アンハッピー・ウエディング〜前編〜

寿々花さんと、玩具売り場を見た後。

日用品売り場に行って、必要な消耗品を買い。
 
その後食料品売り場に行って、夕飯の買い出しをした。

よし、それで買い物は終わったな。

「悠理君、他には何を買うの?」

「いや…欲しい物は全部買ったから、買い物は終わりだよ」

「終わり…。じゃあ、お家に帰るの?」

…帰っても良いんだけど、その前に。

折角ここまで来たんだから…。

「スイーツ…。何か甘いものでも食べていくか?」

雛堂曰く、甘いものが嫌いな女子はいないらしいし。

「甘いもの?悠理君、甘いもの好きなの?」

「いや、俺が好きって言うより…寿々花さんが好きかなと思ったんだけど。何が良い?」

ショッピングセンターの中には、ケーキやパンケーキを出すカフェや。

フードコートには、スムージーやクレープを提供するお店も入っている。

選択肢は色々あるが。

「じゃあ、私アイスクリーム食べたい」

とのこと。

アイスか…。そろそろ暖かくなってきたもんな。

じゃ、アイスにしようか。

「分かった、良いよ」

「やったー。10段重ねくらいのアイスにしよっと」

おい、こら。限度ってものがあるだろ。

せめて3段くらいまでで我慢しておけ。

後でお腹痛くなっても知らんぞ。

「で、アイスクリーム屋は…あぁ、この近くだな…。って、多っ…」

「わー。いっぱい並んでるね」

ショッピングセンター内のアイスクリーム屋に向かうと、それはもう、店内からはみ出す程の客が列を為していた。

すげーな。

他の店は全く並んでないか、並んでても精々2、3人程度なのに。

このアイスクリーム屋は、ずらりと人が並んでいる。

暖かくなってきたとはいえ、まだ春なのに…。こんなに行列するとは。

「えーと…。『アイスクリームショップ〜メルヘン・スイート〜』…」

そんな名前の店名である。

よく知らないけど、結構有名な店なんだろうか。

これだけ並んでるってことは、そういうことなんだろうな。

「…寿々花さん、あんた待つのは大丈夫なタイプか?」

こんな行列に並ぶくらいなら、アイスクリームは諦める、と言うかと思ったが。

「うん、大丈夫だよ。7分のカップ麺だって、ちゃんと待てるから」

そうか。それは良い子だな。

多分7分どころじゃないと思うけど、寿々花さんが待てると言うなら、ゆっくり待つとしよう。

「幸い、時間ならあるし…。並ぶか」

「うん」

俺と寿々花さんは、行列の最後尾に並んだ。
めちゃくちゃ行列は長かったけど、幸い、店の回転率はそこそこ高かったようで。

人が多い割には、意外とすんなり順番が回ってきた。
 
これは嬉しい誤算。

…だったが。

店の中に入ってみて、色々と後悔した。

この店、店名が『メルヘン・スイート』なだけあって。

店内の装飾も、アイスクリームのフレーバーも、メルヘン一色であった。

寿々花さんは案の定、10段重ねを注文しようとするし。

慌てて止めて、3段で我慢させた。

10段って、一人では絶対食べ切れねぇよ。

最後の方、溶けてジュースみたいになるんじゃないの?

3段重ねでも、一個がかなり大きいので、非常にボリュームがある。

周囲のお客を見たら、多くの人が注文したアイスクリームをスマホで撮影していた。

確かに、カラフルで色とりどりで可愛いし、アイスクリームを入れたカップも洒落たピンク色だし。

成程、これほど行列が出来ている理由はこれか…。

店の中も外もお客でいっぱいだし、店内はメルヘンだし。
 
何なら、うちの寿々花さんの頭の中もお花畑だし。

注文したアイスクリームを受け取ると、店内ではなく店の外に出て食べることにした。

「もぐもぐ。アイス美味しいね、悠理君」

「そうだな」

見た目が華やかなだけで、味はそうでもないかと思ったのだが…。

そんなことはなかった。味もちゃんと美味しい。

ちょっと甘過ぎるような気がしなくもないが…。まぁ、たまには良いか。

「悠理君、それ美味しい?」

「ん?美味しいよ」

俺が選んだのは、キャラメル味のフレーバーと、ストロベリーのフレーバーだ。 

え?女の子みたいだって?

