アンハッピー・ウエディング〜前編〜

「よー、星見の兄さんじゃないか。何やってんのこんなところで」

「雛堂…」

こんなところで遭遇するとは。

あんたの方こそ、こんなところで何やってんだ。

「ん?そのカップ…。もしかして、『メルヘン・スイート』のアイス食べに来たの?」

雛堂は、俺の持っているアイスクリームのカップを目ざとく見つけて、そう聞いてきた。

「リッチだなぁ。あのアイス屋、有名だけど…いっつも人が多いから、なかなか食べに行けないんだよなー」

やっぱり有名なんだ、さっきの店。

道理で人が多い訳だよ。

「これを食べに来たって言うか…。買い物ついでに寄っただけだよ」

「買い物?…一人で?」

「…いや、その…」

まさか、一緒に暮らしてる無月院家のお嬢様と一緒にショッピングです、とも言えず。

「つーか、すげー荷物だな。やけにデカいけど…何それ?玩具…?」

雛堂の視線は、俺が抱えているおままごとセットに注がれていた。

ぎくっ。

「あ、もしかしてそれ、あれか。例の、星見の兄さんの可愛い妹ちゃんへのプレゼントだな?」

妹どころか、これを買ったのは俺達より年上だぞ。

でも、やっぱり本当なことは言えないので。

「まぁ…うん、そんなところだ…」

適当に頷いておくしかなかった。

「へぇー。わざわざデパートに玩具買いに来るなんて、星見のお兄さんは良いお兄ちゃんだなぁ」

妹どころか、俺一人っ子だけどな。

いつの間にか…俺に姉妹がいる設定が出来上がってしまっている。

何とか話を逸らさないと不味いぞ。

何よりヤバいのは、そろそろ手を洗った寿々花さんが戻ってきて、雛堂と鉢合わせしてしまうことである。

そうなったら、もう、説明するのが非常に面倒臭い。

面倒臭いなんてものじゃないレベルで面倒臭い。

早く去ってくれ。頼むから。

「そ、それより雛堂は何を買いに来たんだよ?」

「自分?自分はお使いだよ。チビ共のノートとか鉛筆とか買いに来た」

と言って、雛堂は買ったばかりの文房具を入れた買い物袋を掲げて見せてくれた。

買い物袋の中には、新品のノートが十冊くらい…と、新品の鉛筆が五ダースほど。

何だか、多くね?

そんなに使うか?ノートと鉛筆…。

それに、チビ共って…?

