動いたので、もうこれで良しとするよ。

気にしたら負けってことで。そうしよう。



――――――雛堂と乙無の三人で、食べ歩きに行った翌日。

昨日大量のにんにくを食べたせいで、胃腸に異常を来すかと思われたが。

かろうじて、大丈夫だったようだ。

若いって素晴らしい。

でも、やっぱり部屋の中、家の中がにんにく臭かった。

一種のバイオテロだろ、俺…。

匂い消し…になるか分からないけど、牛乳飲んどこ…。

…さて、それはそれとしてゴールデンウィーク三日目。

この日俺は、朝から家事に勤しんでいた。

今朝は寿々花さんが起きてくるのが遅かったので、一人で集中して家事が出来たよ。

…それは良いんだけど。

朝飯用意しておいたのに、なかなか起きてこないせいで、そのまま昼になってしまった。

結局寿々花さんが起きてきたのは、正午の十分前くらい。

「悠理君、おはよー…」 

「おはようって、あんた…もう昼だぞ」

こんにちは、の時間だからな。

家事に集中出来たのは良かったけど、もうちょっと早く起きてこいよ。

いかにゴールデンウィークと言えど。

だらだらする癖をつけたら、五月病の元だぞ。

「もっと早く起きようと思ったんだよ。でも、昨日見た夢が凄く長くて」

「夢?夢を見てたのか」

「うん。面白い夢だったんだよ」

面白い夢…ねぇ。羨ましいことだ。
 
俺が昨日見た夢、教えてやろうか?

ラーメンのスープの海に溺れてたところに、上から大量の巨大なにんにく爆弾が襲ってきてさ。

スープの海を泳ぎながら、必死ににんにく爆弾から逃げてる夢だった。
 
悪夢だよ。絶対。

「どんな夢だったのか聞いてくれる?」

「どうぞ」

そう言いながら、俺は寿々花さんの朝飯を用意した…って、言うか。

もうお昼だから、昼飯だな。

このまま、ちょっと品数を増やしてお昼ご飯にリメイクしよう。

「えーっと、10人ちょっとのクラスメイトの皆で、絶海の孤島に取り残されたの」

「すげーな…。もうその時点で、事件の香りがぷんぷんしてるよ」

漫画や映画でよくありそうなシチュエーション。

あるか?普通。絶海の孤島に取り残されるなんて状況が。

「で、そこでサバイバル生活が始まる訳か…」

「ううん。その島には、おっきな古い館があって、その館に閉じ込められて…」

「…密室殺人事件が起きるんだな?」

いかにも、って感じのシチュエーション。

犯人はこの中にいる…!みたいな。

一番最初に殺されるのは、クラスで一番地味で目立たないタイプの生徒でさ。

次に殺されるのは、「俺はもう付き合ってられん!帰る!」とか言ってフラグを立てる、そこそこリーダー格の生徒で…。

主人公と相方のヒロインは、「君だけは俺が守る」とか言って感動的なロマンスが、

「人面魚に食べられて死んじゃったんだー」

…突然出てきた人面魚。

なんか、俺の思ってた展開と違うぞ。
「あとは、クラスメイトが時計になっちゃったり…。くるくる踊ったり…」

時計…踊る?

俺の予想していたサスペンス映画の展開とは、全然違うんだけど。
 
最近のサスペンス映画って、人面魚出てくんの?

「その後、ちっちゃい部屋に閉じ込められて…皆いなくなった」

「人面魚に食べられて…?」
 
「そしたら二回目が始まって、色んなヒントに助けられながら、今度は誰も死なずに生きて帰れたんだよ」

…あ、そう。

よく分からないけど、それって楽しそうに語る夢なのか?

悪夢じゃね?

ラーメン海でにんにく爆弾に襲われた俺に、負けず劣らずの悪夢じゃね?

よくへらへらしていられるな…?