うるせぇ。偏見だ。

「ちょっと味見させて」

寿々花さんは、自分のアイスを食べているスプーンをそのまま、俺のカップのアイスに突っ込んできた。

「良いけど…。ちょ、スプーンそのまま突っ込んでくるのかよ」

「?」

「…気にしてないなら良いよ」

あんた、あれか。他人が口をつけたペットボトルでも、平気で飲めるタイプ?

気にする人は気にするだろうし、気にしない人はこの通り、全く気にしていない。

って言うか、多分気づいてさえいない。

「うん。悠理君のアイスも美味しいね」

「良かったな」

一方、寿々花さんの選んだアイスのフレーバーはと言うと…。

「寿々花さんのそれは…?」

「これ?一番下がホワイトチョコで、真ん中がミルクチョコで…一番上がチョコ」

「…全部チョコじゃん」

あんなに色々な種類のフレーバーがあったのに、全部チョコ味を選んだのか?

何だか勿体ないような気がするが…。折角なら、色んな味のフレーバーを選べば良かったのに。
「寿々花さんって、チョコ好きだったのか」

前も、チョコケーキ買いに行ってたもんな。

チョコレートが好きとは、結構可愛いところもあるじゃないか。

…と、思ったが。

「チョコが好きって言うか…。夢の中によく出てくる人が、凄くチョコが好きでね、いつも食べてるの」

…夢?

「引き出しの中がチョコでいっぱいで、冷蔵庫の中もチョコでいっぱいで、会う人皆にチョコを配って回って…」

「…」

「その人の信条は、『皆でチョコを食べれば世界は平和になる』なんだって」

「…安っぽい世界だな…」

チョコレートに可能性を見出し過ぎだろ。

確かにチョコは美味しいけども、それで世界を平和にするのは…無理なのでは?

引き出しの中も冷蔵庫の中もチョコでいっぱい…。そりゃとんでもないチョコ狂だ。

「その人がいつも、夢の中で美味しそうにチョコレートを食べてるから…。美味しそうだなーと思って」

「成程…」

それで、その夢に影響されて、寿々花さんもチョコ味を選んでるんだな。

それは別に構わないけど…。

「夢じゃなくても、あんたの好きな味を選べば良いんだぞ」

「好きな味…?」

「なんかあるんじゃねぇの?好きな食べ物」

「うーん。めるちゃん製麺バター醤油味が好き」

前も言ってたな、それ。

でも、そうじゃないんだよ。それは袋麺であって。

「あと、悠理君のオムライスが好きだよ」

それも言ってたな。

でも、それも違うんだよなぁ。

普通お嬢様って言ったらさぁ…。優雅な紅茶とかケーキとか…。

…まぁ、それは俺の勝手な思い込みか。

お嬢様って言っても人間なんだし、お嬢様が皆高価な食べ物や飲み物が好きとは限らないよな。

…だからって、一番好きなものがめるちゃん製麺…はどうかと思うが。

…それはそれとして。

「…ちゃんと口を拭けよ」

「?」

溶けたアイスが、口元や指にあちこちくっついてる。

あーあ…。べたべただよ、もう…。

食べるの下手くそか。

「ちょっと、手ぇ洗ってこい。荷物持っててやるから」

溶けたアイスクリームを身体中にべたべたくっつけたままじゃ、格好がつかないだろ。

「はぐれないように、ここで待ってるから」

「うん、分かったー」

寿々花さんは、てこてこ歩いて溶けたアイスを洗いに行った。

よし、行ってこい…って、送り出したのは良いけど。

俺、ついていかなくて大丈夫だよな?