何のことかよく分からないが、詳しく聞いている余裕はない。

寿々花さんが戻ってくる前に、雛堂と別れなくては。

「暇そうだからって、高校生をパシリに使うなんてあんまりだよ。なぁ?」

「そ、そうだな…」

「折角だから、自分も『メルヘン・スイート』でアイス食べてこよっかなー。並ぶのダルいけど…」

分かった、分かったから。

早く去ってくれ。頼む。

「い、行くなら急いで行った方が良いぞ。今、丁度人が少なくなってたから」

「え、マジ?」

勿論嘘である。

ちゃんと大行列だったよ。

「それなら、ちょっと行ってみるわ。じゃあ、また週明けに学校でなー」

「あ、あぁ…。また月曜にな」

買い物袋をぶらぶらさせながら、雛堂は手を振って去っていった。

…何とか、上手く躱せたようだ。
…雛堂が去った、その直後。

「悠理くーん。手、洗ったよー」

寿々花さんが戻ってきた。

危なっ…。紙一重じゃないか。

「ちゃんと綺麗になったよ」

「そ、そうか…」

でも、雛堂がこのショッピングセンター内にいる限り、また鉢合わせする危険がある。

買い物も終わったし、甘いものも食べたし、早いところ撤収した方が身の為だな。

「そろそろ帰ろうぜ。もう良い時間だし…」

「うん、分かったー」

寿々花さんの聞き分けが良くて助かった。

雛堂に見つかる前に、俺は寿々花さんを連れ、急いでショッピングセンターを後にした。







…その日家に帰ってから、夜遅くまでおままごと遊びに付き合わされたことは、言うまでもない。




…この春、新しい我が家となった家にやって来て。

4月から聖青薔薇学園に通い始め、数週間が経過した。

環境の変化に、なかなか慣れないことも多かったが…少しずつ、新しい生活にも順応してきた。

…だが、慣れないことも勿論、まだたくさんある。



…例えば。


「なぁ。冷静に考えたらおかしくね?」

この間ショッピングセンターで会ったとき、何とか誤魔化しきった雛堂が。

掃除用具を手に、ふと手を止めた。


「…どうしたよ?」

手を止めるなよ。終わらないだろ。

ただでさえ、掃除するところはたくさんあるのに。

「自分ら、何で掃除なんかしてんの?」

雛堂が首を傾げた。

何でって言われても…。

「掃除の時間だからに決まってるじゃないですか」

俺の代わりに答えてくれたのは、雑巾で窓を拭いている乙無だった。

邪神の眷属(笑)でも、掃除は真面目にするんだな。

…それはさておき。

「乙無の言う通りだ。掃除の時間なんだから、掃除するのは当たり前だろ」

「そうじゃねぇ。自分が言いたいのはそういうことじゃねぇんだよ」

真面目な顔で、雛堂がそう言った。

…じゃあ、何だよ。

「学校に掃除の時間があるのは、当たり前だと思うんだよ。それは納得してんの。小学校の時もあったし、中学の時もあったし、何なら自分の住んでる家も、毎日掃除の時間がある」

俺も同じだよ。

大抵何処の学校でも、掃除の時間はあるものだろう?

だから、この聖青薔薇学園にも当然ある。

廊下を掃いて、モップ掛けして、窓を拭いて…。

他にもやることはたくさんだ。

しかし、小学校や中学校の時とは違うこともある。

「でもさぁ…掃除の時間30分って、長くね?」

…うん。

それは…俺も、ちょっと思ってたよ。

雛堂が口を尖らせてるのも分かる。

聖青薔薇学園の掃除時間は、午後3時半から4時までの30分間である。

しかもこれ、準備と後片付けの時間は入ってないからな。

3時半には掃除を開始出来るように、5分前には掃除道具を持って、掃除場所に到着していなければならない。

それから、きっかり30分掃除をして。

4時になったら、ようやく後片付けが出来る。

だから、後片付けも全部終わった頃には、4時10分くらいになってる。

準備と後片付けの時間も含めてたら、掃除の時間が毎日…実質40分くらいあるんだよ。

これって、結構長いと思わないか?

「自分、小学校の時も中学校の時も、掃除時間は15分だったぞ」

俺のところも、小学校の時は15分だったよ。

中学の時は20分だった。

それも、準備と後片付け込みでな。

そう思うと、高校になって約40分の掃除時間…は、かなり長いように感じる。

ほぼ授業一回分じゃん。

それを毎日だから、そこそこの重労働だよな。

「なぁ、乙無の兄さん。乙無の兄さんが小学校の時、掃除時間何分だった?」

「さぁ、忘れましたね。僕、小さい頃まともに学校行ってませんから」

と、窓拭きしながら乙無が答えた。

「お?何、不登校だったの?」

「違いますよ。遥か昔、僕が子供の頃…世界は混沌の闇に包まれていて、毎日生きるか死ぬかで、呑気に学校なんて通っている暇はなかったんです」

…なんか語り始めたぞ。

遠く虚空を見上げて、乙無は昔を懐かしむように喋っていた。

「世界の不平等に泣き、生きる意味や目的を求めて彷徨った日々…。そう、あの頃に僕は、邪神の眷属となる決意をしたんです。この不平等な世界を救う為には、邪神のお力に縋る他ないと…」

「ふーん。よく分からんけど、掃除サボってたってこと?」

「…何でそうなるんですか」

要するに、覚えてないってことだろ?

だったら素直にそう言ってくれよ。
…ともかく。

「毎日40分近くも掃除させられるとか、冗談じゃねぇぞ全く。自分は掃除のプロになる為に高校に来た訳じゃねぇんだぞ」

ぶつぶつ、と文句を言う雛堂。

やめとけって。先生達に聞かれたら面倒だぞ。

…だが、雛堂の言いたいことはよく分かる。

「仕方ないだろ?ただでさえ、男子部は人数が少ないから…」

クラス皆で分担しても、掃除する場所はたくさんある。

「そうじゃねぇんだよ、星見の兄さん。自分の言いたいことは」

真面目な顔で、雛堂はこちらをじっと見つめた。

「…分かってるよ」

雛堂の言いたいことはそういうことじゃない。だろ?