「夢見悪いんじゃねぇの?大丈夫なのか」

「うん。この程度の夢はいつものことだから。大丈夫」

「そうか…」

そういや、寿々花さんってよく、夢の話してくれるよな。

夢の内容を毎回詳細に覚えてるの、凄いと思う。

色んな夢を見ていて羨ましい。

…あ、そうだ。

「寿々花さん、今日はこれから何か予定あるのか?」

「ほぇ?」
 
「出掛ける予定とか…」

「そうだなー。この後はまず、悠理君の美味しいご飯を食べて…」
 
うん。

「もう一回お昼寝して、昨日の夢の続きを見ようかな」

…また寝るの?昼まで寝てたのに?

春眠暁を覚えずとは言うが、暦上もう夏だぞ。

つーか、そんな都合良く夢の続きを見られるものなのか?

「ふーん、そうか…」

「悠理君は何をするの?またお出掛け?」

「いや、出掛ける予定はないよ」
 
今日は買い物にも行かない。昨日のうちに、今日の分も買ってきたし…。

折角だから、昨日レンタルビデオ店で借りてきたDVD、観ようかと思って。

寿々花さんも、暇なら一緒に観るかなと思ったんだ。

まぁ、寿々花さんがホラー映画大丈夫なら、という前提付きなんだが。

「寿々花さん、あんたホラー映画って観たことあるか?」
 
「ほぇ?ほらー?」

「怖い映画だよ。昨日、友達に勧められて…怖い映画のDVD、何本か借りてきたんだ」

そう説明すると、寿々花さんは興味を惹かれたらしく。 

ちょこちょことこちらにやって来て、俺が手元に持っていた、レンタルDVDのパッケージを見下ろした。
 
雛堂が勧めてきたゾンビ映画と、例の『冷蔵庫の中』っていうホラー映画と。  

あと、雛堂イチオシの『オシイレノタタリ』っていう映画。この三作である。

この中だと、ゾンビが一番怖そうだよな。

冷蔵庫や押し入れから何が出てきたとしても、全然怖いと思えないもん。

特に冷蔵庫。

非常におどろおどろしいパッケージだが、寿々花さんは特にびっくりするようなこともなく。

「これ、観るの?映画なの?」

と、聞いてきた。

「映画だよ。怖い映画」

「でも、うちは映画館じゃないのに、映画観られるの?」

「これはDVDって言ってな…。家庭用のテレビでも再生出来るんだよ」

「おー、凄い。おうちが映画館になるんだね」

さすがに、映画館よりは遥かに画面が小さいけどな。

この様子だと、この箱入りお嬢様。

家でレンタル映画なんて、観たことないらしいな。

かく言う俺も、そんな経験はほとんどないから人のこと言えないけど。
とはいえ。

寿々花さんの夢も、映画に負けず劣らずエンターテイメントだからな。

「昼寝したいって言うなら、それでも良いよ。俺一人で観るから…」

と、俺が言うと。

寿々花さんは首が取れそうな勢いで、ぶんぶんと首を横に振った。

嫌なんだって。

「悠理君と一緒に観る」

「良いのか?これ…俺もよく知らないけど、怖い映画なんだってよ。大丈夫か?」

「うん、平気ー」

…本当に大丈夫なんだよな?

途中で怖がって泣き出したりしないよな?

…まぁ、そのときは途中で再生をやめれば良いだけの話だ。

とりあえず、一緒に観てみようか。

「どれが一番怖いの?」

さぁ、どれだろうな。

ってか、一番怖い奴から観るつもりなのか?大丈夫か。

「多分…このゾンビじゃないか?」

「ゾンビかー。ゾンビって面白いよね」

何が?