さすがに手を洗いに行くくらい、一人で出来るだろう…多分。

俺は寿々花さんが買ったばかりの、おままごとセットを抱えて。

寿々花さんが戻ってくるまで、しばらく待っていることにした。



…すると、そのとき。

「あれっ?どっかで見覚えあると思ったら…星見の兄さんじゃないか」

「え?」

突然呼ばれて、顔を上げると。

そこには、私服姿の雛堂がいた。
「よー、星見の兄さんじゃないか。何やってんのこんなところで」

「雛堂…」

こんなところで遭遇するとは。

あんたの方こそ、こんなところで何やってんだ。

「ん?そのカップ…。もしかして、『メルヘン・スイート』のアイス食べに来たの?」

雛堂は、俺の持っているアイスクリームのカップを目ざとく見つけて、そう聞いてきた。

「リッチだなぁ。あのアイス屋、有名だけど…いっつも人が多いから、なかなか食べに行けないんだよなー」

やっぱり有名なんだ、さっきの店。

道理で人が多い訳だよ。

「これを食べに来たって言うか…。買い物ついでに寄っただけだよ」

「買い物?…一人で?」

「…いや、その…」

まさか、一緒に暮らしてる無月院家のお嬢様と一緒にショッピングです、とも言えず。

「つーか、すげー荷物だな。やけにデカいけど…何それ?玩具…?」

雛堂の視線は、俺が抱えているおままごとセットに注がれていた。

ぎくっ。

「あ、もしかしてそれ、あれか。例の、星見の兄さんの可愛い妹ちゃんへのプレゼントだな?」

妹どころか、これを買ったのは俺達より年上だぞ。

でも、やっぱり本当なことは言えないので。

「まぁ…うん、そんなところだ…」

適当に頷いておくしかなかった。

「へぇー。わざわざデパートに玩具買いに来るなんて、星見のお兄さんは良いお兄ちゃんだなぁ」

妹どころか、俺一人っ子だけどな。

いつの間にか…俺に姉妹がいる設定が出来上がってしまっている。

何とか話を逸らさないと不味いぞ。

何よりヤバいのは、そろそろ手を洗った寿々花さんが戻ってきて、雛堂と鉢合わせしてしまうことである。

そうなったら、もう、説明するのが非常に面倒臭い。

面倒臭いなんてものじゃないレベルで面倒臭い。

早く去ってくれ。頼むから。

「そ、それより雛堂は何を買いに来たんだよ?」

「自分?自分はお使いだよ。チビ共のノートとか鉛筆とか買いに来た」

と言って、雛堂は買ったばかりの文房具を入れた買い物袋を掲げて見せてくれた。

買い物袋の中には、新品のノートが十冊くらい…と、新品の鉛筆が五ダースほど。

何だか、多くね?

そんなに使うか?ノートと鉛筆…。

それに、チビ共って…?

何のことかよく分からないが、詳しく聞いている余裕はない。

寿々花さんが戻ってくる前に、雛堂と別れなくては。

「暇そうだからって、高校生をパシリに使うなんてあんまりだよ。なぁ?」

「そ、そうだな…」

「折角だから、自分も『メルヘン・スイート』でアイス食べてこよっかなー。並ぶのダルいけど…」

分かった、分かったから。

早く去ってくれ。頼む。

「い、行くなら急いで行った方が良いぞ。今、丁度人が少なくなってたから」

「え、マジ?」

勿論嘘である。

ちゃんと大行列だったよ。

「それなら、ちょっと行ってみるわ。じゃあ、また週明けに学校でなー」

「あ、あぁ…。また月曜にな」

買い物袋をぶらぶらさせながら、雛堂は手を振って去っていった。

…何とか、上手く躱せたようだ。
…雛堂が去った、その直後。

「悠理くーん。手、洗ったよー」

寿々花さんが戻ってきた。

危なっ…。紙一重じゃないか。

「ちゃんと綺麗になったよ」

「そ、そうか…」

でも、雛堂がこのショッピングセンター内にいる限り、また鉢合わせする危険がある。

買い物も終わったし、甘いものも食べたし、早いところ撤収した方が身の為だな。

「そろそろ帰ろうぜ。もう良い時間だし…」

「うん、分かったー」

寿々花さんの聞き分けが良くて助かった。

雛堂に見つかる前に、俺は寿々花さんを連れ、急いでショッピングセンターを後にした。







…その日家に帰ってから、夜遅くまでおままごと遊びに付き合わされたことは、言うまでもない。




…この春、新しい我が家となった家にやって来て。

4月から聖青薔薇学園に通い始め、数週間が経過した。

環境の変化に、なかなか慣れないことも多かったが…少しずつ、新しい生活にも順応してきた。

…だが、慣れないことも勿論、まだたくさんある。



…例えば。


「なぁ。冷静に考えたらおかしくね?」

この間ショッピングセンターで会ったとき、何とか誤魔化しきった雛堂が。

掃除用具を手に、ふと手を止めた。


「…どうしたよ?」

手を止めるなよ。終わらないだろ。

ただでさえ、掃除するところはたくさんあるのに。

「自分ら、何で掃除なんかしてんの?」

雛堂が首を傾げた。

何でって言われても…。

「掃除の時間だからに決まってるじゃないですか」

俺の代わりに答えてくれたのは、雑巾で窓を拭いている乙無だった。

邪神の眷属(笑)でも、掃除は真面目にするんだな。

…それはさておき。

「乙無の言う通りだ。掃除の時間なんだから、掃除するのは当たり前だろ」

「そうじゃねぇ。自分が言いたいのはそういうことじゃねぇんだよ」

真面目な顔で、雛堂がそう言った。

…じゃあ、何だよ。

「学校に掃除の時間があるのは、当たり前だと思うんだよ。それは納得してんの。小学校の時もあったし、中学の時もあったし、何なら自分の住んでる家も、毎日掃除の時間がある」

俺も同じだよ。

大抵何処の学校でも、掃除の時間はあるものだろう?

