『ぴやぁ!』

 高い位置にぶらーんと垂れ下げられて、ジタバタと短い手足を動かす。
 首の後ろを掴んだ人物が、くるりと手首を返したので、自分を捕まえている相手と正面切って顔を合わせる格好となった。

(だっ、誰!?)

 公花を掴み上げているのは、妖艶な大人の女性だ。ウェーブした長い黒髪に、細面の顔つき。長いまつ毛に縁取られた黄土色の瞳は美しかったが、肌の色は異様に白くて、触れる指は寒気がするほど冷たかった。

 赤く塗られた唇が、てらりと光って動く。

「あら、ねずみが入り込んだようね」

 じっとりと覗き込まれて、ゾクゾクと背中の毛が逆立つ。
 まるで蛇に睨まれた蛙。きゅっと喉も締まって、声も出せずに固まっていると、

『蛙婆女……公花に手を出すな!』

 背後から、少し上擦った感じの鋭い声が飛んできた。結界の中から剣が叫んだのだ。

 蛙婆女と呼ばれた女性は、ゆっくりとした動きで結界のほうを見やり、瞳を細めた。

「まだそんな力が残っているなんて、さすがは御使い様。魔法陣に力を吸い取られて、無力で可愛いお人形ができあがっているかと思ったのに……。魅縛の香も、もっと焚き足さねばなりませんね」

 公花は理解した。
 目の前にいる女性、おそらくは普通の人間ではない邪悪な妖──彼女こそが、剣の力を利用し、苦しめている張本人。この事態を引き起こした元凶なのだ。

 蛇ノ目家を裏で牛耳る宗教組織の教祖、蛙婆女。その目がぎょろりと動き、再び公花を捉えた。