公花に向けて伸ばされた蛙婆女の手は、見えないものに弾かれた。

「? なんだ……?」

 不審げに細められた瞳が、次の瞬間、驚愕に見開かれる。
 釘付けとなっている視線の先――結界の表面には、ひと筋の傷のようなひび割れが生じていた。

「ば、バカな……。ねずみめ、なにをした!?」

 公花を問い詰めようとして、目を焼く光に思わず顔を背ける。

 ドームは強い光を放つ半球状の光源と化し、中の様子は見えない。
 異常なほど大きな力が、その内側で膨れあがっていく。

 次の瞬間、結界の表面にヒビが入り――。
 ついには弾けるように砕け散った。

「ぎゃっ!!」

 吹き飛ばされ、神殿の壁に叩きつけられた蛙婆女は、床に這いつくばりながら顔を上げた。
 そこに立っていたのは、人間の姿を取り戻し、白紫の和装束を身につけた剣。そして、そんな彼に寄り添うのは、紅白の袴を着た人間の女の子、公花だ。

「力を取り戻した……だと? まさか、ハムスターの中にあった力を融通したのか?」

「んっ? あれ? 私、人間の体に戻ってる! わぁ、巫女さんのお洋服、可愛い」

 素っ頓狂に騒ぐ公花が先ほどまで宿していた銀鱗の力は、跡形もなく消えていた。
 一方、彼女を守るように立つ御使いは、畏敬の象徴たる力と威厳を取り戻しているではないか。

 蛙婆女は唇を噛んだ。
 あの回復量は、銀鱗分の霊力を吸収したというだけでは説明がつかない。おそらくは前世のうちに、相方になんらかの力を分け与えていたと考えられる。

(ねずみめ……、ただの無力な塵だと思っていたのに)

 蛙婆女は気を取り直して身構えた。
 少しくらい力を取り戻せたからといって、それがなんだというのだ。龍鱗の力を得た自分ならば、御使いにも引けを取らないはずだと。

 立ち上がろうと床についた手を見て、ぎょっとした。
 滑らかで美しかった手の甲が、皺だらけの老婆のそれに戻っていたのだ。