『本当に死んじゃうよ、もうやめて!』

 必死で叫んだが、安心するような言葉を返してはくれない。ただ切なげに、見たことがないほど優しい顔で微笑んでいる。

 彼は、尖った蛇の鼻先を壁に寄せてきた。
 公花もつられて、小豆のような鼻を寄せていく。

 壁越しに互いの鼻先をくっつけて――。

 けれど透明な壁が、直接に触れ合うことを阻んでいる。
 すぐそばにいるのに、触れられないのがもどかしい。ただ、想いが伝わるようにと、見つめ合うだけ――。

(ずっと昔にも、こんなことがあったような気がする……)

 ――ひとりには、ならない。ずっと一緒だ――

 どこかで聞いた声が、頭の中に響いた。

 目を閉じて、心の奥に耳を傾ける。
 一滴のしずくが水面に落ち、弧が広がった。
 わずかな揺れは、やがて大きな波となり、噴き上げる奔流となって――。

 公花の中で、なにかが動いた。

 めくるめく過去の記憶。遥かなる時の中に置いてきた、愛しい日々の思い出の欠片たち――。

「バチバチとうるさいこと。もういいでしょう」

 懐かしくて温かい気持ちに、まだ浸っていたかったのに――。
 不躾な敵の気配が、背後に迫った。

『公花! 逃げ……公花?』

 公花は、まだ目を閉じていた。
 そこだけ音のない、別世界にいるかのように。

 少し微笑んだように見える無垢なハムスターの立ち姿は、見る者に聖獣のような畏敬の念を抱かせたとか、そうでもなかったとか……。

 やがて瞼が開き、まん丸のどんぐり眼が顔を出した。
 前世ハムスターの少女の瞳は、いつかの星空のようにキラキラと輝いていた。

『剣くん。思い出したよ……全部』

 あなたが分けてくれた力を、今、返します――。