俺だって最初に聞いたとき…担任の教師から「ここを掃除してくれ」と頼まれたときは、耳を疑ったよ。

俺達が今掃除しているのは、校舎の廊下と窓だ。

廊下を隅から隅まで掃いて、拭いて、窓拭きをする。

3人でワンフロア、全部やるんだぞ。気の遠くなる作業だよな。

でも、これだけ聞くと、何もおかしなことはない。廊下と窓の掃除なんて、どの学校でもやってるだろう?

中学の時も散々やったよ。

何なら、家でもやってる。

問題は、この場所が男子部の通っている旧校舎…ではなく。

普段俺達が立ち寄ることを許されない、女子部の新校舎であるという点だ。

「…何で、自分らが新校舎の掃除せにゃならんのだ…!?」

「…言うな、雛堂」 

考えないようにしてたんだからさ。いちいち思い出させないでくれ。

俺だって嫌だよ。

何が楽しくて、自分の校舎でもない新校舎の廊下掃除と窓拭きをしなきゃならないのか。

入学直後の三日間の大掃除の時も、同じことを思ったよな。

あれほど酷いことはないと思ってたけど、余裕でもっと酷いことがあった。

まさか、旧校舎のみならず新校舎の掃除までさせられるとは。

最初に担任の先生から聞いたときは、雛堂と同じことを思ったよ。

「何で俺達が?」って。

そりゃそうだろ。俺達男子部の生徒が使っているのは旧校舎であって。

だから、旧校舎の掃除をするのは分かるよ。いつも使ってる場所を掃除するのは、使ってる者の役目だからな。

それなのに、俺達が今掃除しているのは新校舎である。

普段から、いつも新校舎の設備を使わせてもらってるから、そのお礼…ってんなら、まだ分かるよ?

でも、俺達が入学して数週間。

新校舎の教室を使わせてもらったことは、一度もない。

聞くところによると、パソコン室や図書室を使わせてもらう機会があるらしいが。

それは本当に稀なことで、そうしょっちゅう機会がある訳じゃないらしい。

なら、何で俺達が新校舎の掃除なんかしなきゃならないんだよ。

「自分らの校舎くらい、自分らで掃除しろや」

雛堂の言う通りである。

自分達が使って、自分達が汚した場所なら。

自分達が毎日掃除して、綺麗にしろよ。それが筋ってもんだろ?

それなのに、何故そこを俺達が掃除させられているのか…意味が分からない。
すると、文句を言いまくる俺と雛堂に嫌気が差したのか。

「仕方ないでしょう。お偉い新校舎の生徒達は、僕達と違って掃除の時間がないんですから」

と、乙無が口を開いた。

…そう。そうなのだ。

そうらしいのだ。俺も入学して初めて知ったんだけど。

どの学校にも、掃除の時間ってのはあるもんだと思ってたが。

聖青薔薇学園女子部には、昔から掃除の時間がないらしい。

男子部はあるのにな。不公平だ。

尊いお嬢様方には、掃除なんて召使いの真似事はさせられないってことなのだろう。

男子部の生徒が、毎日40分近くも掃除させられるのも。

旧校舎に加え、新校舎の掃除までさせられているのも、そのせいだ。

俺達がやらなかったら、新校舎の掃除をする人間がいないから。

それで、男子部の生徒が女子部の生徒の代わりに、こうやって毎日掃除してやってんの。

酷い話だと思わないか?

じゃあ、男子部の生徒が汗水垂らして掃除している間。

女子部の生徒は、何をやってるのかって?