だから、この聖青薔薇学園にも当然ある。

廊下を掃いて、モップ掛けして、窓を拭いて…。

他にもやることはたくさんだ。

しかし、小学校や中学校の時とは違うこともある。

「でもさぁ…掃除の時間30分って、長くね?」

…うん。

それは…俺も、ちょっと思ってたよ。

雛堂が口を尖らせてるのも分かる。

聖青薔薇学園の掃除時間は、午後3時半から4時までの30分間である。

しかもこれ、準備と後片付けの時間は入ってないからな。

3時半には掃除を開始出来るように、5分前には掃除道具を持って、掃除場所に到着していなければならない。

それから、きっかり30分掃除をして。

4時になったら、ようやく後片付けが出来る。

だから、後片付けも全部終わった頃には、4時10分くらいになってる。

準備と後片付けの時間も含めてたら、掃除の時間が毎日…実質40分くらいあるんだよ。

これって、結構長いと思わないか?

「自分、小学校の時も中学校の時も、掃除時間は15分だったぞ」

俺のところも、小学校の時は15分だったよ。

中学の時は20分だった。

それも、準備と後片付け込みでな。

そう思うと、高校になって約40分の掃除時間…は、かなり長いように感じる。

ほぼ授業一回分じゃん。

それを毎日だから、そこそこの重労働だよな。

「なぁ、乙無の兄さん。乙無の兄さんが小学校の時、掃除時間何分だった?」

「さぁ、忘れましたね。僕、小さい頃まともに学校行ってませんから」

と、窓拭きしながら乙無が答えた。

「お?何、不登校だったの?」

「違いますよ。遥か昔、僕が子供の頃…世界は混沌の闇に包まれていて、毎日生きるか死ぬかで、呑気に学校なんて通っている暇はなかったんです」

…なんか語り始めたぞ。

遠く虚空を見上げて、乙無は昔を懐かしむように喋っていた。

「世界の不平等に泣き、生きる意味や目的を求めて彷徨った日々…。そう、あの頃に僕は、邪神の眷属となる決意をしたんです。この不平等な世界を救う為には、邪神のお力に縋る他ないと…」

「ふーん。よく分からんけど、掃除サボってたってこと?」

「…何でそうなるんですか」

要するに、覚えてないってことだろ?

だったら素直にそう言ってくれよ。
…ともかく。

「毎日40分近くも掃除させられるとか、冗談じゃねぇぞ全く。自分は掃除のプロになる為に高校に来た訳じゃねぇんだぞ」

ぶつぶつ、と文句を言う雛堂。

やめとけって。先生達に聞かれたら面倒だぞ。

…だが、雛堂の言いたいことはよく分かる。

「仕方ないだろ?ただでさえ、男子部は人数が少ないから…」

クラス皆で分担しても、掃除する場所はたくさんある。

「そうじゃねぇんだよ、星見の兄さん。自分の言いたいことは」

真面目な顔で、雛堂はこちらをじっと見つめた。

「…分かってるよ」

雛堂の言いたいことはそういうことじゃない。だろ?

俺だって最初に聞いたとき…担任の教師から「ここを掃除してくれ」と頼まれたときは、耳を疑ったよ。

俺達が今掃除しているのは、校舎の廊下と窓だ。

廊下を隅から隅まで掃いて、拭いて、窓拭きをする。

3人でワンフロア、全部やるんだぞ。気の遠くなる作業だよな。

でも、これだけ聞くと、何もおかしなことはない。廊下と窓の掃除なんて、どの学校でもやってるだろう?

