侵入を果たしたものの、それですべてが解決するわけではなかった。

 とにかく中の庭は広くて、ハムスターとなった公花の体は小さく、足が短い。
 要するに走っても走っても、建物が見えてこない。まるでジャングルの中を彷徨っているようだ。

 そうこうしているうち、殺気を感じて、立ち止まった。
 はぁはぁと、怪しい息も聞こえている。

(えっ……)

 気配のほうを見上げて、硬直した。
 巨大な――ハムスターからすれば恐竜か巨大怪獣にしか見えない黒い毛の獣が、こちらを見下ろしていた。お金持ちのお屋敷にはテンプレ装備の番犬、ドーベルマンだ。

(ひぃぃぃ……!)

 ドーベルマンはこちらをロックオンしていて、一寸たりとも視線を外そうとしない。だが、なぜか襲ってこようとはしなかった。
 首を傾げ、なにか悩んでいるようだ。

 理由はよくわからないが、チャンスかも……。
 公花はそのまま後ろに下がり、犬をまこうとしたが、ふいに体が浮遊感に包まれて、足元が地面から離れた。

『わっ! わっ! わっ!』

「おっかしいな……。うちのワンコロは、当主と、その加護のある者以外、侵入者には容赦なく噛みつくように訓練されてるはずなのに」

 聞き覚えのある人間の声。
 首だけ回して振り返ると、見たことのある顔がすぐ近くにあった。
 三日月のように細くて、不気味に赤く光って見える、特徴的な眼。

「捕まえた、子ネズミちゃん。俺の前世は、優秀な狩猟犬でね、においでわかるんだよ。あんた、あの家の女の子だろ。……いいサイズになったなぁ」

 蛇ノ目家の刺客・黒尾が、つまみあげた公花を目の前にぶらさげて、ぺろりと舌なめずりをした。