授業だよ。

女子部のカリキュラムは、男子部のそれとは大きく異なっている。

お偉い女子部の生徒は、男子部よりも授業のコマ数が多いらしい。

だから、俺達がこうして掃除している間、女子部の生徒は授業をしているらしい。

授業と掃除どっちが良い?って聞かれたら、そりゃ掃除の方がマシかもしれないけどさ…。

でもだからって、普段、使いもしない…どころか。

足を踏み入れることさえ許されない新校舎に、ただ掃除の為に通うのは…気分の良いものじゃないぞ。

「ちくしょー…。女子共め、自分らのこと掃除夫だとでも思ってんだぜ」

「…だろうな…」

実際俺達が廊下で掃除しているところに、女子生徒とすれ違うことが何回かあったけど。

大抵の女子生徒は、こちらをちらりとも見ようとしない。

召使いのやってることなど、いちいち目を配る必要もないのだろう。

あるいはこちらを見て、「ご苦労様です」と挨拶する女子生徒もいる。

無視されるよりマシなのかもしれないが。

これはこれで傷つくぞ。

完全に、召使いを労うお嬢様じゃないか。

ご苦労様じゃねーよ。自分らも掃除くらいしろ。

…でも。

「新校舎と旧校舎の差別は、今に始まったことじゃないでしょう」

乙無は、達観したようにそう言った。

…そうなんだよなぁ。

入学式の時点で、めちゃくちゃ差別されてたもんな。

男子部と女子部の差別は、今に始まったことではない…。

それは分かってるけど、小学校の時も中学校の時も、男子生徒と女子生徒は皆平等に扱われてきたから。

高校になって、いきなりこの男女差別じゃあな。

やっぱり…こればかりは、未だに慣れないよ。
「この学園に限らず、世の中は不平等なものです。不平等なのが世界の理と言って良いくらいです」

「乙無…」

「…故に、世界からこのような不平等をなくす為に、僕達邪神の眷属が生まれたんです」

あっ。また始まった。

いつものアレな。はいはい。

「邪神イングレア様の前に、全ての命は平等です。あの方こそ、真に世界を平等にし得るお力を持っています。大也さん、悠理さん。あなた方も邪神イングレア様に忠誠を誓い、偉大なる邪神の眷属に…」

「あー、はいはい。また今度なー」

「ちょっと。真面目に聞いてくださいよ」

その話、もう何回目だよ。

真面目に聞く気も失せるわ。

「なぁなぁ、そんなことよりさー」

「そんなことって何ですか。大事なことじゃないですか」

はいはい、分かったから。

「もうすぐゴールデンウィークだよな」

期待いっぱいの表情で、わくわくと雛堂が言った。

ついさっきまで、新校舎を掃除させられてることにぶつぶつ文句言ってたのに。

ゴールデンウィークの話をするときは、顔が輝くんだから。

全く現金な奴だよ。

そんなに嬉しそうに語るってことは…。

「何処か出掛ける予定があるのか?」

旅行とか?観光とか?

それとも、遊びにでも行くのだろうか。

…と、思ったのだが。

「ううん、全く予定無し」

…ないのかよ。

「予定無いのに、そんなに楽しみなのか…?」

「そりゃー楽しみだよ。チビ共は遊園地かどっかに連れてってもらうって行ってたけど、自分は興味ねーし。それよりチビ共のいない間、テレビを独り占め出来るのが嬉しいね」

成程ねぇ。

雛堂にとっては、リラックスタイムな訳か。

「ここぞとばかりにレンタル屋でDVD借りて、ひたすら観るつもりなんだ」

「そうか…。楽しみだな」

「だろ?星見の兄さんと乙無の兄さんは?ゴールデンウィーク、なんか予定あんの?」

ゴールデンウィークの予定…?

雛堂に言われて、初めてそんなこと考えた。

ゴールデンウィークねぇ…。

「今のところ…特に予定はないな」

出掛ける予定もないし…。多分、いつもの週末みたいに過ごすんじゃないか?

実家に帰る予定もない。

召使いの身で、自分の都合で勝手に家を留守にする訳にはいかないからな。

大人しく家にいて、家事に明け暮れる毎日を過ごしますよ。

…でも、寿々花さんはどうだろうな?

あの人、ゴールデンウィークに予定はあるのだろうか。

「何処も遊びに行かねぇの?」

「うん…。多分、行かないんじゃないかな…」

今のところ、全くその予定はない。

何処に行っても、ゴールデンウィークじゃあ人が多いだろうしな。

「乙無の兄さんは?どっか旅行とか行くのか?」

「いいえ。邪神の眷属に休みなどありません。イングレア様の為、罪の器を満たす為に時間を有効に使います」

「ふーん」

つまり、乙無も暇ってことだな。

ゴールデンウィークに何の予定もない、野郎三人組。

…我ながら、ぱっとしないなぁ。
「三人共、何の予定もなしか…。惨めなもんだな…」

思わずそう呟いてしまうと。

「ちょっと待てって。自分は一応予定あるじゃん。レンタル映画観る予定が」

それは予定のうちに入るのか?

要するに、ダラダラ過ごすってことだろ?

「そうですよ。僕にだって予定があります。イングレア様の為に、罪の器を満たすという立派な役目が…」

「お前は暇だよ」

それは予定のうちに入らん。

全く、適当言いやがって。うちの寿々花さんかよ。

「まぁ、でも確かに暇だよな…。くっそー…。折角の休みだってのに、時間を浪費するだけなのはつまらんよな」

「そうだな…」

俺もゴールデンウィーク…何して過ごそう?