ともかく、寿々花さんも乗り気なことだし。 

それじゃあゾンビ映画から観るか。

…その前に。

「先に、昼飯を済ませてからな。コーラとポップコーン摘みながら観ようぜ」

「悠理君、私炭酸ジュース飲めない」

「…」

仕方ない。

寿々花さんが昼飯食べてる間に、コンビニで飲み物買ってくるよ。

炭酸じゃないジュース…オレンジジュースでいっか。
およそ一時間後。

食器を片付け、テーブルの上を拭き。

俺のコーラのグラスと、寿々花さんのオレンジジュースのグラスを用意し。
 
ポップコーンと、さっきコンビニでついでに買ってきたおやつをいくつか準備。

カーテンを閉めて、電気を消した。

ホラー映画を観るときは、必ずこうして観るべし、って雛堂が言ってたんだよ。

確かにこうすると、ちょっと映画館っぽい雰囲気出るかも。

「おぉー。本格的だ」

寿々花さんもわくわく。

乗り気なようで何より。

それじゃ、早速ゾンビ映画から始めるか…。

「ヤバいと思ったら言ってくれよ。すぐ再生止めるから」

「早く早く、悠理君。ゾンビ観よー」

…大丈夫そうだな。今のところ。
 
ゾンビにわくわくしてる女子高生は、あんたくらいだろうよ。

俺は、借りてきたゾンビ映画のDVDをテレビに入れて、再生ボタンを押し。

ソファに座って、ゾンビ映画鑑賞会を始めた。
…映画が始まって、およそ2時間。

俺と寿々花さんは、並んで映画を観ていた。

クライマックスに差しかかったテレビ画面の中は、阿鼻叫喚の様相を呈していた。

『に、逃げろ、逃げるんだ!奴らがもうそこまで…うわぁぁ!』

『いやぁぁぁ!あなた!あなたぁぁぁ!』

『あいつはもう駄目だ。早く逃げろ!』

『助けて!誰か助けてぇぇ!』

襲いかかるゾンビ集団に、逃げ惑う主人公一行。

…ふーん…。

「ゾンビさん、頑張れー」

俺の横で、寿々花さんがわくわくと呟いていた。

ヒーロー物のアニメ映画を観ながら、主人公のヒーローを応援するちびっ子のごとく。

応援するの、ゾンビ側なのか?

映画が始まって2時間、寿々花さんは特に怖がっている様子はなさそうだ。

むしろ、こうしてゾンビを応援してるくらいだから。

意外なことに、多少のホラー耐性はあるようだな。

…つーか、この映画じゃあ、怖がらないのも道理って感じだけど。

もっと怖いのかなと思ってたけど、そうでもなかった。

確かに、ゾンビのデザインは凄くリアルで、初見だとめっちゃ気持ち悪いんだけど。

物語が進むに連れて、何度もゾンビを見せられて、段々慣れてきたって言うか…。

パニックホラーって言うの?主人公達がパニックに陥って騒いでるのが、なんつーか、しらけるって言うか。

そりゃ誰だって、ゾンビに襲われたらパニックになると思うけどさ。

ゾンビを見る度に、大袈裟な金切り声で悲鳴をあげたり。

ゾンビから逃げてる癖に、行き止まりの部屋に逃げ込んで自分から追い詰められてみたり。

逃げる途中に仲間が転んで、「お前は先に行け!」「お前を置いていけるかよ!」みたいなありきたりなやり取りをして、結局二人共捕まったり。
 
なんか、こう…色んな「ホラー映画あるある」が、随所に散りばめられていて。

初めて見るはずのに、何処かで見たような展開だなぁ、と思わせてくる。

それはそれで、ホラー映画の鉄板シチュエーションを押さえていて。

確かに、初心者におすすめのゾンビ映画と言えなくもないが…。

「あ、エンドロールだ…」

終わっちゃったよ。

もうちょっと…一捻りあるかなと期待したんだけど。

呆気ないほど何もなかった。

何だ、こんなものか…。

パニックホラー映画…俺はあんまり刺さらなかったぞ。

しかし。

「これ面白かったね、悠理君」

寿々花さんは大満足のご様子。

面白かったのか、これ。あんたの昨日の夢の方が怖そうだけど。

「そうか?」

「うん。ゾンビがお墓の下から出てくるところとか…」

あぁ、確かにあのシーンは迫力があって、ちょっと怖かったけど…。

「ゾンビがぐわーって叫ぶところとか、凄かったー」

俺はいまいち刺さらなかったけど、寿々花さんは面白かったらしい。

怖かったって言うか…ゾンビが興味深かったって感じだけど。

寿々花さんだけでも楽しめて良かった。二人してしらけてたら、借りてきた意味がないからな。
そういえば、俺…ホラー映画を観るの、これが初めてだったんだよな。

ホラー映画って、もっと怖いものだと思ってたよ。

わざわざ映画館まで行って、怖い思いをしたがるなんて…気が知れなかった。

意外と大したことないんだな。

これなら、動画サイトで心霊動画を見る方が怖いんじゃないの?