中学の時も散々やったよ。

何なら、家でもやってる。

問題は、この場所が男子部の通っている旧校舎…ではなく。

普段俺達が立ち寄ることを許されない、女子部の新校舎であるという点だ。

「…何で、自分らが新校舎の掃除せにゃならんのだ…!?」

「…言うな、雛堂」 

考えないようにしてたんだからさ。いちいち思い出させないでくれ。

俺だって嫌だよ。

何が楽しくて、自分の校舎でもない新校舎の廊下掃除と窓拭きをしなきゃならないのか。

入学直後の三日間の大掃除の時も、同じことを思ったよな。

あれほど酷いことはないと思ってたけど、余裕でもっと酷いことがあった。

まさか、旧校舎のみならず新校舎の掃除までさせられるとは。

最初に担任の先生から聞いたときは、雛堂と同じことを思ったよ。

「何で俺達が?」って。

そりゃそうだろ。俺達男子部の生徒が使っているのは旧校舎であって。

だから、旧校舎の掃除をするのは分かるよ。いつも使ってる場所を掃除するのは、使ってる者の役目だからな。

それなのに、俺達が今掃除しているのは新校舎である。

普段から、いつも新校舎の設備を使わせてもらってるから、そのお礼…ってんなら、まだ分かるよ?

でも、俺達が入学して数週間。

新校舎の教室を使わせてもらったことは、一度もない。

聞くところによると、パソコン室や図書室を使わせてもらう機会があるらしいが。

それは本当に稀なことで、そうしょっちゅう機会がある訳じゃないらしい。

なら、何で俺達が新校舎の掃除なんかしなきゃならないんだよ。

「自分らの校舎くらい、自分らで掃除しろや」

雛堂の言う通りである。

自分達が使って、自分達が汚した場所なら。

自分達が毎日掃除して、綺麗にしろよ。それが筋ってもんだろ?

それなのに、何故そこを俺達が掃除させられているのか…意味が分からない。
すると、文句を言いまくる俺と雛堂に嫌気が差したのか。

「仕方ないでしょう。お偉い新校舎の生徒達は、僕達と違って掃除の時間がないんですから」

と、乙無が口を開いた。

…そう。そうなのだ。

そうらしいのだ。俺も入学して初めて知ったんだけど。

どの学校にも、掃除の時間ってのはあるもんだと思ってたが。

聖青薔薇学園女子部には、昔から掃除の時間がないらしい。

男子部はあるのにな。不公平だ。

尊いお嬢様方には、掃除なんて召使いの真似事はさせられないってことなのだろう。

男子部の生徒が、毎日40分近くも掃除させられるのも。

旧校舎に加え、新校舎の掃除までさせられているのも、そのせいだ。

俺達がやらなかったら、新校舎の掃除をする人間がいないから。

それで、男子部の生徒が女子部の生徒の代わりに、こうやって毎日掃除してやってんの。

酷い話だと思わないか?

じゃあ、男子部の生徒が汗水垂らして掃除している間。

女子部の生徒は、何をやってるのかって?

授業だよ。

女子部のカリキュラムは、男子部のそれとは大きく異なっている。

お偉い女子部の生徒は、男子部よりも授業のコマ数が多いらしい。

だから、俺達がこうして掃除している間、女子部の生徒は授業をしているらしい。

授業と掃除どっちが良い?って聞かれたら、そりゃ掃除の方がマシかもしれないけどさ…。

でもだからって、普段、使いもしない…どころか。

足を踏み入れることさえ許されない新校舎に、ただ掃除の為に通うのは…気分の良いものじゃないぞ。

「ちくしょー…。女子共め、自分らのこと掃除夫だとでも思ってんだぜ」

「…だろうな…」

実際俺達が廊下で掃除しているところに、女子生徒とすれ違うことが何回かあったけど。

大抵の女子生徒は、こちらをちらりとも見ようとしない。

召使いのやってることなど、いちいち目を配る必要もないのだろう。

あるいはこちらを見て、「ご苦労様です」と挨拶する女子生徒もいる。

無視されるよりマシなのかもしれないが。

これはこれで傷つくぞ。

完全に、召使いを労うお嬢様じゃないか。

ご苦労様じゃねーよ。自分らも掃除くらいしろ。

…でも。

「新校舎と旧校舎の差別は、今に始まったことじゃないでしょう」

乙無は、達観したようにそう言った。

…そうなんだよなぁ。

入学式の時点で、めちゃくちゃ差別されてたもんな。

男子部と女子部の差別は、今に始まったことではない…。

それは分かってるけど、小学校の時も中学校の時も、男子生徒と女子生徒は皆平等に扱われてきたから。

高校になって、いきなりこの男女差別じゃあな。

やっぱり…こればかりは、未だに慣れないよ。