新しい家に越してきてからというもの、色々あったもんなぁ…。

週末も家事をしたり、寿々花さんの遊び相手をしたりと、結構忙しく過ごしてきたから…。

ゴールデンウィークくらい、何もせずのんびり過ごしても良いのでは?

一日二日ダラダラしてたって、バチは当たらないだろ。

まぁ、寿々花さんが家にいないことが前提だが。

あるいは…勉強して過ごしても良いかもな。

何だかんだ、毎日授業の予習復習を寿々花さんに邪魔されまくってるし。

それに、ゴールデンウィークが明けたら、いよいよ中間試験が近づいてくるもんな。

ちょっと早めの試験勉強と思えば、まぁ悪くないか…。

…しかし。

「よし、じゃあ折角だから、ここにいる三人でどっか出掛けようぜ」

と、雛堂が提案した。

「どっか…って。何処に?」 

「あ?そうだなー…。まぁ何処でも良いじゃん、行く場所なんて。大事なのは予定を立てることだぜ」

何処に行くのか決めることも、予定を立てることに含まれるのでは?

「何なら、その辺ぶらぶらするだけでも良いじゃん。商店街の食べ歩きとかさー」

成程…。

俺、この辺地元じゃないから…土地勘のある人間の案内があるのは有り難いかも。

寿々花さんも地元のはずなんだが、あの人は出不精だからな。

買い物に行かせても、クレジットカードが使えなかったら、お金の計算もろくに出来ないし。

近所のスーパーが何処にあるのかも分かってなさそう。

「な、良いだろ?」

と、雛堂が促してきた。

…俺個人としては、全然構わないのだが。

どうせ暇だし。

でも…我が家のお嬢様、寿々花さんの身の回りの世話を預かる身としては、どうだかな。

召使いの分際で、勝手に遊び歩いて良いはずもなく。

「…悪いけど、遠慮しておくよ」

「何でっ?星見の兄さん、暇だっつってたじゃん」

そりゃ暇なんだけど…。暇だからって遊んで良い身分じゃないんだよ。
更に。

「僕も遠慮しますよ」

「!乙無の兄さんまで」

乙無も遊んでいる余裕はないらしい。

その理由は、勿論…。

「僕には、邪神の眷属としての役目がありますから。休日を呑気に過ごしている暇なんてないんです」

「またそれかよ」
 
忙しいんだな、邪神の眷属って。

ブラックな職場だ。邪神だけに。

「良いじゃん、たまには眷属サボったって。週休二日にしようぜ」

「…イングレア様より託された崇高なお役目を、サボれとは…。全く人間という生き物は…」

「なー頼むよ。二人共。一日で良いから」

と言って、雛堂は両手を合わせて拝むように頼んできた。

「このままじゃ、チビ共の世話を押し付けられちまう。折角のゴールデンウィークなのに、そんなの御免だって」

…チビ共?

ともかく、雛堂がここまで頼んでいるのだから。

良いよ、と言ってあげたいのは山々なのだが…。

…こればかりは俺の一存じゃ決められないから、寿々花さんに相談かなぁ…。

「…分かったよ。時間が取れるか分からないけど…。善処する」

「マジか。頼むよ星見の兄さん。乙無の兄さんもさ。ちょっと、邪神様に有給頼んでさ」

神様に有給休暇申請…。

…出来んのか?

「何ですか、それは…」

「いつも言ってるじゃん。その邪神様ってのは平等な神様なんだろ?頼んだら、有給くらいくれるって」

「そういうことじゃないんですよ。あなた、イングレア様を何だと思ってるんですか」

まぁ、乙無はいつも邪神の眷属(笑)の役目を、いつも忠実(笑)に果たしてるからさ。

たまの休みくらい、神様も許してくれるんじゃないの?

心の広い平等な神様なんだろ?

「…やれやれ、全く…。分かりましたよ。検討しておきます」

雛堂の熱意に押し切られたのか、乙無はやれやれ、とばかりにそう言った。

行けたら行くわ、的な。

…それって、行かないフラグなのでは?

「そうそう、そうしてくれ。じゃあ二人共、自分楽しみにしてるわ。宜しくー」

…俺、まだ行けるとは言ってないんだけど。

やっぱり行けないってことになったら、断るの心が痛むパターンだな…。

帰って、寿々花さんに相談してみるしかないか…。