見たことないから、よく知らないけど。

とにかく、ゾンビ映画は大したことなかった。

何だ。これを怖がるなんて、雛堂って案外ビビりなのかもな。

物語中盤で退屈して、思わずポップコーンを摘まむ手が早くなってしまったくらいだ。

「さて…この後はどうする?」

ゾンビ映画は観終わったけど。

借りてきた映画は、あと二本残っている。

って言っても…押し入れと冷蔵庫だもんなぁ。

「こっちの映画も観てみようよ」

寿々花さんは、押し入れと冷蔵庫の映画を指差した。

うん、そっちなぁ…。

「でも、そっちは多分…そんなに怖くないと思うぞ」

一番怖いだろうと思われていたゾンビ映画でも、この程度だろ?

こっちの押し入れと冷蔵庫は、見るからに怖くなさそう。

さっきのゾンビより、もっとつまらないんじゃねぇの。
 
つまらない映画を2時間もかけて観ることほど、退屈なものはない。

「それは分からないよ?観てみたら、意外と怖いかも…」

「いやぁ、ねぇわ…。何が出てきたとしても、所詮押し入れ。所詮冷蔵庫…」

「…じゃあ、観ないの?」

観ないとまでは言ってねぇよ。

興味がなくても、折角借りてきたんだし…。

俺はともかく、寿々花さんは結構乗り気だしな。

時間ならあるし、下手に断って「それじゃあおままごとしよ」とか言われたら困るし。

おままごとに付き合うくらいなら、つまらない映画を眺めながら、コーラでも飲んでた方がマシだろう。
 
「いや、観てみよう。どっちから観る?」

「どっちが怖いの?」

「どっちも怖くなさそうだけど…。強いて言うなら、押し入れの方がまだ怖そうだな」

ってことで、『オシイレノタタリ』から観ようか。 

俺はDVDを入れ直して、再生ボタンを押した。



…思えば、このとき押し入れを舐め腐っていた俺が、愚かだったのかもしれない。
再生開始から、およそ二時間後。

そのときの俺はと言うと、テレビの画面の前で固まっていた。

…さっきからエンドロールが流れてるけど、エンドロールを楽しむどころじゃない。

正直に言おう。俺は雛堂おすすめのホラー映画を舐めていた。

押し入れから何が出てきたところで、所詮押し入れだとたかを括っていた。

まさか、押し入れからあんなモノが出てくるなんて…。

俺、もう家の押し入れ開けられないよ。

舐め腐って再生を始め、ヤバい気配を感じ始めたのは、映画開始15分程度のことだった。

「あれ?もしかしてこの映画思ったよりヤバいんじゃね?」と内心危機感を感じていたのだが。

あれだけ舐めていたのに、寿々花さんのいる手前。

まさか今更、「やっぱり怖そうだから観るのやめよう」とは言い出せず。

内心、悲鳴を上げそうになるのを必死に堪えていた。

途中からもう、画面見るのやめた。ちょっと視線を逸らして、テレビの後ろのカレンダーを見てた。

我ながら、最高に情けない。

しかも。

「ふー。面白かったね、悠理君」

ビビりまくっている俺とは正反対に。

寿々花さんは、キラキラした目でこちらを振り向いた。

…めちゃくちゃ楽しんでいらっしゃる。

そうか…寿々花さんはホラー…大丈夫な人だったか…。

凄くなんか、こう…負けた気分。

女の子の寿々花さんがこれほど余裕綽々なのに、男である俺がビビリまくるってどういうことだよ。

情けないにも程がある…けど、怖いものは怖い。

部屋の中を暗くしたせいもあって、怖さに拍車がかかっている。

カーテン、開けたままにしておくべきだった。

それなのに、寿々花さんは。

「うちの押し入れにも、あれ出てこないかなー」

「ちょ、ちょっと待て。やめろ」

徐ろに押し入れを開けようとするんじゃない。

出てきたらどうするんだよ。

冷静に考えたら、あんなのただのフィクションだと分かるはずなのに。

今だけは、到底押し入れを開けられそうになかった。

何なら、家の中にある引き戸、全部怖い。

どうしてくれるんだ。しばらくトラウマになりそう。

最初に観たソンビ映画の、20倍は怖かったよ。

俺のメンタル…俺のメンタルは、ゴリゴリに削られていた。

しかし。

「こっちも観ようよ、悠理君。これシリーズなんでしょ?」

あろうことか寿々花さんは、三本目の『冷蔵庫の中』を視聴することを要求。

おい、マジかよ。

一日に三本も映画観るって、本気か。

しかも…三本目の映画は、雛堂おすすめの『冷蔵庫の中』。

ふざけたタイトルだと馬鹿にしていたが、この映画、さっき観た『オシイレノタタリ』のシリーズ物なんだって。

絶対怖いに決まってる。

今度は何が出てくるんだよ。冷蔵庫の中から。

さっきの『オシイレノタタリ』を観るに…絶対ろくでもないものが出てくるに決まってる。
どうする?俺…。このまま三本目も観るか?

トラウマが増えそうで怖いんだよ。

押し入れに加えて、冷蔵庫まで開けられなくなりそう。 

くそっ。たかが押し入れと冷蔵庫、なんて馬鹿にしてた奴、誰だっけ?ぶっ飛ばしてやるよそんな奴。

…俺だよ。

心の中で一人ノリツッコミをして、そのあまりの下らなさに溜め息が出そうになった。

一方寿々花さんは、そんな俺の内心の葛藤など知る由もなく。

「こっちも観よーっと」 

早速、『冷蔵庫の中』を視聴しようとしている。

ちょ、ちょ、ちょっと待て。早まるな。

俺のライフはもうゼロよ。

「ちょ、寿々花さんちょっと待って」

「え、何で?」

「何でって、その…。…怖くないのか?」

「何が?冷蔵庫?」

「…うん、冷蔵庫」

冷蔵庫が怖いって、一体何の会話をしてるんだよ俺達は。

「今度はどんな子が出てくるのかなぁって、楽しみだよ」

うきうきしながらそう言われた。

…そんな、新しいお友達みたいな…。

「早く観よー」

「ちょっ…まっ…。そう、そろそろ時間…結構良い時間だからさ、もう」

何せ、昼から立て続けに映画二本も観てるから。

日が暮れかけてるんだよ、もう。

夕飯作らなきゃいけないからな、そろそろ。洗濯物も取り込まないと。

「せめて明日に。もう良い時間だから、続きは明日に…」

「じゃ、再生始めるねー」

「おい。何なんだよその行動力…!?」

いつもなら、「そっかー」って納得するところだろ?

何があんたを冷蔵庫の中に突き動かしてるんだよ。

楽しいのか?そんなに面白かったのか?ホラー映画。

あんなにそんな趣味があったとは。知らなかったよ。

ところで、俺離脱して良い?

一刻も早く、この自宅ホラー映画館から逃げたい。

しかし、そうは行かなかった。

「あっ、始まったよ。楽しみだね、悠理君」

キラキラした目で、そんな風に言われたら。

俺だけビビって、逃げ出す訳にはいかないじゃないか。

「…そうだな」

俺は仕方なく、掠れた声でそう呟いた。

諦めろ。俺はもう逃げられない。冷蔵庫の中からな。

でもさ、ほら。まだ希望を捨てるべきじゃないかもしれない。

同じ製作者で同じシリーズだからって、怖さも同じとは限らないじゃないか。

シリーズ一作目は面白かったのに、続編になるとつまらなかった、なんて映画はよくあるだろ?

それと同じでさ。

『オシイレノタタリ』は怖かったけど、こっちの『冷蔵庫の中』はそうでもない…みたいな。

その可能性が、まだ残ってるかもしれないじゃないか。

そう、きっとそうに違いない。

大体、冷蔵庫の中だぜ?何があるんだよ、冷蔵庫の中に。

牛乳や味噌や卵の隙間から、幽霊っぽいものが出てくる間抜けな姿を想像して。

よし、これなら大丈夫そうだと、自分に言い聞かせた。

…の、だが。



そんな俺の余裕は、案の定、一時間と持たずに撃沈した。